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 バーラムトさん達に、帰ってくるのはわたくしの生誕の日! と決められ、約束を交わしました。

 皇国では生誕の日というのは、家族で過ごすものだそうです。

 だから、絶対に休暇が取りやすいはずだから、と。

 ……夜月よのつき二十一日が再会の日です。


 しかも騎士位があると、王都に入る時に税金がかからないのですよ!

 ほんと、受かってよかったですぅー。



 ウァラクへ発つ日、皆さんから手紙をいただきました。

 わたくしが差し上げた千年筆で、しかも色墨を入れない魔力文字で書いてくださったそうです……!

 とても魔力が多く要るのに、わたくしのために心からの言葉を綴っていただけました。

 何日もかけて書いてくださった、想いのつまったお手紙です。


「ウァラクから、手紙をお送りいたします」

「ああ、待っているよ、ヒメちゃん」

「ちゃんと色墨で書いてくるのよ?」

「はい。無理は致しません」


 シュリィイーレに行く日と同じように見送っていただいて、あの日と同じように答えました。


「では、いってまいります!」




 ウァラクの代行役所事務所に参りますと、新しく赴任していらした方々三人とお会いしました。

 ……制服が、白です。

 血のような赤の釦と目立たない銀糸の刺繍。

 今のウァラクの制服とは、全然かけ離れたものでした。


「これ、去年までの制服なんだよ。まだ領地でも二割くらいの人しか新しいものをもらっていなくてね」

 わたくしが余程、不思議そうな顔をしていたのでしょう。

 皆さんが説明してくださいました。


 遙か過去に大罪を犯した先祖がいて、加護結界がウァラクの西側半分以上からなくなってしまったのだとか。

 領主と次官は大変後悔し、神々に贖罪を示すために、神々に仕える者の着る『白』に血に懸けて身を禊祓みそぎはらう決意を誓う『血赤』をあしらったものを着ていたのだそう。

 その罪を主家と共に償うとして、衛兵隊もその色の制服だったとのことです。


「だが、その禊ぎも終えた……神々の赦しを得て『星青の境域』の中へとウァラクは招き入れられたんだ」

 そういえば、去年の夏の終わり頃に『浄化の宣』というのが発表になっていましたが……あれが、ウァラクのことだったのですね。


「それで、制服が全部一新されたのさ」

 皆さん、とても晴れ晴れとしたお顔です。


「神々からお赦しいただけて作られた、新たなはじまりの象徴であるこの制服を格好いいと言ってくれたのは、君が初めてだ」

「しかもっ! 輔祭殿があの素晴らしい不死鳥という、炎の中で甦る鳥を象った紋を作ってくださったし!」

「それをこんなにも美しい刺繍で、この背に背負えるなんて!」


 お気に召していただけて、本当によかったですーー。

 まだ新しい制服を受け取っていない方々、絶対にわたくしが提案した背刺繍のせいで更に遅れてしまうのですよね……

 申し訳ない気持ちでいっぱいです……

 では、せめてここにいらっしゃる皆様には、わたくしの刺しました刺繍の上着をお渡しいたしますね。


 皆さんが制服をお召しになり、一直線に並ばれるとそれはもう、格好いいなんてものではありませんっ!

 やはりこの制服は、大勢の方が揃うと最高に素晴らしい景観となるのですっ!


 そして、わたくしがウァラクで刺繍を施すのは、衛兵隊員としての任務のひとつかと思っておりましたが『特別業務』という扱いのようです。

 この六名分の刺繍糸の代金と刺繍作業代も別途支払われ、特別業務としての背刺繍作業用にちゃんと刺繍糸をご用意いただけるし、手当も給与とは別にいただけるのだとか。


 ……なんだか、押し売りっぽい気がしてしまいましたが、皆さんにそんなことはない! と仰有っていただけたので……ありがたく受け取ることにいたしました。

 ふふふ、シュリィイーレでお菓子と保存食を買う資金が増えます。


 あ、大切なことを伺っておかないと。

「いま、ウァラクでは衛兵隊員の方は、何人くらいいらっしゃいますの?」

「えっと……二百三十人……くらいかなぁ」


 え?

 少なすぎません?

 シュリィイーレは確かに大きめの町でしたから他の街区よりは多いと思いますけど、衛兵隊は百人近くいらっしゃいました。

 でも四街区もあって町の数も多いし、シュリィイーレより遙かに大きなご領地なのに?

 さっきまではしゃいでいらした皆さんの顔が、すうーーっと暗くなります。


「そもそも、町にあんまり人がいなくってね……町っていうより、村が点在しているみたいな感じ」

「一番、人がいるのが、多分ロンデェエストと接しているフェイエスト。その次がベスレテア……かなぁ」

「ご領主のいらっしゃるラステーレではなく?」


「あそこはどちらかというと『最終防衛線』だったからね」

「いざとなったら魔獣を押さえ込めるのは、ウァラク公とサラレア次官だけだし」

「もう兵団も引き払っちゃったから、少しばかりの衛兵がいるだけで、まだ臣民は町には戻ってないんだ」


 な、なんと……もしかして、もの凄く経済状態も……?

「なにせ、騎士位試験の合格者で他領からの人が入ってくるのなんて、多分五百年振りくらいだよ」

「出ていく臣民の方が多いからねぇ……」


 ……わたくし、五百年振りの他領出身者ということなのですね?

 余所者に冷たかったらどうしましょうっ!

 虐められたりしたら……楽しくなって、やり返してしまうかもしれませんっ!

 いけないわ、ヒメリア、わくわくなんてしては。


 でも、大地は清浄になったのだし、加護が甦ったというのなら『これから』ですわね。

 まさに『再生』なのですね。


「海もないし、大河も支流だからたいして魚も捕れないし、寒い土地だから農作物も……」

「肥沃な土地ではないからなぁ。山と森林ばかりだ」


 なかなか……厳しい土地柄ですのね?

 これは、覚悟が必要かも……お食事の。


「あ、でも、芋は旨いよ!」

「うん、確かに」


「それなら、大丈夫ですね」


 食べ物が美味しいって思えたら、きっと平気だわ。

 そうよ、ウァラクは絶対に素晴らしい領地になるに違いないのよ。

 再生の不死鳥が味方なのですもの!

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