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 訓練三日目から、魔法の練習も加わりました。

 これが一番、自信がありません。


 だって、わたくしは【収納魔法】と【回復魔法】以外に、全く魔法を使ったことがないのです。

【収納魔法】だって、厨房からくすねた食べ物を持って逃げる時に、見つかりそうになって初めて使えることに気付いたのです。

 身分証を見られなかったこともあり、自分が持っている魔法のことなど全く解りませんでした。


 もしかしたら、ディルムトリエンの女性達は、素晴らしい魔法を持っていても一生気付くことなく過ごす方も多そうですね……

 なんて、勿体ないのかしら。

 自分を知ることができないって、試すことすらできないって。


 魔法実技試験では、主に攻撃魔法系と補助魔法系の両方で行われます。

 わたくしの持っているもので、明らかに攻撃系なのは【炎熱魔法/青】ですよね。【南風魔法】は熱い風……が、どういう攻撃になるか解りませんし【旋風魔法】は、ちょっと風を巻き上げる程度のようですし。


 補助系は【回復魔法】ですね、なんといっても。

 でもこれを試すというのは、態と怪我をして治したりするのでしょうか?

 もうひとつの【耐性魔法】もどう使っていいのか解らないから、今度魔法指導の先生に伺いましょう。


 昼食の前までは法典や歴史、古代語に関する勉強をして、昼食後から魔法の訓練です。

 お昼の食事はたっぷりと!

 今日の焼きシシ肉と甘藍の和え物は、もの凄く美味しかったです!

 焼いただけでも香辛料が沢山使われていると、煮込みなどとは全然違う味になりますのね。


 今日は隣の卓に、ベルディアさん以外の三人がいらっしゃいます。

 食堂で受験生の皆さんと一緒になるのは、初めてでした。

 ……なぜ、ベルディアさんがいないのかは気になりますが、他の三人はそれなりに仲がよろしいようです。


 チラチラとこちらを気にしていらっしゃるのは、確かメー……とかなんとか様。

 従家としては比較的新しいご家門の方のようですが、現在の当主には騎士位がなくて外されてしまったのだとか。

 次のご当主となる『嫡子』が騎士位を取れたら、復帰させようと特別にお約束いただいている……と先日、仰有っていました。

『特別』の所をやけに強調なさっていらしたので、他の方々にはそういう措置がされていないのでしょう。


 でも確か、ここにいらっしゃる方々はまだ家系魔法が出ていないはず。

 まだ『嫡子』ではないはずなのに、ご自身が家を継ぐ気満々なのですね。

 なんて意欲的なのかしら。

 従家なんて、絶対に面倒だと思うのですけれど。


「こんにちは、ヒメリア様」

「ごきげんよう……えーと?」

「カストア・メラニエーラですわ」

「ああ、そうでしたわね。家系魔法がない方なのに、どうして家名を名乗るのかが気になってちゃんと覚えられなかったのです」


 あら、いけない。

 つい挑発的なことを。

 だって、腕組んで顎突き出して見下ろすように挨拶されたら、カチンと来ません?


 おや、顔が真っ赤ですわ。

 恥ずかしいのかしら?

 怒っているのかしら?


「そんなこと言ってよろしいの? 私が当主になった時には、あなたの家門なんて……」

 まだ何者でもないのに、図々しい方ですね。

「家系魔法が顕現していないうちから、家名を名乗るのは罪ですのよ? 法典はお読みになっていらっしゃらないのかしら?」

「えっ……」


 まさか、本当に読んでないのでしょうか?

 こっちが『え?』ですよ。

 さて、食べ終わったし魔法訓練場へ参りましょうか。


「正しい法律をご存じないと、王都に行ったらすぐに逮捕されてしまうかもしれませんよ? お気を付けなさいませ」

 席を立ちつつ、給仕の方にごちそうさま、と告げて振り返る。

「同じカタエレリエラの者として、そうならないようにお祈りしておりますわ」


 後ろから、蛮族に育てられた娘のくせに、なんて囁きが聞こえますわ。

 なるほどー、喧嘩を売りたかったのではなくて、わたくしを虐めたかったのですね?

 欲求不満の解消でしょうか?

 うっかり買ってしまいましたわー。

 未だに法典も読んでないところを見ると、この試験を相当馬鹿にしていらっしゃるのかもしれませんわね。


 オチチャエバイイノニー。


 あらいけない、つい呪詛の言葉を。

 ほほほほほーっ!


 魔法訓練場は弓術場の隣です。

 お屋敷のほぼ真裏になり、町からは一切見えない場所です。

 塀の向こうは小さな林になっていて、ヴェーデリア家門の私有地ですから誰も入れません。


 領主様主催の『狩り祭』が行われる場所で、小さい獣が住んでいるらしいです。

 ちょっと入って、弓の腕を試したくなってしまいますわね。

 美味しそうな獣も……いるかもしれませんし。

 この林の小高い丘を越えた向こうは、ラクセルという別の町だそうです。


 皆さんも、ようやく表に出ていらっしゃいました。

 ……ベルディアさん、随分と元気がありませんね?


「ベルディアさん、お身体の具合でも悪いの?」

 近寄って、こそっと尋ねてみますが、平気、とだけしか返ってきません。

 絶対、何かありましたわよね。


 あの三人がニヤニヤしていますけれど……あ、もしかして、虐められてしまってます?

 ベルディアさんがあの三人の視線から逃れるように、わたくしの後ろへと回り込んできました。

 うーん……ベルディアさんがこの態度ですと、絶対に解決致しませんわ。


 皇国の『お嬢様育ち』というのは、精神的に弱い方が多いのかしら?

 虐めをするなんて、自分に自信がない証拠。

 他者を貶めないと不安で不安で堪らない、下らない生き物であると自分で吹聴しているだけです。


 ベルディアさんも無視していればよろしいのに、それができないというのも……あまり強くはないのですよねぇ……

 やはり二十年の長きに及ぶ虐められ経験を有するわたくしとは、ちょっと違う、というか、普通はこの反応なのかもしれませんわね。

 こうして項垂れている感じが、可愛らしいといえば可愛らしいのかもしれません。

 でも、わたくしはやっぱり、ベルディアさんは笑顔の方が好きです。


 何も言わず、側にいることにしました。

 わたくしがいれば、直接的なことはされないでしょう。

 見たところ、肉体的には暴力を受けていらっしゃらないご様子。

 皇国の虐めは甘っちょろいです……おっと、いけませんわね、こんなことを思っては。

 どんなに些細なことでも、される側の傷の深さや痛みは変わりませんものね。


 でも……つきっきりということは、できません。

 せめて、ベルディアさんの背筋が伸びると……いいのですけれど。

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