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「オリガーナさん、もう、そのくらいで……怪我もございませんでしたし」
「怪我をしてからでは遅いのですっ!」
余程……腹に据えかねていたのでしょうか。オリガーナさんの怒りが解けません。
ベルディア様がちらりとこちらをご覧になる仕草が、まるで哀願しているかのようです。
ですが、わたくしに何かを期待されても困りますわ。
「ベルディア様、あたなが弓の訓練をなさりたいのであれば、そのように指導官にお話しになり、許可をいただいてください。侍従達が、何度も危ない目に合っております」
「でもぉ、当たったことはないではないか……私は……下手だから」
「あなたは、矢が飛んできて恐怖を感じる者がいないとでも思っているのですか?」
「……!」
オリガーナさんの声は怒りから、少し、呆れたような色を含んで参りました。
「なぜ、この弓術訓練場に殆ど人通りがなくなったか、お解りにならないのですか?いつ、どこから飛んでくるか判らない無軌道で無責任な矢に、皆怯えているのですよ」
「無責任……」
「そうです。何度も場外まで飛ばしては、悲鳴や𠮟責があるとすぐに逃げ出される。翌日も凝りもせず同じことを繰り返す。矢に当たって怪我をした者はいなくても、咄嗟に避けようとして転んだ者や、運んでいたものを壊してしまった者達はいるのですよ?」
「そう、なの? 知らなかった……」
「知らなければ許されると本気でお考えなのだとしたら、今すぐここから出ていってください。ご領主様の護衛騎士候補に、無知で自分勝手な者など必要ありません」
溜まりに溜まったお怒りだったのですね……オリガーナさん。
ベルディア様にこんなに強く言えるということは、オリガーナさんって実は結構上位の身分の方なのでは?
どちらかというと『ベルディアさん』と『オリガーナ様』?
わたくしが馬鹿なことを考えている間も、オリガーナさんはベルディアさんから視線を外さず睨み付けたままです。
ベルディアさん、今にも泣き出しそうですわ。
「オリガーナ、その辺にしてあげてよ」
「ニレーリア様!」
救世主の登場にベルディアさんは歓喜の声ですが、どうやらそうでもないみたいです。
「ベル、おまえにはちゃんと言ってあったはずですよ? 弓術は禁止だと」
「……誰も……いなかったので、つい」
「己の欲求を抑えることもできず、主の言うことすらも守れぬ者は騎士とは言えぬ」
あらら……これは救いではなくてトドメを刺しにいらした感じですね。
「だが、おまえに最後の機会を与えましょう。今度の騎士位試験、必ず合格なさい」
「無理です、ニレーリア様。ベルディア様はあの歴代で最も甘かったと言われる去年の試験すら、落ちているのですよ?」
「だから、今年相当厳しいであろう試験に受かったら、私に仕えることを許そうというのよ。でも……ただ受かるだけでは、甘すぎるわねぇ……」
ちょっと嫌な予感をしたわたくしはニレーリア様から視線を外しますが、目の端に悪戯っ子のような笑顔が見えてしまいました。
「合格は勿論だが、最終的な合格順位でこのヒメリアより上になりなさい。そうしたら、弓を使うことも許可してあげましょう」
「このやせっぽちの子が、試験を受けるんですかっ?」
失礼だわ、ベルディアさん。
あなたのガタイが大きいだけです。
でも、ニレーリア様は許す気でいらっしゃる、ということよね。
いくら何でもたった一ヶ月しか学ぶ時間がないわたくしに、去年……まぁ、落ちたとは言っても、今年に向けて準備なさってきたであろうベルディアさんが下であろうはずがないですもの。
でもなにやら……絶望的なお顔ですね、ベルディアさん。
わたくしが不思議そうにしていると、オリガーナさんが耳打ちしてくださいました。
「ベルディア様は去年、最下位だったのです……」
あらあら……
「大丈夫です、ベルディアさん。わたくしまだ成人したばかりで、技能も魔法も未熟なので受かるかどうか……」
「……『さん』?」
あら、いけない。
うっかり、心の中の格付けで呼んでしまいましたわ。
ベルディアさんに睨まれてしまいました。
年下に敬称をつけられなかったら、怒りますよねぇ。
謝ろうかと思った時に、オリガーナさんに止められました。
「ヒメリア様は家系魔法をお持ちの銅証です。あなたに敬語を使う必要はないのですよ」
「えっ? し、失礼致しましたっ!」
「いえ、わたくしの方が年下なのですから、そういうことはお気になさらず……」
「駄目です。いいですか、これは、絶対に必要なことなので、よっっっく聞いてくださいませっ!」
オリガーナさんが、怖いです……
「人というのは、余程冷静でご自分を律していらっしゃる方でない限り、普段の言葉遣いや態度というものがふとした弾みに出てしまうのです。騎士位試験はそういった普段の態度も、身分に相応しい言動であるか全て採点対象です。王都での試験はもとより、特に! 今年から新たに加わるシュリィイーレでの試験は……おそらく、今までに類をみないほど、厳しい採点基準となるはずなのです!」
オリガーナさんの演説に、ニレーリア様も深く頷いていらっしゃいます。
でも、ベルディアさんから疑問の声が上がります。
「シュリィイーレは……騎士位を取れた者の行く『研修』ではないのですか?」
「今まではそうでした。しかし、去年の王都での研修があまりにも酷く、王都で合格してもより厳しい第二次試験が必要であると皇妃殿下率いる『教育再編委員会』が裁定したのです。そして、皇国で最も厳しく、破格の実力を誇るシュリィイーレ隊こそ足りない教育を補い、その試験を行うに相応しい……と決定したのですよ!」
その情報は大変貴重で頼もしくもありますが少々、尻込みしてしまいます。
なんでオリガーナさんは、こんなにもお詳しいのでしょうか……
「わたくしの兄からの情報でございます」
「お兄様……?」
「はい。シュリィイーレにて衛兵隊に所属してございますの。先日、その試験内容の検討がされ王都の近衛省騎士位試験管理院からも、シュリィイーレ隊に一任との通達があったそうです。当然、貴族各家門でも承認済みで、騎士位を得るには厳しくあって然るべき……と。兄の言葉の様子から考えますと……おそらく、途轍もなく厳しいものとなるはずですわ」
「と、とてつ、も、なく……」
あ、ベルディアさんが泣きそうです。
反対にニレーリア様は、もの凄く楽しそうです。
「いいか、先ずは王都での座学の研修がある。そのあとで本試験。筆記試験と実技試験だ。本試験に合格した者だけが、シュリィイーレの研修試験に進める。絶対にシュリィイーレへ行きなさい」
それは、やってみなくては解りませんわ。
第一、わたくし、全然勉強なんてしていませんし。
……もう従家ではないのに、なんでニレーリア様はわたくしを推薦してくださったのかしら?
新法典の規定に合わない従家の者を、すべて除籍なさったと仰有っていたから人材不足なのかもしれませんけど。
受かってしまったら、ヴェーデリアの従家にならないといけないなんてことはありませんよね?
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