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 お馬鹿さんの勝ち誇ったような演説が続きます。

 試験官達が止めないのを、自らが肯定されているからだと思い込んだようです。


「推薦を受けただけで研修にも参加せずにここに来ているのは、ご領主様に賄賂でも送ったからか?」

「不敬ですよ」

「おまえだって俺と同じ銅証だ。不敬になどならぬ!」

「わたくしにではなく、カタエレリエラ公に対する不敬です。賄賂を受け取って便宜をはかるような不正をする……と、侮辱なさったのですよ?」


 急に勢いがなくなりました。

 こんな簡単なことに思い至らなかったと?


「ち、違うっ! おまえが騙して、丸め込んだのだろうと……!」

「それでも不敬には違いないですね。わたくしのように成人して間もない浅学非才な銅証の者如きに、十八家門のくせに騙された……と言っているんですから」


 馬鹿男が、ちらりと怒りの視線を送ったのは……アルティネッテとベルディアですか。

 あのふたりのわたくしへの言いようを聞いて、自分より格上のわたくしを侮辱するのが目的だったということですのね。

 だったらもっと計画的になさいませ。


「それでも、研修を受けていないのは事実ではないか!」

 あ、開き直ったわ。

 わたくしに罪があるのであれば、多少の不敬があっても何とかなるとでも思ったのかしら。

 ちゃんと法典を読んでいないのねぇ……試験にだって出ましたのに。


「確かに研修は受けておりませんわ」

 あら、シユレナまでアルティネッテやベルディアと同じように、怒りの面持ちですわね。


「予備試験に合格したのですから、必要ありませんでしょう?」


 馬鹿男だけでなく、その後ろにいたカタエレリエラの推薦組に戦慄が走ったようです。

 わたくしが予備試験を受けていたことなど、全く思いもよらなかったのでしょうか。


 呆れかえるわたくしの視界が、ふっ、と暗くなりました。

 突然、男性がふたり、わたくしと馬鹿男の間に立ち塞がったのです。

 わたくしを庇ってくださるように。


「確かに彼女は予備試験を受けている! 俺も、同じ試験を受けたからな!」

「ああ、僕も証人になるよ。彼女は、実技試験を一位の成績で突破した合格者だからね!」


 思わぬ所で援護が……あ、えーと、どこかで見たことが……


「三十六番さんと十五番さん……ですか?」

「ああ……まぁ、予備試験じゃ名前は言わないからな」

「君の合格成績を見て、やられた、と思ったね。素晴らしかったよ!」

「ありがとうございます」


 ……発表に……なっていたのですね、成績が。

 すぐにサクセリエルを出てしまったから、全く知りませんでしたわ。

 どうやら結果発表の翌日に、合格者の受験番号と点数が役所の一階に貼り出されたのだそうです。


「予備……試験、だと?」

「あんなもの、臣民が受けるものだわ! 従者家系の者が受けるなんて……」


 馬鹿男と叫び声を上げたシユレナだけでなく、多くの推薦組はいまだに理解していないのでしょうか。

 従家の生まれであっても、家系魔法があっても、騎士位を取っても、魔法師だとしても、鉄証・銅証の者は全員『臣民』なのです。

 聖魔法を得ておらず、十八家門や皇家の血を継いでいない者は、悉く、誰ひとり例外なく『臣民』です。


「あなた方はもう一度きちんと、法典と身分階位をご理解なさった方がよろしいわ」


 推薦なんていう制度、止めてしまった方がいいのではないかしら。全員予備試験を受ければいいのよ、臣民なのだから。


「大丈夫ですか?」

 侍従の方がこれで拭いてください、と手拭いを持って来てくださいました。

「ありがとうございます。お騒がせして申し訳ございませんでした」

 肌にかかった部分だけをぬぐい、服を【南風魔法】で乾かしました。

 ……果実水ですから、ちょっとだけベタつきますね。

 そこへ、先ほどまで傍観を決め込んでいた、試験官と思われる方のひとりが近付いてきます。


「エイシェルス・ヒメリア、あなたには推薦があったはずですが、何故予備試験を?」

 それ、ここで聞きます?

 言っちゃってもいいのかしら。


「……わたくしは思うところがございまして、直接ご領主様、カタエレリエラ公に推薦を辞退する旨を申し上げました。それでも騎士位試験を受けたければ、予備試験を受けるのが当然と考えたからです」


 何をどう言っても個人的なことですから、感情論になりがちなので事実だけを申し上げました。


「思うところ……というのを伺ってもいいですか?」

「ここにいらっしゃる特定の方々への侮辱になってしまいますので、申し上げられません」


 試験官はにっこりと微笑み、解りました、とそれ以上は何も聞かないでいてくださいました。

 本当は言ってやりたかったのですけどねー。

『あのような愚か者と、同じだと思われたくないのよ!』と大声で。


 しかしここは試験会場であり、まだ試験は続いているのです。

 誹謗中傷と取られかねない言動は慎むべきであり、それを平然と行う者達と同じ泥の中に降りていく必要などないのです。

 馬鹿男はもの凄い形相で、カタエレリエラからの推薦者達を睨んでおります。

 でも、何を聞こうと何があろうと、自分のしたことは全部自分の責任ですよ。


 ベルディア達はまだ、納得していないみたいですね。

 おっと、証人となってくださったお二方に、お礼を言わなくては。


「ありがとうございます。お二方は勇気がおありなのね」

「当然のことをしたまでだ」

「そうですよ」


 それだけで他に勘ぐられるようなこともなく、彼等はその場を離れて行ってしまいました。

 ……名前くらい、教えてくださってもよろしかったのでは?


 あ、もしかして、合格発表の時に名前を探されるのを警戒して?

 なら、試験官に名前を言われてしまったわたくしは、この場にいる全員から合否の確認をされてしまうということですのね?


 落ちていたら……目もあてられませんね。

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