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 近衛になれるのは騎士位を持つ者だけですが、衛兵隊の試験というのは決して騎士位がなければ受けられないということではありません。

 騎士位があると、お給料が高めだったり、所属した領地の中で三年目以降は勤務地を選べるのです。

 そして『役付』になれるのは、騎士位がある者だけだそうです。

 その辺は、わたくしには全然興味がないのですけれど……


 騎士位のない者は衛兵隊に入っても上の階級に上がるには試験があり、出世に興味がなくても十年毎の更新試験に合格しなくてはいけません。

 特に難しい試験ということではないという噂ですが、落ちてしまうと上の階位であったとしても年齢が上でも、初年度の者と同じ扱いになってしまうのですって……厳しいです。


 そして、騎士位のない方々は他領に移りたい時には、その領地の試験を受け直さなくてはいけないのです。

 勿論、その場合は『その領地での初年』ですから、一番下っ端です。

 騎士位があると、五年以上在籍すれば別の領地に移りたいという希望が出せ、余程無能でない限り断られることはないのだそうです。

 その上、次の領地でも『初年』扱いではなくて、階位もそのままで役職なども移籍先で考慮されるのだとか。


 それでも、衛兵隊に所属すれば階位が『無位』から『従四位』になり銅証です。

 騎士位を取らない方で、在籍地の衛兵隊から移動する方は殆どいないということです。

 衛兵隊としてその地に貢献したいと望むだけでしたら、騎士位に拘る必要はないのです。


 ……受験前は、知らなかったのですよねー……

 もし知っていたら、そのまま衛兵隊試験を受けたかもしれません。

 今となっては、騎士位が取れてよかったと思いますけれど。

 そんなに何度も何度も試験を受けるのって、大変そうですもの……

 それに、騎士位がないと肩章と腰帯の提げ紐などの形が少し違うのですよ。


 衛兵隊に入れなかった方や、衛兵を辞められた方々は『兵団』と呼ばれる所に入る方が多いみたいです。

 こちらは試験などなく、実力が示せれば問題ないそうです。

 国境の山々で魔獣狩りをしたり、商人達の護衛の仕事などを皇国内で請け負うのだとか。


 現在兵団は三隊ありますが、その内の二隊がウァラクの国境や近くの山々で魔獣の警戒をしていらしたらしいです。

 ですが、今はもう引き上げてしまっていて、マントリエルのコーエルト大河の整備をなさっていたり、アーメルサスとの国境となっているヴァイエールト山脈の麓で魔獣退治をしているようです。


 衛兵隊だけではありませんのね、そのような地域のための仕事は。

 でも、兵団というのは衛兵隊よりは冒険者に近い……とバーラムトさんが教えてくださいました。

 ……冒険者って、未だに謎なお仕事なのですよね。

 皇国にはあまりいないらしいので、詳しい方もいらっしゃらないようですし。



 翌日、早速ご領地の代行役所へと参ります。

 ここで試験を受けたいと申請して、受験日を決めていただくのです。

 ……早い方がいいかもしれません。

 ここにいたら、また、バーラムトさん達と離れがたくなってしまいそうですから。


 ウァラクの事務所は……ちょっとどころか、かなり小さめでした。

 見つけ出すのに、三回も違う階と往復してしまったほどです。

 そういえば『神に見放された地』などと、酷い言いようをされていたのですよね……


 領地の西にガウリエスタとアーメルサスに続く国境の橋があって、魔獣が多く生息する大峡谷に面しているから……でしょうか。

 そういう場所を護ってくださっているのですから、むしろ敬意を払うべきだと思うのですが。


 でも、去年の朔月さくつきに『加護の復活』で、魔獣も魔虫すらも入り込まなくなったと聞きました。

 きっと、これから豊かになっていくのだわ。

 お隣のセラフィラントの事務所くらい、大きくなって欲しいです。



「え……ホントに?」

「はい」

「うちの領地の……衛兵隊に?」

「はい」


 たった三人しかいらっしゃらない事務官の方々から、同じ質問が繰り返されます。

 そんなにわたくしが、衛兵に相応しくないとお思いなのでしょうか?


「いや、ごめん、うちを……騎士位を取った人でウァラクを希望する人が、王都にいるとは思わなくって」

「あまり希望者は多くないのですか?」

「うん。全然いない」

「いたことない」

「いる方が不思議」


 まぁ……皆さんご自分達で言っておいて、落ち込んでいらっしゃるわ。

 折角の、新しくて格好いい制服が台無しですよ。

 お隣がセラフィラントの事務所だから、余計にそう感じるのかも知れませんねー。

 この廊下にいらっしゃる方々はほぼ、セラフィラントをご希望なさっているみたいですし。


 でも、わたくしはウァラクでございますよ!

 間違いではございません。


「なるべく早く試験を受けたいのですが、いつになりますでしょうか?」

「明日にでも」

「……王都から一日では、ウァラクへは着けません」

「いや、明日、ここで」

 え?

 それって予備試験……とか?


「明日、審査官がいらっしゃるから。朝、来てくれたらその日の内に試験ができるよ?」

 にっこりと微笑む事務官さん達……

 まぁ……なんという偶然でしょう。

 試験をしてくださるのでしたら、わたくしとしては嬉しいのですが。


「では、明日の朝、参りますわ」

「うんっ! 待っているから!」

「そうだよ、絶対に来てね!」


 必死なご様子ですわ……あ、そうですよね。

 ご領地の審査官……というからには、きっと階位が随分と上の方が、態々お時間を取ってくださるのですもの。

 遅れたりしては失礼……というか、不敬ですね!

 すっぽかしたりしたらきっと、騎士位剥奪かもしれませんっ!


 役所の建物を出たところで、なんと偶然にもキリエムスにバッタリと会いました。

「ヒメリア! まだ王都にいたんだね!」

「ええ、明日こちらで試験がありますの」

「え? 明日……?」

 ふふふっ、吃驚ですよねー。

 わたくしだって、吃驚しましたもの。


「そうか……早期試験を受けるなんて……凄いなぁ」

 あら、早期試験なんてあるのですね?

 ああー、それでご領地から、審査官がいらっしゃっているのね!

 間に合ってよかったわ!


 キリエムスは、後期試験……半月後の試験を受けるのだそうです。

 お互いに頑張りましょうね、と握手をして別れました。


 明日のために、しっかり食事をしなくてはっ!

 ……寝坊にだけは、気をつけなくてはいけませんね。

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