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 合格の報告をバーラムトさん達に致しましたら、それはそれは喜んでくださいました。

 わたくしも皆さんが作っている『試験研修生用制服』が着られるのが、嬉しくて堪りません!


「ただ……シュリィイーレへの出発が待月の十二日ですので……それまでの滞在場所やお仕事を見つけませんと……少しでもお金を稼いでおかないといけないのです……」

「そうか、ヒメちゃんは領地には戻らず王都で過ごすつもりなんだね?」


 どうやら、だいたいの方は一度領地に戻って、支度を調えてからもう一度王都に来るらしいです。

 まぁ、そうですよね。

 二ヶ月近くも王都でひとりで暮らすより、往復の旅費の方がずっと安く済みますもの。

 でも……わたくし、家がありませんしー……だったら当初の予定通り、王都で住み込みのお仕事を探す方がいいです。


 それに、研修中の衣食住にはお金はかかりませんが、お菓子代とか嗜好品などは、当然自分のお金で支払うのです。

 シュリィイーレにはもの凄く美味しいお菓子が沢山あるのだと、ルリエールさんから聞かされておりますので絶対に我慢などできないと思うのです!

 なので、しっかり稼がなくてはいけません。


「役所にいって、住み込みのお仕事の紹介をしていただこうかと……」

「なんですか、そんなこと!」

「そうよー、ずっとうちに泊まっていればいいし……そうだわ、私達の仕事を手伝ってよ!」

「うん、うん、そうだね。ヒメちゃん、手伝ってくれるかい?」

「わたくしなんかがお手伝いしてよろしいのですか?」


 なんという素晴らしいお話でしょう!

 住み込みで働かせていただけるだけでなく、あの衛兵隊制服に関われるお仕事だなんて!

 でも、わたくし『縫製技能』はありますけれど、それ以外は全く……


「あら、縫製があるのね! それなら、仕上げの飾り刺繍をやってもらえると助かるわ!」

 飾り刺繍とは上着の袖口に施される刺繍で、釦と揃えの色で刺されるものです。長目の袖を捲り、この刺繍を表に見えるよう内側を貝や石で作った小さな釦で留めるのです。

 この刺繍の善し悪しで制服の品位が決まると言っても過言ではないほどで、各領地ごとに違う図柄になっています。


「そ、そんな大切な部分を……? わ、わたくし、自信がありません……」

「はじめはみんなそうよ」

「ほら、手巾にしてあった刺繍を見せてくれたじゃない! あれだけ刺せるなら、簡単な図柄ならすぐに覚えられるわ」


 オルツでは服の縫製の他にも、刺繍をしてはおりましたが……初心者程度の図柄しかやったことがないのですよね。

 これは……特訓が必要です!


 わたくしは一日も早く指定の刺繍ができるように、特訓の計画を立てました。

 蔦の絡まるような模様に続く、各領地で決めた『意匠』を刺すのです。

 刺繍工房の方は、女性ばかりですが二十人くらいです。

 皆さん技能と魔法を使って仕上げているので、とても早いのです。

 袖飾りの刺繍が仕上がり、釦と肩章が付けられたら制服が完成。


 一番最初に教えていただいたのはリバレーラ。

 二匹の魚が向き合ったような形で、とても可愛らしいです。

 蔦がいつの間にか波のように象られて、魚が撥ねているように見えるのです。

 形は簡単ですが、左右の大きさを間違えないようにしなくてはいけないのが少し、難しいですね。

 まずはこれを完璧に刺せるように、三日かけて特訓しました。


「うん、綺麗にできるようになったわね! ヒメリアの刺繍はとても正確だわ」

「本当ねぇ……衛兵じゃなくても、刺繍で仕事ができるわよ」


 いえ、わたくし、衛兵隊の制服だと思うから頑張れるのですよ。

 刺繍は確かに楽しいのですけれど、趣味の範囲に留めておきたい……です。

 もの凄く気を遣いますもの。

 ずっと持ち上げている左肩が凝るのは……多分、制服だと思うと緊張が増してしまうからですね。

 ……この中のどれかの制服を着られるように、シュリィイーレの試験も頑張らないといけませんねっ!


 刺繍を刺しながら、試験を受ける前よりももっともっと衛兵隊の制服が好きになっております。

 一度、全部をばーーーーっと並べて、見比べてみたいですねぇ〜。

 きっと壮観です。

 だって、全領地の制服が一堂に会することなんて、ありませんものね。


 衛兵隊は各領地の、最も重要な護り手。

 臣民達の町だけでなく、付近に山があれば山へ、海があれば海へも赴いて危険や災害に対峙するのです。

 そんな衛兵隊の制服は『守護者の誇り』そのものです。

 格好良くて、素敵で、ドキドキなのは当たり前なのですっ!


「ヒメリア……ニヤニヤしすぎ」

「セラフィラントのがいくら格好いいからって、頬擦りしそうな距離よ?」


 ……無意識でした。

 いけませんね、衛兵隊の制服だと思うだけで必要以上に撫でてしまいます。

 あら、セラフィラントのって手触りも凄く良い……


「次に教えてあげるから、リバレーラのを仕上げちゃって!」

「はい……」

「まぁ、気持ちは解るわ。セラフィラントのって、本当にいい生地使っているのよね」

「手触りなら、エルディエラもいいわ。艶もあって素敵な生地よね」


 どのご領地も衛兵隊の制服には、かなり力が入っているようですから生地も細工も最高級です。

 やっぱりこのリバレーラの臙脂色は綺麗ですねぇ。

 あ、ロンデェエストの緋色は思っていたより大人っぽいですっ!

 これに金釦……格好いいですぅーー!


 絶対に、受からなくては。

 何が何でも、衛兵隊の制服を着るんですからっ!

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