第22話 謝罪

 予想外のエドゥアの登場にヘルゲやジェスターはもちろん、武具生産班の面々にでさえ緊張が走るのが、離れていても嫌でも分かる。


 ボクはゆっくりと人だかりに向かってマシンを走らせると、エドゥアの前でブレーキをかけた。


 初めて見る得体の知れない迫り来るマシンに少しだけ慄きながらも、毅然とした態度を崩さないエドゥアにボクは、少しだけ感心した。


 性格は最悪だけど、さすが腐っても製造部のトップと言ったところだろうか。


 あちゃあ。そんなに顔を真っ赤にしちゃって……こりゃ相当怒っているよね? 


「カズキ……お前はここで何をやっているんだ。そろそろ任務開始の刻だと言うのに、こんな騒ぎを起こして一体何を考えて……って、そのウルサい音を早く止めろ!」 


「……はーい」


 キーをOFFに回しエンジン音は止まったけれど、エドゥアの怒りは止まらない。


「だから! その口の聞き方はなんなんだ!? ……おい! 班長はいるか?」


「はい。ここにいますよ」


「ヘルゲ! 貴様の教育がなっとらんから、こんな無作法な態度を取り問題を起こすのだ! 貴様も厳重に処罰するから覚悟しておけ!」


 呼ばれて近づいてきたヘルゲに向かって、エドゥアは唾を飛ばして捲し立てた。


「———ちょっと! 騒ぎを起こしたのもボクだし、口が悪いのも生まれつきだよ! 悪いのは全部ボクじゃないか! ヘルゲさんは関係ないよ!」


「黙れ! 尽く俺に楯突きやがって! 製造部は俺の管轄だ。ヴェルナード様の預かりと言う事で大目に見てもらえると思うなよ!」


 聞く耳を持たなそうなエドゥアに、これ以上何を言っても無駄の様だ。


 処罰がボクだけなら納得できる。だけどこのままだとヘルゲが責任を取らされる事になる。それだけは絶対に避けないといけない。


 ボクがマシンを直したいと言った時もヘルゲは笑って許してくれた。嫌な顔一つしないでボクの我儘に付き合ってくれたんだ。そんな人が処罰されるのは、自分が処罰されるよりも辛い。


 ボクはひらりと降車するとマシンのサイドスタンドで自立させ、エドゥアに歩み寄って深々と頭を下げた。


「……騒ぎを起こしてすみませんでした。全部ボクが悪いんです。だからヘルゲさんは関係ないんです。どうか許してください」


「か、カズキ……」


「これからは一生懸命働きます。反省もしてます。だから、ヘルゲさんを処罰するのだけは、やめてください……お願いします……!」 


 下を向いたまま足音だけで、ジェスターが側に来てくれた事が分かった。だけどボクは顔を上げずにそのまま頭を下げ続ける。


 謝っている最中だし、何よりも、半ベソをかいているこの顔をジェスターに見られたくない。


「ほほう、良い心がけだな。そうかそうか、お前もようやくこの『モン・フェリヴィント』のしきたりが分かってきたか。……では本当に反省しているのかを見せてもらおう。……この訳の分からないガラクタを、お前の手で壊すのだ!」


「えっ!? そ、それは……!」


 思わず顔を上げたボクに、薄ら笑いを浮かべたエドゥアの視線が突き刺さる。


 CRF250Rこの子を自分の手で壊すなんて、そんなのできる訳ない! でも、それをしないとヘルゲが処罰されてしまう。


 一体どうしたらいいの? ……誰か助けて!


 ボクの心の助けを察知したのかは分からないけど、救いの手を差し伸べてきたのは、意外な人物だった。


「謹んで申し上げます。エドゥア様もご覧になられたと存じますが、あの乗り物、確かに得体の知れない奇妙なものではございますが、その能力は計り知れません。使い道を考慮すれば、きっと何かの役に立つものかと思います。どうか今一度ご賢察を……」


「黙れ! 貴様は確か……武具生産班の班長補佐か。『1つの月章ファーストムン』風情がこの俺に物言いとは。……あんな珍妙なモノ、この製造部に必要ない! さあカズキ、どうするのだ? ヘルゲと一緒に処罰されるか、このガラクタを壊して許しを請うのか。好きな方を今ここで選ぶのだ!」


 さっきまでボクたちをからかっていた班長補佐の意見具申を上からぺしゃんこに潰されても尚怯まないジェスターが、容赦の声を続けて上げる。


「エドゥア様! カズキにとってあの乗り物は、カズキのいた世界の思い出が詰まった大切なモノなんです。どうかお許しください!」


「お前は……雑務係の小僧だな。どいつもこいつも雑務係は揃いも揃って俺に楯突きやがって……まったく持って忌々しいわ!」


 憎悪が込められた目がボクとジェスターに向けられた。


 ここまで強い人の憎悪の感情にさらされたのは、今まで生きてきて初めてかもしれない。


 体が自分の意思とは関係なく、ふるふると震えだす。


 ……怖い。誰でもいいからお願い。助けて!


 その時だった。


 遠くから嘶きと蹄の音が、ふわりと風に乗って聞こえてきた。

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