第31話 戦いの後
味方の
守備体制を整えたボクたちに再度攻撃を仕掛けてくる事はまずないだろうとアルフォンスは言ったけど、まだまだ予断は許さない。
「航空戦闘部に連絡を。現在航空中の
ヴェルナード号令の元、即座に一騎が伝令に走る。
残されたボクたちは、緊張感を保ちつつ怪我人の救護へとまわった。
町の女性陣達が大量の包帯や傷薬を抱えて広場へと集まると、手分けをし軽傷者には応急処置を施して、重傷者は荷台で町郊外の診療小屋へと連れていく。
幸い怪我人は軽傷者の方が多いけど、それでも軽傷者だけでざっと見渡しても30人はいる。町の憩いの場所でもある広場が今や、野戦病院の様になっていた。
ボクとジェスターも慣れない手付きで応急処置のお手伝いだ。傷薬を塗り包帯を巻き「もう大丈夫」と声をかけると、町の人から感謝の声を掛けられた。
目の前にいた数人の処置が終わり額に浮かぶ汗を拭って周りを見渡すと、広場の隅にシーツが掛けられた膨らみがいくつか、視界に入った。
ボクは魅入られたようにフラフラと歩み寄る。
人の形をした膨らみ。シーツの端から覗き出るだらりと力ない手足。
まさかこれって……。
人の形をしたピクリとも動かないその膨らみは、15体程並んでいた。シーツからはみ出る衣服を見ると、空賊の遺体も混じっている。
その内の一つ、他より少し大きめなシーツの膨らみの下に見え隠れする服に見覚えがあった。
ボクはそうっと手を延ばすと少しだけシーツをめくりあげる。
割腹のよい女性の胸には矢が深々と刺さり、服が真っ赤に染まっていた。
……そ、そんな……広場で夕食を売っていた、あのおばさんが……どうして……?
足の力がカクンと抜け、よろけながら後退る。
体が酸素を欲しがって呼吸が荒くなり、直視出来ない現実から逃避する様に眼球が忙しなく動き回った。
その眼球が今度は隣の膨らみに違和感を感じとる。
シーツから白髪が覗いていた。
ボクの鼓動は一気に
夢ならば早く覚めて欲しい。シーツに延ばした掌から、一気に油汗が吹き出してくる。ボクは祈る思いで恐る恐るシーツをめくった。
……ち、違う……ヘルゲさんじゃない……!
亡くなった見知らぬ老人には悪いけど、安堵感が全身の力を奪い去り、ボクはその場に腰を落とした。同時に激しい怒りが体中を駆け巡る。
怒りを燃料とした行動は実に俊敏だ。ボクは跳ねる様に立ち上がると、アルフォンスの元へと駆け寄った。
アルフォンスの足元には生き残った空賊が二人、縄で縛られている。一人はボクが捕まえたヤツだ。
血相を変えて駆け寄るボクにおおよその事情を察した顔馴染みの班員二人が捕虜の前に立ちはだかり、ボクの気持ちと体を受け止めた。
「気持ちは分かるが……やめるんだカズキ」
「で、でも! コイツらのせいでおばさんが死んで……! ボクと同じくらいの子供がいるって言ってたのに……!」
揉み合うボクらにアルフォンスが近寄ってきた。
「今回の空襲で八人が死亡した。今調査中だが拐われた子供も我々が確認しただけで二、三人はいただろう。……助けられなかったのが残念でならない」
「……一体コイツらの目的はなんなの?」
「最大の目的は幼い子を拐う事だ。子供はどこでも高く売れるし、自分たちの労働力や慰みものにするのだろう」
平和ボケしているボクにはおおよそ聞き慣れない単語か飛び交ってか、頭がパニック状態になる。
目的は子供の誘拐で、その襲撃でおばさんも死んだ。
この世界に来てから、人間関係に苦労する事はあったけど、それなりに平和な日々は過ごせてきた。その毎日が実のところ紙細工の様に脆く、儚いものだったなんて、誰も詳しく教えてくれなかったし、ボクだって疑いもしなかった。
顔見知りの突然の死への怒り。自分の蒙昧さに対する恥ずかしさ。そして悔しさ。
そんな気持ちが混ざり合って、自分でも想像できないくらい感情を剥き出して、縛られた男達を睨みつけた。
「……で、コイツらはどうするの?」
怯えながらも不敵な笑みを浮かべる男たちに、懺悔の気持ちが一切ない事は誰の目から見ても分かる。
殺されたおばさんたちの為にも、せめて仇は取ってあげたい。あげたいけど……怒りに任せて殺してしまったら、この男たちと同じだ。
それに第一、ボクに人を殺す事なんてできる訳がない。
敵討ちという大義名分を前にして、それでも理性が衝動を押さえつけてるボクの側にヴェルナードが近付いてきた。
縛られた男たちを感情が欠落した目つきで
「次に地上に降りた時に、売り払う」
背中に張り付いていた汗が一気に温度を下げ、背筋がピシっと凍りついた。
空賊たちの虫唾が走る行いを、ヴェルナードもするなんて。
ボクがぬくぬくと育った平和な元の世界と、この世界では考え方の根底が違う。それは分かっていた筈だ。
だけど、一番
ボクは表面上だけしか『モン・フェリヴィント』を理解していなかったのだろうか。
冷徹だけど時折見せるヴェルナードの力が抜けた微笑を、勝手に優しさだと勘違いして、愚かにも自分の理想を重ね合わせていただけなのかもしれない。
「カズキ、これからの事だがな」
「ぼ、ボクに触るなぁ!」
肩に添えられたヴェルナードの手をとても汚らわしく感じ、同時に体が反射的に拒絶した。
皆の怪訝な視線が集まる中で、ボクはこの場所に自分の居場所がない気がして、無性に自分が惨めに思えて、そんなボクにできる事と言ったらこの場から走り去る事だけだった。
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