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「念のため、医師様の所にも行ってくださいね」

「ああ、ありがとう! 衛兵さん」


『衛兵さん』……ふふっ、なんか嬉しいですねぇ。


 どうやら痛みもないようですし、魔虫の毒と棘はちゃんと取り除くことができたようです。

 やっぱり、複合発動、凄いです。

 ちょっと普通のやり方より発動魔力は多めに使いますが、効果があるのなら惜しむべきではありませんね。

 アルフレイストさんが、何か訊きたそうにしていらっしゃいますが……?


「今、シュリィイーレでは、そんなことまで教えてくれるのか?」

「多分、わたくし達が『騎士位を既に取った研修生』ではなく『試験研修生』だったからだと思いますわ」

「ああ……そうだな……悔しいなぁ。あと二十年遅く生まれていたら……そんな素晴らしいことが学べたのか……」


 そうですよね。

 銅証のわたくし達では、到底知り得ない知識でしょうから。

 貴系学舎か、金証・銀証の方々がお教えくださるシュリィイーレ以外では、きっと学ぶ場所がありませんもの。


「シュリィイーレの衛兵隊にお願いしたら、教えていただけるのではないでしょうか?」

「……そうかもしれないね……でも、魔法は『財産』だ。無闇に他人に教えるものではないし、資格のあるものにしかその知識を与えないだろう」


 そうかしら?

 確かに、財産だとは思うけれど。


 ……あ、少し、靄が見えるわ。

 どうせ教えてもらえない、ではなくて、今更『同じ衛兵隊員』に教わりたくない……ということかしら。

 なんて勿体ない、見当違いの矜持でしょう。



 こんな風に『わたくしだったらそちらを選ばないのに』……と、思うことができるようになって初めて、本当にわたくし自身が『自由』になったと感じられるようになりました。


 選べる道を見つけられるということと、そして選ぶ、ということ。

 損得で選ぶのか、善悪で選ぶのか、要不要で選ぶのか、好き嫌いで選ぶのか、全てが自分の中で決められていると実感できたのです。


 あの日、マイウリアとの国境から走り出すことを選べたあの時。

 全部を棄てて自分自身を選べたから、今、生きているのかもしれない。

 あの時に走れなかったら、わたくしは既にこの世界のどこにも居られなかったのだと思います。


 もしも、オルツで身分証をなくしてしまった時に、あの男性達の手をふりほどいて逃げてしまっていたら。

 もしも、カタエレリエラに行かずに、オルツで成人していたら。

 もしも、エイシェルスの屋敷を訪ねず、あの情けない家族に会っていなかったら。

 もしも、ニレーリア様のもとで、我慢しながら過ごしていたら。

 もしも、予備試験の後、すぐに馬車で王都を目指していなかったら。

 もしも、もしも、もしも……


 間違えた選択もあったのかもしれないけれど、今、何も後悔していないのですからわたくし自身にとっては『良い選択』だったのです。


 ウァラクで生きることを決めたのも、わたくしです。

 大きな選択も小さな選択も全部、自分自身。


 そうして、自分が自分のものであることを実感できるのですね。

 やっと、わたくしは勝手に他人が押しつけた価値のない『がらくた』という評価など振り切って、ヒメリアわたくしという存在であると認めることができました。


『自分を偽らずにいたい』

 そう言ったラーシュの言葉を思い出しました。

 わたくしも、自分に嘘をつかずに生きていたいと思います。


 ……そういえば、みんなは何処に行っているのか、どなたからも聞いてなかったわ。

 王都の近衛省に問い合わせたら、教えてもらえるかしら?

 行き先までは無理かもしれませんね……うっかりしてしまいました。

 今度、みんなにも手紙を書きたいけど、焦らなくてもそのうち解りますよね。

 だって、同じ皇国の中にいるのだもの。


 お昼休みが終わって、皆さん仕事へ戻るようです。

 春の風がゆっくりと吹き渡り、若木の香りが漂います。


 井戸は順調に掘り進められているようで、鑑定している方がもうすぐで水が出ると声をかけています。

 さっき魔虫が出た一番山に近い場所ですが、なんだか凄く深いですね?


 穴の中に入って掘り進めていた方々が、全員表に出ていらっしゃいました。

 最後は【土類魔法】などの、土系の魔法で穴を穿つのです。


 わたくしも、アルフレイストさんも、ちょっとドキドキで最後の作業を見つめます。


 魔法が放たれ、土の奥で何かが崩れる音がしました。

 そしてゴボゴボと水音らしきものが……


 ゴゴゴ……


 え?

 なんか、音が大きくありません?


 そう思った刹那、どーーーーーーっ! と、水柱が立ち上り、辺り一面に降り注ぎました。

「うわっ、熱ーーーーっ!」

「ええっ? なんでっ?」


 なんと、吹き出したのは水ではなく、湯です!

 かなり熱めの湯が、ざばざばと湧き出ています!


「こ、これ『神泉』か!」

「神の、泉ですか?」


 興奮気味のアルフレイストさんが、早口で教えてくださいました。

 大地の奥で神々の恩恵によって温められた水が流れており、山の中やその麓から時折その『湯』が湧き出すことがあるのだそうです。

『神泉の湯』には場所によって様々に効能があり、人々の暮らしに大変役立っているのだとか。


 凄いですーーっ!

 大地の下にお湯があるなんて、想像もしておりませんでした!

 清浄な地になったればこそ、神泉が吹き出したのですね!



 ウァラクに来て良かったですぅぅーーーー!

 こんな面白い現象が見られるなんて!


 やっぱり、わたくし、最高の選択を致しましたわ!

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