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リバレーラの次に教えていただいたのは、セラフィラント。
今度は金糸ですね。
空のような、海のような蒼い制服に金糸の刺繍は本当に美しいです。
「この意匠、面白い形です」
「ああ、セラフィラントは最近変わったのよ。昔は他のご領地みたいに、加護神の花だったのだけれど」
均整の取れた六つの角がある囲いの中に、風……?
いえ、波の模様でしょうか?
連続した曲線が規則正しく並んでいて綺麗です。
そして、他のご領地と違い『セラフィラント』の文字が入ります。
力強く、それでいてどこか優しげな文字です。
「亀の甲羅の模様と波模様なのですって。最近のセラフィラント製の品物にも、この印があるのよ」
「そうそう、解りやすいのよね、どこで作った物か。セラフィラントの布製品には、付いているものが多いわよ」
そう言って見せてくださったのは、手袋でした。
小さいですが、確かにこの印が縫い付けてあります。
この品が間違いなくセラフィラントの物で、その質を保証するという意味なのだとか。
製品が一定の基準に達していない物には、この印をつける事が許されないそうです。
凄いことです。
品物ひとつひとつにまで、誇りを感じます。
でも、この形……どこかで見たような……?
あ、そうです。オルツでも、港でこの外枠を見ました。
中は……違った意匠でしたけれど。
「セラフィラントの港も全部この外枠で、中の意匠が違うのよ。どの港で水揚げされたかが判るの」
「その地方で作られた野菜なんかも、質のいい物には箱や袋にこの印があるわよ。これを真似しようとしているところもあるけど、意匠自体が印象的じゃないとかえって判りづらいのよね」
セリアナさんとルリエールさんはそういったことに敏感で、詳しくていらっしゃるのですね。
染め物の色とか服の形というものは、流行廃りがかなり売上げに影響するようです。
衛兵隊のように指定された色とは違い、一般的に売られている服や小物はどうしてもそれに左右されるので流行には常に気を使っていらっしゃるとか。
色にも形にも、そういうことがあるのですねぇ……
でも、このセラフィラントのものは、ずっとこのまま使われるような気がします。
だってとても印象的で、他の領地のものとまったく似ていなくて素敵ですもの。
そういえば、セラフィエムス卿の『銘紋』も好きでしたわ。
オルツの港湾証書に、押印されていたのですよねー。
他のご領地の方々のものも、いつか見てみたいです。
その内、全部刺繍で刺せるようになったら、わたくし本当に刺繍屋さんもできるかも知れませんね。ふふふっ。
制服の刺繍を覚えながら、部屋の掃除や洗濯物のお手伝いもするように時間を取りました。
新しい年に合わせて制服を新調するご領地が多いので、夏の終わりから秋の今の時期が一番の繁忙期だそうです。
わたくしよりも格段に仕事の速い方々が、心置きなく作業できるように整えて差し上げたいと思ったのです。
……お食事作りは……絶対に手伝えませんから。
わたくしが味付けすると、どうしてか皆様に『刺激的すぎる』と言われてしまったのですよねぇ……
まぁ……わたくし自身もちょっと無理、と思える味だったのですけど。
そんな毎日で、わたくしはほぼ計画通りに、一ヶ月ほどで四つのご領地の刺繍が刺せるようになりました。
やはり、計画性は大切です。
さて、次の刺繍を……と手にした布の束を見て不思議に思いました。
「なんで、こちらの物は蔦模様だけなのですか?」
各領地の意匠を入れ込む場所が、全て蔦模様で繋がってしまっています。
「それはシュリィイーレのものよ。あそこは直轄地だから、領主も次官もいない町なの」
「強いて言えば、皇王陛下のものなのだろうけれど……近衛と同じにするわけにはいかないものね」
「直轄地って、どこもそうなんですか?」
「衛兵隊が常駐している直轄地はシュリィイーレだけよ。あとは大樹海とか、山脈とかで、あっても『村』くらいの規模だから近隣の衛兵隊が交代で見回っているのよ」
特別な町。
誰もがそう言うシュリィイーレは、皇国の最も西に位置する所謂『辺境』。
なのに、王都の街区を三つほども合わせた広さがある町には『全てがある』と言われている。
「シュリィイーレは『もうひとつの王都』なのよ。だから、特別なの」
「どうして、そう呼ばれているのですか?」
わたくしのその質問にはおふたりとも首を傾げて、よく判らないけど、昔からそう言われているのよ……としか、答えが返ってきませんでした。
研修と最終試験の行われるシュリィイーレ……
一体、どんな町なのか、興味とともに少しだけ、恐ろしささえ感じてしまいました。
それからの十日間は、覚えた四カ所のご領地の刺繍を刺しまくりました。
気がついたら『装飾技能』が増えていたくらいです。
技能をあると解り、意識してそれを使おうとすることで、精度が上ったり仕上げが早くなったりするのですね。
この勢いで【加工魔法】がいただけたら、もっと速くなるかもしれません。
ただ、楽しくてやり過ぎてしまうとすぐに、布を持っている左肩がガッチガチに凝ってしまうのですよねー。
ずっと浮かせたまま持っているから仕方ないのですが、もう少し身体を鍛えなくては!
これではいつまで経っても、折角技能のある体術が使えませんわ。
ルリエールさんから、試験に落ちてもうちで雇ってあげるから絶対に戻るのよ! と言っていただけたのは……喜んでいいのかどうか微妙な気持ちでしたが。
それでも、必要としてくださる方がいてくれると思うだけで、とても心が安らかになります。
でもっ、絶対に受かって衛兵の制服を着るのです!
怖がってなどいられませんわね、シュリィイーレ……!
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