第21話 始動!

 翌朝になって任務始めの花風の鐘が鳴る前に、ボクたちはマシンを押して町を出てすぐの草原まで来ていた。


 作業小屋がある場所は町の外れと言っても、やっぱり町の敷地内で大きな音を立てるのは迷惑だし、もし何かあった時には班長のヘルゲが怒られてしまうだろう。人通りの少ない町の東口付近なら、その点は安全だと思う。


「なんかドキドキしてきたな。一体どんな風に走るんだろう。ホントに倒れたりしないのか? だって車輪が二つしかついてないんだぜ?」


 ジェスターは二輪の不安定さをしきりと心配している様子だ。


 そんなジェスターの不安が伝播したのか、ボクもある不安要素が脳裏を過ぎった。


 もちろん上手く乗れるかとか、ましてや二輪でちゃんと走るのかとか、そんな事ではない。


 マシンが動く、動かない以前の問題で、そもそも『風竜の瘡蓋かさぶた』から採れたガソリンもどきを燃料にして本当に大丈夫だろうか。


 ……もしかして、エンジンをスタートさせた途端、爆発とかしないよね?


「……どうしたんだよカズキ」


 マシンに跨りながら固まっているボクを見て、ジェスターが不思議そうに見つめてくる。


「どうしたのじゃカズキや。何か不具合でも発生したのかのう?」


「いや……そうじゃないんだけどね。 ちょっと最悪な展開を想像しちゃってさ……ははは」


 三人揃って木っ端微塵に爆死する脳内に浮かんだイメージを、頭を左右にブンブンと振って、どこかに飛んでけと追い払う。


 想像力がありすぎるってのも考えもんだね。せっかくここまで頑張ったのに、今更迷ってどーするのよ。爆発したらしたで諦めがつくってもんじゃない!


 ……だけど、もしもに備えて先に二人には謝っておこう。


 ヘルゲさん、ジェスター、巻き添いで死んじゃったらごめんね。


 とっても勝手な話だけど、心の中で一方的な謝罪が終わるとボクの罪悪感はふわりと軽くなった。


 意を決して顔を上げ、二人の方に視線を移すと、こちらに向かって歩いてくる集団が視界に入る。


「……おや? 誰かこっちに向かってるみたいだよ」


 ボクの声に二人が振り返る。その集団は全員が、ボクたちと同じカーキの作業服を纏っていて、服の下から覗かせるたくましい筋肉がいかにも肉体労働系の職人という風体だ。


「……誰かと思って来てみれば。……これはこれは雑務係の御一行様じゃねーか。こんなところで何やってるんだ?」


 気安く声を掛けてきたのは見知った顔で、ボクらにいつも資材収集をさも当たり前の様に依頼する武具生産班の『1つの月章ファーストムーン』だ。現場を指揮する班長補佐でもある。


 どうやら遠目にボクらの姿が見えたので、興味本位で近寄って来ただけの様なのだが……面倒臭い連中に見つかってしまった。


「『落人おちうどの忘れ物』をな、カズキが修理したんじゃよ。今からそれが動くかどうか試すところなんじゃ」


 蔑む様に言う班長補佐にヘルゲが温和な表情で対応する。班長補佐はボクが跨がるマシンをマジマジと見始めた。


「な、なんだそりゃ……それが『落人おちうどの忘れ物』だってのか?」


 他の職人たちもマシンを見ながらザワついている。生粋の職人魂がそうさせるのか、どうやら武具生産班の職人たちもCRF250Rこの子に興味津々の様だ。


「おい。俺たちも見学してこうぜ」


 班長補佐の掛け声で周りの職人たちは抱えた荷物を下ろすと、各々好き勝手に寛ぎだし、やんややんやとはやし立て始めた。


「ほれ、早くやりやがれ!」


「せっかく見てるんだから、楽しませてくれよな」


「どうした坊主、怖気付いたのか!?」


 ちょっとそこのアンタ、しっかり顔は覚えたからね!


 最後に暴言を放った男には、後日しっかりと制裁を加える事を誓いつつ、ボクはエンジン右側に格納されてるキックスターターを手前に起こす。


 目ん玉ひん剥いてよく見てなさいよ! 腰抜かせてやるんだから!


 キックスターターに右足を掛け左足で地面を勢いよく蹴り上げると、全体重を右足に乗せキックスターターを全力で蹴り押し込んだ。


 ———唸れ! CRF250R!


 ……ガコン。


 金属が擦れ合う鈍い音が響くだけで、エンジンはかからない。


 あ、あっれー?


 焦ったボクは何度も同じ動作を繰り返す。ガコン、ガコン、ガッコン。

 それでもエンジンは始動せず、沈黙したままだ。


「……おいおい。何やってるか分からねーけどそれで終わりかい? 期待外れもいいところじゃねーか」


 側から見れば得体の知れない何かに跨ってぴょんぴょん跳ねているだけなので、そう言われたって仕方がない。


 興味を削がれた職人たちはむきになってピョンガコン、ピョンガコンを繰り返すボクに哀れみの混じった視線を向けつつ、文句と悪態を口々に、荷物を手に取り帰り支度を始め出した。


「まったくとんだ時間の無駄だったな。……ヘルゲ爺さんにジェスターよ。お前らも『落人おちうど』なんかの言う事に耳を貸さないで、ちゃんと任務を真っ当しろや。こんな暇があるんだったら、明日から資源調達の量を増やしてくれよな」


 班長補佐はそう言うと、気怠そうな視線を二人に投げ掛けた。


 その視線に対し真っ向から言い返せない二人は俯いたままだ。ジェスターに至っては、千切れんばかりに唇を噛み締めている。


 ボクなんかを信じたばっかりに、二人が馬鹿にされている。


 ボクのせいで、二人に迷惑がかかってしまう。ボクのせいで。ボクのせいで。ボクのせいで!


 他人の為にマシンに乗りたいと思ったことは今まで一度だってなかった。だってボクが好きな事なのだ。誰かに強要される謂れはない。


 だけど、今だけは違う。


 こんなにも誰かの為にマシンに乗りたいと、強く想った事はない。


 『モン・フェリヴィント』で初めて出来た友人たちが、馬鹿にされるのは許せない。


 せっかく手伝ってくれたヘルゲさんやジェスターの為にも、お願い! かかって!


 強く強く念じながら、数え切れないほどのキックを繰り返していたその時。


 ドルル……ガコン。


 今、ほんの少しだけどエンジンが揺れた。一瞬だったけど車体を伝ったエンジンの振動にボクの手は、その鼓動を確かに受けた。


 ボクは今までよりもさらに高く飛び上がり、全体重をキックスターターに乗せ、強く強く踏み込んだ。


 ドロルルルン! 


 ———か、かかった!


 エンジンが短く唸るのと同時に、右手のアクセルを素早く解放する。


 ドルルルン! ドルルルン! ドルルルン!


 今までカラカラに乾いていたエンジンの細部にまでガソリンもどきが行き渡る様にアクセルを小刻みに解放する。


 空吹かしを繰り返していると、その音を聞いて目を丸くしながら武具生産班の男たちが、転がる様に駆け戻ってきた。


「お、お、お、お、おい! こ、こりゃ一体なんなんだ!?」


「どう? 驚いたかい? これはバイクっていう乗り物だよ。これさえあれば日々の資材集めもラクチンなんだ。これからはたっくさん資材を集めるんだから。アンタたちこそ製造が追いつかないなんて言ってサボるんじゃないわよ!」


 ドロロロロと、小気味よい排出音エキゾーストノートをバックミュージックがわりにして、ボクはふふんと鼻を鳴らし慌てふためく班長補佐に言ってやる。


 さて、アイドリングも安定してきたし、そろそろOKかな?


 左手のクラッチを握り込むと、左足の爪先でギアを無速ニュートラルから一速ローへと入れる。


 トランスミッションが噛み合う「ガコン」という音に、周りのギャラリーがびくっと反応した。


 フフフ。見てなさい。


「……これでようやく走れるね。今までずっとあの狭い部屋でガマンしてたんだから、今日は思いっきり飛ばしていいよ。大丈夫、ボクがついているから」


 ボクはマシンに語りかけると、体重を前に掛け、クラッチを離し同時にアクセルを開けた。


 今までの鬱憤を晴らす様に、後輪が勢いよく駆動する。後方に小さく土を撒き上げてマシンは前輪を少しだけ浮かせたまま、弾かれた様に勢いよく走り出した。


「ヒャッホー! すごいよCRF250Rキミ! やっぱCRF150Rあの子のお兄さんだね! とっても速いしパワーもあって男らしいよ! ———もう最高!」


 軽快なエンジン音を響かせるマシンとボクは、言葉通りに一体となった。


 ボクのアクセルワークにマシンは時に柔軟に、時に荒々しく応えてくれる。


 加速したり減速したりターンをしたりと、ボクは軽く奇声を上げながら広大な草原を縦横無尽に走り回った。


「な、な、な、な、なんだありゃあ……」


「ふぉっふぉっふぉ! これはこれは……長生きはするもんじゃての」


「す、すごい……すごいぞカズキ!」


 手を振り上げて喜ぶジェスターに、ボクも片手を上げて応える。その後ろでは武具生産班の面々が、目を丸くして口を開けボクをぽかんと眺めていた。


 町の入り口付近にいた他の数人も、今まで聞いた事がないエンジン音に何事かと集まり出すと、あっという間に人だかりが作られた。


 ボクがギャラリーに応える様に車体を目一杯傾けてアクセルターンしたり、ウイリー走行をして見せる。その度に人だかりがどよめいた。


 きんもちいいー! これでジェスターたちも馬鹿にされないで済むよね!


 ボクが調子に乗って数々の技を披露していると、人だかりの後方から、何やら怒号が聞こえてきた。その声に反応する様に人だかりが二つに割れる。


「そこをどけ! 前を開けろ! ……おい、なんだこの騒ぎは!」


 人だかりを掻き分けながら最前列まで出てきた男は、血相を変えて狡猾そうな吊り目をさらにギラリと鋭く上げた製造部のリーダー、エドゥアだった。

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