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 わたくしの買い物が終わる頃に、他にも何人かがいらして千年筆を買っていました。

 ……綴り帳の採点で、加点をもらっていた方々ばかりです。

 勿論、テターニヤさんも。


 そして、これからは千年筆を教務室に預けて、いつでも買えるようにしてもらえるとか!

 色墨塊もいろいろな色を置いてくださるらしいので、後日また買いに来ましょう!


 ……だけど、色墨は高価ですから……手持ちが少なくなって、お菓子が買えなくならないようにしなくては。

 千年筆が、思っていたよりはお買い得でよかったです。


 それにしても、タクト様ってご商売もなさるのね。

『商人組合』に登録していらっしゃると言うことは……もしかして、今後は他領でもこの千年筆が売られるのかもしれません。


 きっと綴り帳も、よね。

 ならば、いただいたものを使い切っても、王都とかで買えるかもしれませんね!

 では、心置きなくお菓子の書き付けを清書致しましょう!



 翌日の座学は昨日の書き付け見本の時のものと同じ内容も含まれていて、ちょっと吃驚しました。

 早口で進めてしまったから、もう一度、と。

 昨日書き損ねたところを、ちゃんと書ききることができましたわ!


 そして、講義の後に解らなかったところはいつでも質問するように、とあらためて促されました。

 ……わたくしも質問に伺ったことはなかったのですが、何度か質問に教務室に行かれた方々もいたとか……

 後日でもいいからと仰有ってくださったので、これからは質問者も増えそうです。



 隧道ができあがった三日後から、巡回が再開されました。

 わたくし達の宿舎近くは青い光で照らされていましたが、他の方面に行くと隧道の天井が全く違う色になっています。

「どうして、色が違うのですか……?」

 もの凄く綺麗ですが!

「町の中心部、教会や組合事務所のあたりは白い光で、東に行くと青、北は赤、西は黃、南は緑色になっている」


 ダリュー教官の説明に、わたくし達は感心しきりです。

「色で方角を示しているのか」

「確かに、真っ白じゃいくら角に通りの名前があっても、解りづらいもんな」

「この隧道、町全体にありますの?」


「ああ。人が出入りできるところはな。さ、いくぞ」

「待て待て、注意事項だ! この隧道内では、補助系の魔法以外は全部禁止だ」

 ノエレッテ教官が、歩き出したわたくし達に慌てて指示を出します。

「特に、炎・風・雷・水系は、何があっても絶対に使うな。いいな?」

「「「はい!」」」

 補助系というと、わたくしが使えるのは【回復魔法】と【耐性魔法】、【収納魔法】だけですわね。


 隧道内でもよく町の方とすれ違います。

 大通りでは五人くらいが並んでも平気なほどの幅になっていますし、随分と細い道でも隧道が造られています。

 皆さんとても楽しそうですね。

 こんな、色とりどりの綺麗な道ですから、当然かもしれませんが。


 あら?

 どうしたのかしら……ラーシュが、あまり元気なさそうですね。

 中央の教会前まで来た時に、先が緑色に輝く道の方……南側を見つめてなにやら沈痛な面持ちです。


 あ、もしかして、何かお買い物に行きたいのね?

 そうよ、店を開けているところの殆どは南側ばかりだし、これから回る西側は市場も完全に閉鎖しているのですものね。

 折角の巡回なのに、お買い物ができないのは残念よねぇ。

 解りますよっ、その気持ち!


「ラーシュ」

「……ヒメリア」

「今は難しくても、いつか必ず機会がありますわ」

「そう、だな」

「緑にばかり気を取られてはいけませんわ。さ、参りましょう」

「うん、おまえの言う通りだな! 拘ったって仕方ねぇな!」


 そうそう、今日は黄色い灯りの西地区ですよ!

 隧道の外は大雪ですのに、さほど寒さを感じませんし風もまったくありません。

 しっかり巡回して、宿舎に帰ってから美味しいお菓子をいただくのですよ〜!


 隧道内で落とし物を拾ったり、壁に落書きされてしまったところを消したりと巡回はいつもと違った雰囲気。

 そして、休憩するにも公園などにも入れませんから、西門の事務所で一休みです。

 あら?

 随分と人が多いですね。

 一階の玄関口にも、二階に上がっていく方達も皆さん住民の方です。


「お魚、美味しかったー」

「そぅねぇ! 柔らかくて、いいお味だったわねぇ」


「明日は、イノブタ甘辛焼きだってよ」

「それじゃ、明日も来よう。今度は、南西門にも行こうぜ」

「あっ、明日の南西門、シシ肉の辛味煮込みだ!」

「えええっ? じゃ、どっちにする?」

「うー……迷う……」


 わたくし達は聞こえてくる楽しげな会話に、不思議な気持ちでいっぱいでした。

 どこかに、開いている食堂でもあるのでしょうか?

 その時、何かを発見したのかラーシュが声を上げます。


「あっ、この二階に食堂があるぜ!」

「本当だ……今日の献立が書いてあるよ。あれ、次の日の予定も……他の門にもあるのか?」

「そうみたいだな。南東門、焼きイノブタと茸炒めだ! うわ、旨そうっ!」


 こんな時期でも、町の食堂が全てお休みでも、ここはやっているのですね!

 きっと、毎年このように雪が積もるから、沢山の食材を備蓄しているのですね。

 わたくしのように料理が苦手でも、食堂が開いていれば安心ですもの。

 そういう方々が、利用しているのね!


 わたくし達、研修施設以外では食事してはいけないのですよねぇ……

 献立表を眺めていると、残念で残念で堪りません。

 その時、突然、小さい子がわたくしにぶつかってきました。

 献立表を眺めるのに夢中で、通路を塞いでしまっていたのかも……気付きませんでしたわ。


「大丈夫? 転んで怪我はしていませんか?」

「うんっ! へーきっ! ぶつかって、ごめんなさい」

「まぁ、偉いわ。わたくしこそ、ぼんやりしていて御免なさい、ね」


 にこにこーっと笑ったその女の子の瞳が、緑色でした。

 まぁ……皇国では珍しいわ。

「お年はおいくつですの?」

「ななさいですっ!」


 うふふっ、なんて可愛らしいのかしら。

 女の子の名前を呼んだお父様の元へパタパタと走っていく姿が、微笑ましいです。

 衛兵隊だけの施設ではなく、ご家族で利用できるように作られているなんて素晴らしいですねっ。

 その様子を眺めていたキリエムスから、少し重い声で話しかけられました。


「あの子、緑の目をしていたね」

「ええそうね。とても綺麗だったわ」

 キリエムスが驚いたような顔をしているわ。

「君は……抵抗がないのかい? 緑の瞳なんて……」

「どうして? 緑だと何があるというの」

「だって、ス、スサルオーラ神の……」


 そういえば、以前皇国ではスサルオーラ神を信奉する方々が、事件を起こしたことがございましたね。

 オルツの司祭様に聞いたことがあります。

 でも、スサルオーラ神への間違った信仰を持った者達と、緑の瞳は関係ありません。


「スサルオーラ神の瞳が緑色だから、あまり良く思われていないんだよ」

「それって、不敬です」

「……!」

「正しい神典……『正典』に、ちゃんとスサルオーラ神は主神と対を成す宗神で、人々の安らかなる夜を守る神と書かれています。昔の間違った認識に囚われているのは、神々ではなくかつて間違いを広めた『人』を信奉することです。信仰は神に向けるものであって、人に向けるものではないと思います」


 殆ど、ラニロアーナ司祭様からの受け売りですが。

 間違いを正さなくては、神々からの加護を失うと誰もが思っているはずです。

 なのに、どうして『間違い』を引き摺って未だに緑の瞳を嫌うのか、わたくしには全く理解できません。


 ラーシュまで、こちらを睨むように見つめています。

 キリエムスは……それでも認められないのかもしれません。


「僕の母方は賢神一位でね。その狂信者達に襲われて、大怪我をしたんだよ。いまでも母と一緒に襲われた伯母は足が不自由だし、母は恐怖が忘れられず表に出ることができなくなった」

 直接、被害に遭われた方だったのね……

 でも、それでも、憎むべきは犯罪者達そのものであって、宗神や『緑の瞳』ではないわ。


「その襲った奴等が緑の瞳だった。僕には、彼等を憎む理由がある」

「……わたくしは……あなたの怒りも苦しみも解ってはあげられない。だけど、やっぱりその色の瞳だからと憎むのは、絶対に間違いだわ」

 キリエムスの心を変えることはできないと思うけど、わたくしの思っていることは伝えたい。


「昔、わたくしを殺そうとした侍女の瞳は、あなたと同じ黒い瞳だった。でも、わたくしは……あなたも、黒い瞳の人達も、憎んではいないわ」

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