第23話 新しい風
馬蹄の音が次第に近づいてくる。
その場にいる全員の視線が音の方向へと集まる中、颯爽と登場したのは馬に似た生き物に乗った一団で、その先頭は白の衣服に身を包んだ今日も凛々しいヴェルナード。
そしてその脇を、アルフォンスと数人の部下が固めていた。
べ、ヴェルナードさぁん……グッドタイミング! お願いだから助けてぇ!
優雅に、そして雄々しく馬から飛び降りたヴェルナードは事情を探る様に周りを見遣る。
「こ、これはヴェルナード様……それにアルフォンス殿」
「一体何事か」
突然の『モン・フェリヴィント』を統治する若きリーダーの登場に、萎縮しながらもエドゥアが事情を説明する。
その口上はボクやヘルゲに悪意が剥き出しだけど、概ね説明は間違っちゃいない。
はたから見れば町の秩序を乱したボクらが悪いのだ。エドゥアにしてみれば、ここでウソを吐く必要性は全くない。
「……そう言う訳でございまして、カズキには『モン・フェリヴィント』への忠誠心を試される試練の時かと思います。私としても心が痛みますが、どうかこの場はお任せを」
「……ふむ、確かに。エドゥアの言う事は間違ってない」
……この人ならそう言うだろうと、予想はしてました。
ヴェルナードの理屈っぽくて頭が固くて冷たい性格は、なんたってボクも経験済みだ。その答えがとっても腑に落ちて、いかにもヴェルナードらしい。
これは完全に見捨てられたかなと思ってた矢先、ヴェルナードがボクに向かってこう告げた。
「カズキ。私に走っている所を見せてくれないだろうか? コレがよもや自走するだなんて、言葉で説明を受けてもにわかには信じ難い」
どうにも自分の目で見ないと信じられないらしい。
しかしこれは頭のお固いヴェルナードじゃなくても、この世界の人間ならそういう反応になるのは無理もない事なのかもしれない。
ボクは無言で頷くと、再びマシンに跨りキックでエンジンをスタートさせる。
エンジン音に驚いた馬が嘶きを上げる中、マシンを軽快に操りしばらくの間右へ左へ走らせた後、再びヴェルナードの前に速度を落として戻ってきた。
目を見開いたままのヴェルナードとアルフォンスは、ボクがエンジンを止めてマシンから降りると、我に返って顔を見合わす。
「さて……どうしたものか……」
ヴェルナードは顎に手を当て目を閉じて何やら考え込む。その側に侍るアルフォンスが「うん?」とボクの隣に視線を移した。
「確か主は……ジェスターだったか?」
「え!? どうして俺の名前を知ってるんですか!?」
憧れていた保安部の
ジェスターが飛び出るくらい目を丸くして驚くのも頷ける。
「昨年まで保安部の見習いをやっていた優秀な人材の名を、忘れる訳がない」
「え……お、俺が、優秀……?」
「うむ。保安部は希望人数が多くてな。その為配属の倍率が高い。僅差で保安部配属は見送らせてもらったが、見習い期間中優秀だった人材の名前くらいは覚えているぞ」
泣く子がさらに泣き出しそうな風貌のアルフォンスは、ほんの少しだけ目を細めて、今だ驚くジェスターをじっと見つめた。
もしかすると、これがアルフォンスの笑顔ってヤツなのかもしれない。
「ところで主は今、製造部のどこの班に配属されてるのだ?」
「……資材調達班です」
「何? 雑用係……だと? ……これはどう言う事だエドゥア殿。製造部配属の折、この者の優秀さはしっかりと書面で伝えた筈だが」
「……え、そ、そうでしたか? そ、その様な書面、私は見た覚えが……もしかしたら、こちらに手違いがあったのかもしれません」
「そういえば最近、新人の部署配属に不公平があると、やたらと耳にする。……まさかエドゥア殿、主が……」
アルフォンスに睨まれてエドゥアの目は、忙しなく宙を泳ぎまくった。
今までの慇懃無礼な態度から一転して、明らかに狼狽の色がその顔に浮かび上がっている。
「……エドゥアよ、手違いなら仕方あるまい。誰でも間違えと言うものはあるものだ。ところで今回の件だが、このカズキの間違いも許してはどうだろう。何、其方に迷惑はかけん。其方がカズキの罪を許せば……カズキは保安部で預かろう。もちろんその珍妙な乗り物も込みでな」
「ぐ……わ、分かりました。カズキの罪を許し、ヴェルナード様に委ねます……」
エドゥアは拳を握りしめたまま、悔しそうにそう答えた。
保安部へのいきなりの電撃移籍が決定!?
それにこれは……もしかしてボクたちお咎めなし? なんだか分からないけど丸く収まったっぽいよ!
「さてカズキ。其方は今日から私が監督する保安部の一員だ。よろしく頼む」
「う、うん……ありがとう……」
張り詰めた空気もだんだんと解け、あちらこちらで安堵のため息が聞こえてくる。
集まった人だかりにも次第に会話が戻る中、ボクは隣に視線を移す。
ジェスターは下を向いたままで、事態が収まった事を喜びつつも悔しそうな、何ともやり切れない表情を浮かべていた。
その気持ちは察するに余りある。目の前で自分が熱望していた保安部に、後輩のボクが電撃移籍を決めたのだ。羨ましくもあり、そして悔しいのだろう。
「ね、ねえヴェルナードさん。その乗り物はジェスターも一緒に整備を手伝ってくれたんだ。だからジェスターがいないと、ボク一人だと、この乗り物を整備できないんだ。お願いだからジェスターも一緒に保安部で働かせてくれないかな?」
ジェスターが憧れていた保安部に、ボク一人ホイホイと行けるはずもない。
頼むから、ジェスターもバーターで連れて行って欲しい。
それになんだかんだ理由をつけたって、ヴェルナードの狙いはボクのマシンが欲しい事だと推測できる。
ならばここは少し我がままを言っても許してもらえるのではないだろうか。
案の定、ヴェルナードは一言だけ「いいだろう」と了承してくれた。
今だよく状況が理解できず目をパチクリさせるジェスターの手を取って、ボクが勝手に喜んでいると、ヴェルナードはヘルゲの前まで歩み寄った。
「……そろそろ私の家に戻られてはどうですか、叔父上」
「「「「「お、叔父上ぇぇぇぇ!?」」」」」
……今日一番の衝撃を受けた。まさか、ヴェルナードと親戚だなんて。
それは周りの野次馬たちも同じの様で、特にエドゥアと武具生産班の面々は、その驚き様が半端ではない。
「いやいや、ワシは今の任務が性に合ってるからのぅ。ヴェル坊の世話には、まだならんよ」
ふぉっふぉっふぉと心地よく響くヘルゲの高笑が鳴り止むと、対象的に地鳴りの様な声のアルフォンスが周りに向かって一声した。
「さあ皆の者! これでこの件は話がついた。速やかに持ち場に戻り任務に励め!」
ヴェルナードたちの騎馬団と我ら雑務係をその場に残し、エドゥアと武具生産班、そして野次馬たちはぞろぞろと町方面へと歩き出す。
ボクははたと思いつくとヴェルナードに「ちょっと待ってて」と声を掛け、仕事道具を担ぎ出し、立ち去ろうとする武具生産班一行の元へと走り出した。
「あの……さっきは庇ってくれてありがとう。でも、なんでボクを庇ったんだい? いつもは雑用雑用って馬鹿にしてたのに……」
仕事道具を肩に担いだ班長補佐は「あー」と面倒くさそうに声を出し、頭をポリポリと掻いた。
「お前……あのヘンテコリンな乗り物を自分で直したんだろ? 俺たちゃ物作りの集団だ。それなりに自負もある。だけどよ、あんな動きをする道具なんて見たことねえし作れねえ。……だからよ、そんな技術を持ったお前とあの乗り物が、惜しいって思っちまったんだ。ただそれだけだよ」
自分のした事を思い出し、照れ隠しのつもりなのか。班長補佐はそのゴツゴツした職人の手でボクの頭をわしゃわしゃすると「へっ」っと小さく鼻で笑った。
「……お前は俺たちが知らないスゲェ技術を知ってるんだな。今度俺らにも教えてくれよな」
班長補佐は「じゃあな」と手を上げた。
そういえば、前にゲートルードが言っていた。
———ボクと同じで、周りの皆はボクの事を知らないから恐れているのだと。
そしてこうも言っていた。
———ボクが皆と同じに頑張っていれば、周りは認めてくれるものだと。
まさか、ヴェルナードはこれを見越して……。
「ヴェルナードさん! まさかこうなる事を予見して、ボクを製造部に配属したんじゃ……!」
「何を言っている」
……あれぇ?
「カズキを製造部に配属させたのは、エドゥアなら高確率でヘルゲ叔父のいる資材調達班に配属させると思ったからだ。叔父からカズキの様子も聞き取れるしな」
……お、おやおやぁ?
「最近一部の
「カズキはもう少し『モン・フェリヴィント』に溶け込まないといけないな。この様な事が続けば、いかにヴェルナード様とてそうそうと庇いきれんぞ」
「今回の件はエドゥアの言い分に正義があった。それを理由もなく覆すのはいくら私でも簡単ではない。今回事なきを得たのはエドゥアにも後ろめたい事があったが故。偶然の産物だ。……よく肝に命じておく様に」
ボクは畳み掛ける様にして、ヴェルナードとアルフォンスからお説教を受けた。
……これからはもうちょっと考えて行動する事にしよう、うん。
「そ、それにしてもジェスター。憧れの保安部に配属になってよかったね」
「ああ、これもカズキがヴェルナード様に進言してくれたお陰だ。恩に着るよ」
「それは違うぞぃジェスターや」
皺だらけの優しい顔がジェスターに向けられた。
「努力は報われる、報われないに関係なく必ずと言っていい程他の誰かが見ているものじゃ。今回の件はお前さんの努力の結果じゃ。自信を持って良いぞぃ」
「うむ、そうだな。見習いで努力をしていたからこそ、アルフォンスも其方の事を覚えていたのだ。これからも日々精進を怠らず任務に励むと良い」
「……はい、ヴェルナード様!」
目を輝かせながら返事をするジェスターは、ボクと出会ったばかりの、やさぐれていた頃の面影は見当たらない。自分の未来と可能性を信じる、初々しい少年の輝きがある。
「ヘルゲさん、今までありがとうございました。……だけどボクたちが急にいなくなって、資材調達班は大丈夫ですか?」
「なになに。カズキが心配する事はありゃせんよ。若者は前だけ向いて道を逸れずにしっかり歩いてりゃそれでいいんじゃ。それにヴェル坊との繋がりがバレてしまったんじゃ、エドゥアもそう無茶はせんじゃろうて。……ワシは気楽に暮らしたかったんじゃがのう」
「まったく……退役して気ままに暮らすのもいいですが、そろそろ自分の御年を考えてくださらねば困ります」
ふぉっふぉと笑うヘルゲを端目に、ヴェルナードは小さく溜息を吐いた。
その横では今も尚、アルフォンスが眉を寄せ、眉間にこぶを盛り上がらせている。
「それはそうとヴェルナード様。エドゥア殿の新人配属に対する執権乱用については、本当にあのままでよろしいのでしょうか?」
「……エドゥアもあれで元々は優秀な人材だ。今回の事で初心を取り戻し、慢心と私欲を捨て、この『モン・フェリヴィント』に忠を尽くす事を、私は期待しているのだ」
理屈っぽくて冷たくて面倒くさいなと思う事が多いけど、肝心なところは優しいんだなと、微笑んだのだかそうではないのか最初から見ていた者にしか分からない程度にだけ表情を緩めたヴェルナードを見て、ボクはそう思った。
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