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「あなたは、これからどうなさるの? 提示された職業に就くのに、あてはあるの?」
司祭様の優しい声が、わたくしを慰めつつも更に落ち込ませます。
「弓術師なので……どうしようかと」
「ほう、いい職じゃないの。衛兵隊では、常に必要とされているわよ」
「そうなのですか?」
ニレーリア様はそう仰有ってくださいますが、この国には争い事はないし、他国との戦もないのに?
「ヒメリア、武器は『人』に向けるものではないよ」
「あ……そうです、ね」
わたくし、荒んだ所にいたもので、剣とか弓は全て人に対してしか使っているところを見たことがありませんでした。
「皇国では魔獣はほぼいないけれど、国境に接している領地などでは森や山に出ることもある。当然、討伐には衛兵隊が出向くが剣よりも弓が巧くないと、被害が大きくなってしまうのよ」
「魔獣の血が大地を汚しますからね……あれは、本当に処理が大変なのです」
「弓だと急所にあたれば矢を抜くまで血は出ないし、遠くから攻撃できるから衛兵の被害も少ない」
そして、大型の獣とか皮が良い取引材料になる獣だと、剣で仕留めるより弓で仕留めたものの方が高値なのだそうです。
猟師にもなれますのね。
それは、ちょっと面白そう。
猟師はいつでもなれるけれど、衛兵隊にはいるための『騎士位』獲得の試験は成人してから五年間だけしか受けられないとのこと。
もう、従者ではないのだし、わたくしが当主ということでもないのだから試験を受けてみようかしら。
「そうか! 騎士になりたいのね!」
「衛兵隊に入りたいと思っておりましたの」
「近衛じゃなく、衛兵?」
「はい。どのご領地の制服も、とっても素敵でしたから!」
「……制服……」
ニレーリア様は呆れ顔ですが、司祭様はクスクスと笑っていらっしゃいます。
よろしいじゃございませんか。
わたくし、あの格好いい制服に憧れているのです!
「正直ねぇ、ヒメリアは」
「そうね、美徳だわ。成人したばかりで実力もないくせに大望とか野望とか語るよりは、ずっと現実的でいいと思うわ」
「素敵な服のためでしたら、頑張れますものねぇ? ヒメリア」
「はいっ!」
試験の申込は来年にして、働きつつじっくり勉強を……なんて思っておりましたのに、ニレーリア様に素早い行動こそが幸運を招くのよ! と𠮟責を受けてしまいました。
そしてなんと、今年の試験を受けることに!
あと一ヶ月ほどしかないというのに、先日授かったばかりの職位である弓の稽古もしておりませんし、新しくいただいた魔法だって【収納魔法】以外一度も使っていないのですよ!
「私が受けろと言ったのだから、責任を持って手助けしましょう。今日から、この屋敷に寝泊まりして、私の護衛侍従達から鍛えてもらいなさい!」
「それは……いくらなんでも、図々しいと申しますか……」
「私が推薦するのだから、恥ずかしい成績を取らせないためよ!」
ええええぇぇ?
それって、もの凄く厳しい訓練になるのではないですかぁ?
「それではヒメリア様、こちらのお部屋をお使いくださいませ」
滞在することになってしまったわたくしは、先ほどの可愛らしい侍従の方……オリガーナさんに案内されて、訓練場に近い部屋を使わせていただけることになりました。
「その、『様』付けは、お止めいただけませんか? わたくし、ただの臣民ですし」
「家系魔法をお持ちの方は『ただの』ではございませんよ?」
「でも、なんだかくすぐったいと申しますか……」
苦手、なのです。
『様』などと敬称をつけて呼んでいても、心の中では何を思っているか解らなかった人達にからかわれるようにしか……そう呼ばれていなかったので。
「じゃあ、ヒメリアさん、とお呼びして宜しいかしら?」
「はい、お願いいたします!」
流石に
客人扱いは、やはり、申し訳ないですもの。
それでは早速、訓練場を拝見致しましょう!
今見ている訓練場は、主に剣技の訓練に使われているとのことですが、その奥に魔法や弓などの遠距離攻撃用の訓練場もあるようです。
わたくしは、そちらですね。
並んで歩きながら奥へと足を進めたオリガーナさんとわたくしの間を、ひゅっ、と何かが通り過ぎました。
咄嗟のことで身体が上手く動かせず、尻餅をついてしまいました。
オルツ港でも思ったのですが、わたくし身体を支えるのがちょっと苦手みたいです。
足の踏ん張りが弱いのかしら?
鍛えなくてはいけませんね。
振り返ると植えられていた低木に当たって落ちたのか、矢が一本……
新参者虐めとかでしょうかっ?
すると、泣きそうなくらい慌てふためいた様子で、ひとりの騎士様……風の女性が走って来ました。
「すまないっ! うっかり指が外れて、誤射してしまった! 当たらなかったか? 怪我はしていないよなっ?」
「またベルディア様ですか! あなたは剣士なのですから、弓術訓練場で遊ばないでください!」
どうやらこのベルディア様はいつも弓の『稽古』をしては、こうして大外しをしていらっしゃるご様子です。
濃い茶色の髪と暗めの青い瞳で、背の高い……ちょっと慌て者のようですね。
オリガーナさんに叱られて、背中を丸めてしまっている様子は小さい子供のようで可愛らしいです。
「だって、剣を使える者はとても多いが、弓術に長けている者は少ないだろう? 弓が使えた方が格好いいじゃないか」
「ベルディア様、騎士は『格好』でなるものではございませんよ!」
……ごめんなさい……
わたくしは『格好』の最たるもの、制服が着たいという一点で騎士位試験を受けようとしております……
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