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 シュリィイーレを出て二日後、昼少し前に馬車は王都に着きました。

 懐かしい石畳です。


 そして……試験結果が発表される日です。

 結果発表は昼過ぎ、わたくし達は昼食も喉を通らず……なんてことはなく、もりもりと食事をいただいておりました。

 だってー、馬車移動って意外と疲れるのですよー。

 一緒にいるテターニヤさんもラーシュもキリエムスも……ちゃんとお食事はいただいております。


 シュリィイーレでの『食育』の賜ですね。

 全員、綺麗に完食でございました。


「……シュリィイーレの方が旨かったな」

「うん、肉の硬さが懐かしいね」

「わたし、赤茄子煮には火焔菜が入っていた方が好きだわ」


 皆さん、すっかりシュリィイーレのお食事の虜ですよね。

 わたくしもなので、人のことは言えませんけど。

 ふふふ、保存食、買っておいて正解ですね!



 さあ、合格発表の時です。

 全員が近衛省舎前に集まります。

 発表は、本試験の時と同じ、合格者の名前と在籍地のみが書かれています。


 大きめの紙が貼り出されました。

 そこに、名前があれば……


 ……あ。


「ありました……っ!」

「あった、俺もっ!」

「あーっ! ありましたぁぁーーーーーっ!」

「……よかった……! 受かったっ!」


 四人とも無事に合格ですっ!

 わたくし達は手を取り合い、喜び、祝福をおくり合いました。

 合格者はなんと、九人だけでした。

 女性はわたくしとテターニヤさんだけです。


 わたくし達はなるべく落ちた方々の顔を覗き込まないように、近衛省舎へと入り制服を返却いたしました。

 そして、合格者証、徽章を受け取り、身分証に『騎士位』の表記をいただくことができたのです!

『従家第三位騎士』

 嬉しさがこみ上げてきます。


 キリエムスとラーシュは……すっかりあのわだかまりがなくなったかのようです。

 ふたりで肩を抱き合い、喜びを分かち合っています。

 テターニヤさんは……しきりにわたくしの順位を聞いてきますが……教えません。

 だって、絶対にわたくしの方が上なんですもの。


 毎年、一位から十位の合格者だけが、近衛の試験を受ける資格があります。

 今年は九人しかいないので、全員に資格があるわけですね。

 キリエムスは以前から近衛試験を受けたいと言っていましたし、ラーシュも近衛試験と在籍地の衛兵隊試験の両方を受けるらしいです。

 テターニヤさんは、故郷のルシェルスに戻られるとか……


「ヒメリアさんはどうなさるの?」

 テターニヤさんの問いに、まだどこの衛兵隊試験を受けるか決めていないとは言えず、『家』に帰る、とだけ告げました。

 わたくしの家は……今は、バーラムトさん達のいるところです。


「ヒメリア! ……また、会えるよな?」

 キリエムスが少し心配そうに尋ねます。

「ええ、きっと会えますわ」

 まだ暫くは、王都におりますからね。


「ヒメリアさんはお帰りになったら、衛兵隊の試験は受けるの?」

「勿論ですとも! そのために、騎士位を取ったのですから」

「そうか……衛兵隊、受けるんだな!」

 ラーシュがどうして嬉しそうなのかしら……あ、他のふたりが衛兵隊試験を受けないから、仲間はずれになったと思ったのですね?

 もー、子供みたいですねぇ。


「……わたしも……受けてみようかしら、衛兵隊試験……」

「テターニヤさんだったらきっと受かります! 一緒に頑張りましょう!」

「そ、そうねっ!」


 女性が各地で増えたら、きっとシュリィイーレみたいに素敵な制服があちこちで導入されるかもしれませんからねっ!

 みんなで再会を約束し、わたくしはバーラムトさんの工房がある西ルムスト地区へと向かいました。

 いつかまた会える、そう思うだけでもの凄く気持ちが強くなります。

 試験が全て終わって、やっとわたくし達は『友人』になれたのかもしれません。



 王都の街並みを、ゆっくりと見渡しながら歩いて行きます。

 あら……ここにあったはずのタセリームさんのお店がありません。

 また、別のものを仕入れる旅に出られたのかもしれませんね。

 たった数ヶ月でも、景色は変わるのですね。


 ……バーラムトさん達は……どうでしょう。

 わたくしを迎えてくださると信じていても、やっぱり少し怖いです。

 試験中は、手紙のやりとりもできませんでしたから。


 程なくして、王都中央区の役所通りから西ルムスト地区に入りました。

 この道を真っ直ぐ行くと、バーラムトさんの家と刺繍工房、染め物工房が見えてきます。

 まだ、ちょっとだけ緊張しています。

 工房が……見えてきました。


「おかえりっ! ヒメリア!」


 え?

 わたくし、まだ扉まで随分距離がございますよ?


「もうっ、ルリエールったら早過ぎよっ!」

「だーって、待ちきれなかったんだもんっ! 合格おめでとうっ!」

「……どうして、ご存知ですの?」


 セリアナさんとルリエールさんが、わたくしの右手と左手に腕を絡めてくっついてきました。

 そして揃って同じことを仰有るのです。


「「ヒメリアが落ちるわけないもの!」」


 もー、どうやって驚かそうか考えていましたのに、台無しです!

 ふふふっ。


 工房側から入っていくと、皆さんから声をかけられました。

『おめでとう』、そして『おかえり』と。


「只今戻りました。騎士位試験、合格致しました! ありがとうございます!」


 拍手、そしてティアルナさんに抱きしめられて、嬉しくて、嬉しくて、堪りませんでした。

 わたくしの喜びをご自分のことのように喜んでくださる人が、こんなにもいる。


 わたくしが、初めて感じる種類の『幸福』でした。

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