23

 翌日から、受験のための勉強が始まりました。

 元従家の娘達が数名、わたくしと同じようにニレーリア様から推薦を受けて試験に臨むようです。

 男性達はニレーリア様の夫であるリンディエン・ラカエス様の元で、ご指導を受けているらしいです。


 カタエレリエラから今年の推薦による受験生は全部で八人と、例年より少ないということです。

 ここにいる女性が五人ですから、男性が三人……ですね。


 立ち居振る舞いや、礼儀作法などはオリガーナさんから教えていただきます。

 紅茶が、入れ方が違うだけでこんなに美味しいなんて、思ってもいませんでした。

 騎士として主に仕える心構えや、身分階位に沿った態度や言葉遣い……制約は多いですが、一緒にいる方々に気を遣う『礼』というものは大切なのだと思います。


 わたくしがベルディアさん以外の三人の受験生と出会ったのは、司書室で『皇族貴族典範』を読み返していた時でした。

 三人の方々はそれぞれ別々に話しかけてこられたのですが、どう見ても順番に値踏みに来た……という感じですね。


 全員、元・従者家系の方々で、成人して五年以内ですが全く騎士位を取る気がなかった方々が殆どだったご様子です。

 新しい法律の下では『家系魔法を有し騎士位を持つ者を当主としている家門のみが従者となれる』と定められてしまったので、家を継ぎ従者で居続けるために急遽受験を決めた方々なのです。


 ベルディアさんが言うには、誰ひとり家系魔法を顕現させてはいないようです。

 家系魔法は適性年齢の三十五歳までは現れない場合も多いらしいので、まずは受験期限が設けられている騎士位を取っておかねば、ということでしょう。

 全員が勉強不足ですから、他の受験生に構っている暇などないとばかりに挨拶を一度交わしただけでその後全く喋ることはありません。


 わたくしはディルムトリエンでの『図書の部屋』で読んでいた本のおかげでしょうか、それともオルツ教会での勉強のおかげでしょうか、基本的な算術などは問題ございません。

 神典や神話のことに関しても、殆ど覚えてしまうくらい何度も読みましたので試験でもなんとかなりそうです。


 この試験は『上位何名が合格』というものではなく『合格点に達した者が全員合格』なのです。

 自分が頑張って得点を獲得すればいいだけで、同じ受験者を蹴落とす必要はないのです。

 だって、蹴落としたところで自分が合格点に達していなければ、なんの意味もないのですから。


 ベルディアさんは法律書が苦手なご様子で、読むだけで四苦八苦していらっしゃいました。

 この一年、何をしていらしたのでしょうか。

 わたくしも得意とは言い難いですが、苦手ではありませんでした。


 魔法に関する理論の方が、少し難しいです。

 方陣や契約の魔法などに使われる古代文字ですら、今では多くの方々が読めるようになっています。

 ですのできっと、古代文字の試験もありそうだと思って、教会で以前いただいた現代語との対応表で再度勉強しています。


 でも魔法は理論より、実技試験が重視されるみたいでした。

 他の方々が魔法や技能についてどのような勉強をなさっているのかは、実技では拝見することができます。


 ですが、弓を使うのはわたくしだけのようで、皆様長剣か槍をお選びになっていますから魔法の訓練だけですが。

 実技は護衛騎士の方がそれぞれに指導員として付いてくださり、型や武器の手入れ方法まで教えてくださいます。


 わたくしの指導員、レーリカ様は護衛騎士の中でも随一の弓の達人でいらっしゃるとか。

 見本として披露して下さった試技では、あまりの所作のお美しさに見入ってしまいました。

 弓というのは、あんなにも洗練されて美しいものだったのですね。


「ではヒメリア、ここに立って射てごらんなさい」

「はい」


 えーと、立ち位置と足幅はこれくらいで……肩を落として真っ直ぐに。

 不思議だわ。

 レーリカ様の動きを思いだしながら身体を動かすと『今、ここが最適』というのが解る。

 きっと、これが『弓術技能』の働きなのだわ。


 矢を番え、左右の腕に均等に力をかけ、弓を引く。

 きり、としなる音が耳に届く。

 見据えた的に向かって、放つ。


 一連の動きを全て技能が支えてくれる。

 身体のどこにも、余分な力がかかっていない。

 矢は一直線に空を切り、的へと吸い込まれるように突き刺さりました。


「素晴らしいわ。流石、技能と魔法を持った専職ね」

「弓術技能はございますが……魔法、ですか?」

「風の魔法をお持ちでしょう? 弓術と風は非常に相性が良く、効果を高める働きがあるのよ」


 風魔法の指向性は弓術技能があると格段に上がり、弓術は風魔法の魔力で早く強く矢を射ることができるのだとか。

 そういえば風系の魔法はふたつ、ありましたわ。


「弓はいつもいつも充分広さのある場所で、見通しがよくてまっすぐ立って射ることができるとは限りません。実際にはもっと短時間で射る必要も出てきます。その時にも訓練時となるべく近い、最適な動きができるようにするには、繰り返し正しい型で射続け身体に覚え込ませるのです」

「そうすれば、多少の悪条件でも正しく的に当てられるようになるのですか?」

「正しく……というか、自身の心に余裕と冷静さが素早く取り戻せるから、当たる確率が上がる……が、近いかしら」


 ふむふむ、そうなのですね。

 練習して身についているという自信などが、命中率にかかわってくるのですね。

 なんとなく右手に力が偏っている気がするので、利き手をどうしても使いがちなのかもしれませんわ。

 意識して左手も使わなくては。


 その後、何度か試射を繰り返します。

 わたくしの矢は大きく逸れることはありませんでしたが、たまに的の端に当たることもありました。

 まだ技能と魔法が完全に自分のものになっていないのだから、これからですよ、とレーリカ様に励まされ、毎日五十射を目標に頑張ることに致しました。


「中てようとするのではなく、美しく引くことを目指せば結果はついてきますよ」

 レーリカ様の助言を忘れず、美しく……そして、強く。


 四十八回目の試射が終わった時に、ニレーリア様がいらっしゃいました。

 見られている、と思うと少し緊張します。

 でも、試験では多くの方々に見られながら射るのですから、これくらいで心を乱してはいけないですね。

 残り二射もなんとか的に刺さり、大きく息をついた時に拍手をいただきました。


「凄いじゃない! 訓練を始めてまだ二日目とは思えないわ」

「ありがとうございます、ニレーリア様。ご指導くださるレーリカ様から、解りやすく教えていただけておりますから」

「わたくしの功績ではございませんよ。ヒメリアは、大変才能があります。勘もいいし、思っていたより腕の筋力もありますね」


 いえいえ、実を言うと昨日の訓練の後は関節がやたら痛かったり、筋肉痛があったのです。

【回復魔法】でなんとか痛みなどはなくなりましたが……全然、足りていないです、筋力。

 この【回復魔法】を初めてちゃんと使いましたが、なかなかいいです。

 痛みもすぐにとれますし、ちょっとした擦り傷なんてあっという間になかったことに。


 そういえば小さい頃から仗で打たれたり、転ばされてできた傷に手を当てていると翌日にはあとも残らず治っていましたわね。

 あれ、魔法で治していたのかも。

 わたくし、自分がもの凄く頑丈にできているのだとばかり思っていましたわ。

 食事に入れられていた毒を気付かずに口にしてしまった時も、ずっとお腹を押さえてたら治りましたものね。


「ヒメリア、今まで弓を使ったことがあるのか?」

「いいえ、こんなちゃんとした弓矢は初めてでございます」

 わたくしの答えに、レーリカ様がちゃんとしていないものなら使ったのか? とお聞きになるので、恥ずかしながら……と説明致しました。


 まともな食事の用意をされることが少なくお腹を減らしていたのですが、厨房に入るのは至難の業でございました。

 なので、窓とかすぐに逃げられる場所から、最初のうちは長い棒などを使って食べ物をたぐり寄せていたのです。


「ですが、それだと手元までは移動させられなかったり、届かないことが多くて。小さい弓を作り、矢に糸や紐をつけて射て、食べ物に当てて引き寄せていたのです」


 はじめは矢が深く刺さらず失敗したり、刺さっても軽いものだけしか手に入れられませんでした。

 ですがやじりの形や矢羽根の作りを変えつつ試行するうちに、焼いた肉とか人参や芋くらいでしたら手に入れられるようになったのです!


「……な、なるほど」

「既に……『実戦経験』があったのですね」


 おふたり共、少々呆れ気味のお声ですわ。

 まぁ……盗みですものね。

 感心は、されませんわよね。


 でもやむにやまれずしていたことから、技能と魔法を得たことで誰かの役に立つかもしれない『弓術』になったのです。

 なんだか少しだけ、自分自身が成長したように感じられて、もの凄く嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る