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それからの日々も変わらずに繰り返される講義と試験、そしてたまに気を抜いた者達への厳しい減点……などで、毎日が過ぎていきました。
でも、テターニヤさんとどこの領地の制服が素敵だ、とか、肉が美味しい領地はここだ、とか、いろいろと勉強以外の話もできるまで親しくなれました。
ラーシュとキリエムスだけでなく、ちょっと気まずくなっていたデェイレスとも打ち解けて話せるようになりましたし。
もう一度行われた健康診断で……甘味は魔法使用後が好ましい……と書かれてしまいましたので、食べ過ぎなのかもしれません……
注意しないと太ってしまうかも。
でもそうしたら、走り込みをすればいいですね!
あのファイラス副長官も、随分とお痩せになったくらいですから走るのは有効なはずです。
今年最後の月、
もうすぐ、新年……そして、この試験も終わりが近付いていました。
不思議です。
早く結果が欲しいと思う気持ちと、ずっとこのままここで学びたいという気持ちがごっちゃになっています。
でも……王都に戻って、バーラムトさん達にもお会いしたくなってきていました。
ほんのりと風に暖かさが混じるようになり、雪が降らない日々が増え、氷の隧道から雪が消えて町の景色が変わっていきます。
そして、新年が訪れました。
隧道はすっかりなくなり、町中が色とりどりに輝き、わたくし達のシュリィイーレでの試験が終わる……
その日の早朝、全員が講堂に集められ、長官からお言葉をいただきました。
わたくし達の誰もが、迅雷の英傑からいただける最後の言葉かも知れない……と胸に刻みつけながら聞き入っていました。
試験結果は、王都に戻り制服を返却する時に判明します。
合格した者達は、領地に帰る者、そのまま王都に残り半月後の近衛の試験を受ける者、希望する領地まで行って衛兵隊の試験を受ける者など、様々です。
わたくし達のうち、何人が希望通りの道を歩めるのか解りませんが、なるべく多くの希望が叶うといいのに……と思っています。
長官が退席され、わたくし達は四ヶ月ほど過ごした部屋を片付け、旅支度……
あんなに沢山お菓子を詰め込んでいた保存棚も、今は空っぽです。
朝食をいただいて今日の昼前は、町で最後のお買い物ができるのです!
実はずーっと売りそびれていた銀食器を、先日全て売り払うことができたのです。
いえ、食器としての価値は全然なかったのですが、素材として。
北西・赤通り六番の衛兵隊用に矢を作っていらっしゃる金属加工工房に参りました時に、珍しい『銀』だと言われまして買い取っていただけたのです。
銀って、何種類もあるとは知りませんでした。
なんでも、加工する時の配合……? というものが、違うのだそうです。
さあ、バーラムトさん達にお土産を買って行かなくては!
そして買えるだけのお菓子を!
聞いた話によると、シュリィイーレで売られている菓子は他では手に入らないものばかりなのだそうです。
特に、ショコラのお菓子と木の実の菓子、乾酪の菓子は絶対に何処にもないわよ! とマリティエラ様から強く言われたのです。
そして実はわたくし、南東市場で凄いものを発見したのですよ。
千年筆と色墨だけでなく、その色墨を作ることのできる方陣までもが一緒になった揃えが売られているのです!
これは絶対に、皆さんへのお土産として相応しいです。
なんと、文字の練習帳なるものまであって、美しい文字が古代文字まで練習できるのです!
わたくしは市場で全力でお買い物を楽しみ、南・青通り三番で最後の自動販売機購入を心ゆくまで堪能いたしました。
保存食も、たっぷり買ってしまいましたからね!
……もの凄く美味しいのですよ、これ……
二百日ももつのですから、沢山買っておくべきだと思ったのです。
「そんなに買って、持って帰れるの?」
突然声を掛けられて吃驚してしまいました……タクト様ですっ!
この方、どうしていつも『こんなところに?』って場所でお会いするのでしょう……?
「タクト様も……お買い物、ですの?」
「いや、補充」
ほ?
「ここ俺のうちだから」
ほーーーーーーーーーーーっ?
なんということっ!
最終日に、とんでもない事実が判明してしまいましたわっ!
「あ、そうだ。君が発見してくれた機能のおかげで、こういうものが作れたんだよ。お礼に一個あげるね」
「硝子の……筆ですか?」
「『消し筆』作ったからさ。これで千年筆をいちいち空にしなくても、文字が消せるよ」
この方、また新しい物をお作りになったのですね?
そして既に量産体制に入り、販売ももうすぐなのだとか……
わたくしは努めて冷静に、王都でも販売なさるのか聞いてみました。
「えー……王都はいろいろ面倒だから……売るとしてもセラフィラントかなぁ」
やっぱりセラフィラントと深い関わりのある方なのですわね。
「あ、でも、ウァラクでも売るかも」
はーーーーっ?
そこ、今まで全っ然擦りもしていない領地ですよね?
せめて、ライリクス統括のマントリエルとか、カカオを入れているカタエレリエラではないのですかっ?
はっ!
いけないわ、この方は常識で図れない方なのよ!
きっとなにかあるのだわっ!
でも、怖いからそこを聞くのは止めておきましょうっ!
だけど、ちょっとだけ知りたいことがあります。
「これも、お好きだから、作られたのですか?」
ご自分には必要ないものだと思います。
だって、文字を消そうなんて思っていなかったって仰有っていました。
なのに、どうしてここまでなさるのか……と。
「んー……面白くていろいろと試してるうちに、こういうの使いたい人もいるかもなーって思って」
「『かも』だけ、ですの?」
「うん」
「多くの方が望むと思われたから……ではなくて?」
「必要と思うものを作っているというより、こういうのも作ったから気が向いたら使ってみてね? くらいの気持ちなんだよね。楽しそうでしょ?」
あ……あの時の、ティアルナさんとのお買い物と……一緒ですわ。
『必要』ではなくて『楽しむ』ための。
タクト様にとってはこの千年筆の全てが、もしかしたらそういう『楽しみ』のためのものなのかもしれません。
そうでした。
『楽しむ』ことを選んでも……いいんでした。
でも、この方の『楽しむ』は、わたくしの考えている規模とは全然違う気がいたしますけれど。
『量産』なんて『気が向いたら使ってね』の段階ではないと思うのですよ!
そしてタクト様は最後に、またいつかシュリィイーレにおいで、と言ってくださいました。
……嬉しかったです。
なんだかちょっとくすぐったく感じるのは、どうしてでしょうね。
わたくしもお礼を申し上げ、必ずまた参ります、とだけ申し上げました。
いつか、シュリィイーレ隊に入れたら……素敵だわ。
やっぱりあの制服、凄く好きですもの。
そしてその日の午後、わたくし達はシュリィイーレからレーデルスへ、そして、王都への帰路についたのでした。
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『カリグラファーの美文字異世界生活』第410話とリンクしております
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