第30話 火竜の加護と竜紅石

 翌日の朝、ボクは跳ね起きた。


 昨日蓄積された疲れが体に残っているからだろうか。うっかり寝過ごしてしまった。急いで身支度を整えると、マクリーも寝ぼけ眼でむくりと起き上がる。


 ボク同様に、マクリーもまだ回復しきっていない。ウトウトしているマクリーをリュックに詰めると、急いで部屋を出る。向かった先の中央広場は閑散としていた。もう朝の炊き出しもマクシムたちの紹介も終わってしまったのだろう。

 ならばとそのまま広場を抜け、町の西へ小走りで向かうと、二つの影が視界に飛び込んできた。


「よぉよぉ! ずいぶんと遅いじゃねーか。待ちくたびれたぜ!」


「あぅ……ごめんよ。昨日はいろいろあって疲れてたから、うっかり寝坊しちゃったよ」


 用意を整え馬の手綱を手にしたマクシムの、意地悪な視線をかいくぐり、CRF250Rマシンのエンジンを始動させる。


「……じゃ、行こうか」


 二人を先導して、丘を登って航空戦闘部へと向かう。CRF250Rマシンと馬を停め駐屯所に入ると、焦れたクラウスが待ち構えていた。コルネーリオの視線が、いつにも増して冷ややかに感じる。


「……ようやく来たかぃ、嬢ちゃん。遅刻は厳罰だ、と言いたいところだが、昨日の活躍に免じて今回だけは目をつぶる。気をつけてくれよな」


「あぅぅ。ごめんなさい……」


 ……寝坊で怒られるなんて、今日はツキのない一日になりそうだよ。


「じゃ、さっそく航空戦闘部ここでも二人を紹介しないとな。全員集まるように伝令を出してこい」


 クラウスの指示を聞き取った数人の部下が駐屯所から散って出る。遅れること数分、ボクらが建物の外に出ると、わらわらと部員が集まっていた。大方の人数が揃っていることを確認したクラウスが、駐屯所の一段高い出入り口から声を張り上げた。


「忙しいところすまねえな、みんな。ちっとの間、よーく聞いてくれ! この二人……マクシム殿とセドリック殿は、昨日の神竜『メーゼラス』からの客人だ。しばらくこの航空戦闘部に所属することになった。くれぐれも失礼な態度はとるなよな!」


 クラウスのその言葉を聞いて、部員たちがざわつき始める。


「……っと、そうそう。マクシム殿は、カズキの希竜隊に所属するからな」


「……えええええぇぇぇ! き、聞いてないよぉ!」


「今、言ったんだから、聞いてないのは当たり前だろ」


 そういう重大かつ面倒なことは、ボクのいないところで勝手に決めないで欲しい。


「……セドリック殿はどうされます?」


「私はマクシム様のお世話を仰せつかっております。どうかマクシム様と行動と共にできるようご配慮ください」


 クラウスは小さく頷くと、再び発する声を部員に向けた。


「……と言うわけだ。わかったか? セドリック殿も希竜隊に配属だ。……以上解散!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよぉ!」


「この二人に何かあったら大変だからな。……コルネーリオ。お前がしっかりと希竜隊をサポートしてやってくれ」


「……私がですか?」


 クラウスの横に侍るコルネーリオが、露骨に嫌そうな顔をして見せた。


 ……いやいやいや! ボクだって嫌だからねっ! なんでボクが二人の面倒を見なきゃいけないのさ! 


 しかし、事ここに至ってはすでに手遅れ。航空戦闘部のリーダーからのお達しである。諦めるほか道はない。部員が各自持ち場へと散っていく中、その場に残っていたチェスとフェレロが心配そうにゆっくりと近づいてきた。


 ……仕方ないね。とりあえず、隊員の紹介だけでもしとかないと。


「この二人はね、ボクの隊……希竜隊の隊員なんだ。こっちがチェスで、この子がフェレロ。あともう一人、今日は非番だけどパーヴァリって隊員の四人構成なんだ。フェレロは女の子だけど、隊の副長だからね」


「ふーん、そうか。俺様はマクシム! よろしくな!」


「「……あ、はい……」」


 ……うん。気持ちいいほど予想通りの展開だ。当然そうなるよね。


 マクシムの独創的なテンションにかなり圧倒されている二人だったけど、整備班員が台車に載った人翼射出機スカイ・ジェットを運んでくると一転、その立場が逆転した。チェスが思わず言葉を溢す。


「こ、これが『メーゼラス』の人翼滑空機スカイ・グライダー……!」


「おう! これは人翼射出機スカイ・ジェットっていうんだ! 加護の力と竜紅石りゅうこうせきで空を飛ぶんだぜ!」


 腰に手を当てて誇らしげに自分の機体の説明を始めるマクシムに、チェスとフェレロは目を輝かせながら聞き入っていた。


 でも……待てよ。


 ボクの頭に一つの疑問が浮かび上がる。火竜は遙か遠くに行ってしまい、次に接触するのは一年後だ。火竜の加護の力は、この風竜の上では使えないのではないだろうか。


「……ねえマクシム。加護の力って火竜から貰うんでしょ? もう火竜は側にいないのに、大丈夫なの?」


「おう! 大丈夫だ! 加護の力はここに溜めてあるんだ!」


 マクシムは自分の頭を指さして、話を続ける。


「俺様たちはな、加護の力を髪の毛に溜められるんだ。竜紅石りゅうこうせきを使うと髪が赤く染っていくのと同時に、加護の力も溜めやすくなる。それに人翼射出機スカイ・ジェットを飛ばす原動力は、火竜の加護の力はあまり関係ないんだ」


 マクシムは人翼射出機スカイ・ジェットが乗っている台座から白い袋を手に掴み、開いて見せた。その中に詰まっているものは、キラキラと赤く輝く砂のような小さな粒。それを少し手で掬うと、指の間からさらさらと零す。


人翼射出機スカイ・ジェットはな、この細かく砕いた竜紅石りゅうこうせきを爆発させて飛んでるんだ。火竜の加護の力はそのきっかけにすぎねぇ。だから加護の消費はちょっとだけで済むんだぜ」


 ……この竜紅石りゅうこうせき。もしかしてもしかしたら、火薬に似た物質なのかもしれない。


「ただしな。この竜紅石りゅうこうせきは火竜の加護の力じゃないと、なにも反応しないんだ。もちろん火で炙ったってダメだ。火竜の加護の力がないと、そこいらにある砂となにも変わらねえ」


 マクシムはそう言うと、背中に背負っていたライフルをチェスに渡した。


「おいボウズ。確か……チェスって言ったよな。このライフルを構えてその引き金を引いてみな」


 チェスは言われるがままに構えて引き金を引くが、カチカチと金属音がするだけだ。


「なにも反応しないだろ? チェス、ライフルを返しな。さて、このライフルを俺様が手にするとだな……」


 チェスから受け取ったライフルを構え、10mくらい先にあるやや大きめな石に向かって狙いを定める。マクシムの指先がうっすらと赤く光り引き金を絞ると、パーンと乾いた音と共に石が弾け飛んだ。


「……な! これでわかっただろ。このライフルの弾にも竜紅石りゅうこうせきを詰めてあるんだ。火竜の加護の力を持ってる人間だけが、撃てるってわけだ」


「マクシム様。竜紅石りゅうこうせきもライフルの弾にも限りがございます。あまりそのような使い方はお控えください」


「いちいちうるさいぞ、セドリック! これは互いの交流だ! あまり細かいことは気にするな!」


「ちょっとボクにも貸してよ! そのライフル!」


「いいけどよ、どうやったってカズキでも撃てないぞ」


 ボクはライフルを構えると、近場の石ころに狙いを定める。


 ……懐かしいなぁ。小さい頃、おじいちゃんとよく行ったお祭りの射的を思い出すよ。


 込み上げる懐かしさを堪えつつ、引き金を反射的に引く。ライフルから破裂音が耳を貫き、同時に反動を肩に感じると、石ころは宙に弾き飛ばされていた。

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