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充月十日に、もうひと方の皇太子ご婚約者様がご出産されたという、喜びの報が王都にもたらされました。
今年はどのご領地でも豊作・豊漁で、先にお生まれになった皇子とこの度の姫君を神々が祝福されているのだと多くの方々が語っています。
……少し、複雑な気持ちです。
わたくしが生まれた時……多分、王はおろか国民の誰ひとり祝福などしなかったことでしょう。
この国の人々は皇家の新しい皇子も姫も、同じように喜びを持って迎えているのです。
最近、噂ではディルムトリエンは北方で魔獣の被害が大変多く、人々は町を棄てて南へと避難しているとか。
わたくしが嫁ぐはずだった国は、今はもう名前すらなくなってしまいました。
魔獣が跋扈し、毒に侵された土地が広がり、人々は国を棄てて西の海から脱出したのだろう……と噂を耳にしました。
その国の王は……行方が知れないらしいです。王族のどなたも、生死が判らないとか。
ディルムトリエンともミューラとも、現在皇国は交易を持っておりませんので、本当のところは判りません。
でも、悲惨な状況なのだと思います、
なのに……何も感じないのです。
憐れみすら。
やっぱり、わたくしはどちらの国の王族にも、貴族にも相応しくなかったのですね。
風に冷たさが混じり、季節が移っていくようです。
ディルムトリエンでは訪れなかった『冬』という季節。
実をいうと、わたくしには『寒い』という感覚がよく解らないのですが、ちょっと楽しそうです。
衛兵隊の制服も、領地によって生地の材質が少し違います。
魔法付与で着衣時の体温や湿度は調節しているのですが、やはり冬が長いマントリエルやウァラク、そしてシュリィイーレの制服は生地が厚手で、今までわたくしが着たこともないようなものでした。
刺繍を刺す生地も……微妙に違うのです。この生地、結構難しいですっ!
しかし、今のわたくしには『装飾技能』があるせいか、二、三着分の刺繍が刺し終わった頃にはすっかり慣れておりました。
技能はその作業をやり続けると手に入る……として、魔法は?
使えば、手に入る?
どうやって持っていない魔法を使うのでしょう?
方陣札を使っても、その魔法が手に入ったなんて聞いたことがありませんわ。
だって、とても高価ですけれど【治癒魔法】の方陣だって売られてて、実際に使われているのに治癒魔法師はとても少ないですもの。
こういうこと……どうやって学べばいいのかしら?
「……ヒメリア、どうしたの? そんなに……刺繍、睨んで……」
はっ!
つい真剣に考えすぎたあまり、マントリエルの毛長山羊の紋様を睨み付けておりましたわ。
「いえ、何でもありませんわ、セリアナさん。……ちょっと、細かくて……」
「そうよねぇ、マントリエルのって時間が掛かるのよ! 凝りすぎ? って感じで。セラフィラントやリバレーラを見習って欲しいわー」
「リバレーラのお魚は、可愛らしいですわ」
「ロンデェエストの『詰草』もいいわよね! あそこは英傑も扶翼も家門の花が色違いで同じ形だから、金刺繍ならどっちにも取れるし可愛くて素敵よね」
工房の皆様とも和気藹々とこんな会話をしながら仕事ができるようになって、もの凄く居心地が良い毎日です。
教会での日々とも違う、こういう生活がきっと『普通』なのかも。
今日までに殆どのご領地の刺繍を覚えました。コレイル、カタエレリエラ、エルディエラ……あら?
「そう言えば、ウァラクってやったことがありませんわ」
わたくしがそう言うと、ルリエールさんがまだできあがっていないのよ、と溜息混じりに仰有いました。
『できあがっていない』?
なんでも、制服が来年から全て新しくなるのだそうです。ウァラクって、そんなに豊かなご領地という印象がないのですが……?
「そうね。あのご領地の西側は『見捨てられた場所』だったから。いままでは」
「
セリアナさんとルリエールさんは、相変わらずの情報通です。
頻繁に各領地の代行役所や、近衛省にいらしてるからかもしれませんわ。
「だから、決まるのは……多分、今月の半ば過ぎね。今までとまったく違う制服になるのよ」
「色だけは決まっているから、生地の染めは終わっていて縫製工房に渡してあるけど、まだ刺繍と釦の意匠が決まっていないのよ」
「だから、できあがるのは
「刺繍の紋様次第では、新年までかかっちゃうかも……早く決めて欲しいわっ!」
制服の色は、なんと『黒』だそうです。
とても、珍しいですね……色のない制服なんて。
「加護の復活が真夜中で、その『星青の境域』が確認されたのは『雷』のおかげ……って言っていたわね」
「では、釦は『金』ですの?」
「そうよ。セラフィラントと同じ金釦なの……ちょっと、素敵だと思わない?」
思いっきり頷いてしまいました!
どんな形になるかは重要ですけれど、この色の取り合わせはかなり格好いいですねっ!
わたくしが見られるのは、来年ですかー。
……合否が……解ってからですから、楽しみなようなちょっと怖いような……
でも、ワクワクしますねっ!
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