第13話 絡まった糸
「なるほどな……」
機体が連なる滑走路脇から少し離れた場所で、小さな岩に腰掛けたキアフレートは、昨日の一部始終を聞いた後呟いた。
「ちょっとだけ、昔語りをしていいか?」
キアフレートがそう言ってボクを見る。小さく頷き返すと、古い記憶を探る様にゆっくりと話し始めた。
「……クラウスと俺は小さい頃から悪ガキで、いつも一緒につるんでた。そんな悪ガキにも互いに夢があったんだ。クラウスは航空戦闘部に入る事。俺は保安部に入る事。そして
キアフレートはそこで言葉を切ると、木製の義足に手を添えた。
「……だが五年前、空賊との戦いで俺は右足と部下を失った。その時命令を下したのが、俺の指揮官で『
ボクはアルフォンスの傷跡を思い出す。あの傷に、そんな繋がりがあったなんて。
「右足を失くした俺は、一階級特進で『
「そ、そんな事……ねえキアフレートさん、一つ聞いてもいい? キアフレートさん自身は、その時のアルフォンスさんの判断をどう思ってるの?」
「質問を質問で返す様で悪いが、カズキ。お前には俺がどう見えている?」
「……よくわからないけど、『アルフォンス殿』って呼んでるし、恨んだり怒ったりはしてないと思うよ」
その言葉にキアフレートは、じっとボクの顔を見つめ出した。彼の濃紺の瞳に晒されると、心の底まで見透かされてる気がしてくる。
「……実はな、今の話には事実とひとつだけ違うところがあるんだよ。アルフォンス殿は命令なんてしちゃいない。本当は、俺の勝手な行動だったんだ」
「……え? ど、どういう事なの?」
「……空賊の
以前保安部に所属していた時に、聞いた事がある。
保安部の騎馬隊が低空で空賊の
頭上を取られる事は戦いにおいて、絶対的な不利になる。複数騎で死角を庇い合い戦うのだ。
なので保安部の騎馬隊は、風の
「……で、結果はこのザマだ。後から駆けつけたアルフォンス殿の奮迅で、空賊を三機落として残りは追い払ったが、俺は部下と右足を失い、幼い兄弟すら助けられなかった。……完全に俺の判断ミスだった。そして戦いが終わり、診療小屋で治療を受けていた俺は、信じられない話を耳にした。アルフォンス殿が『自分が助けに行く様に命令した』と、公の場でそう報告したという噂話だ」
「……何でアルフォンスさんは、そんなウソを……」
「俺もそう思った。だから当然アルフォンス殿に詰め寄った。俺の勝手な行動だと。なんで本当の事を言わないんだとな。だけどアルフォンス殿は俺の問いには答えずに『俺が指示した』の一点張りだった。その後はアルフォンス殿は上官として無謀な命令をした咎で一ヶ月の謹慎処分になり、右足を失くした俺は、奇しくもクラウスと同じ航空戦闘部の整備班に配属になったって訳だ」
「……そんな過去があったんだね」
「ああ……俺とアルフォンス殿とその側近しか知らない事だ。俺も最初は納得しなかったがある事実が分かってから、この事は胸にしまい込もうと決心した」
「その事実って……何?」
「失った部下の遺族の為だ。当時『
言われてみれば納得だ。
若い
「この話は今まで誰にも話していない。当然クラウスにもだ。……だが、なんでだろうな。カズキ、お前には話してもいい心地になってしまった」
「きっとカズキには、心を許しやすいのでしょう。我輩自慢の育ての親ですからね」
「……ふっ、そうかもしれませんね。マクリー殿」
リュックから顔だけを出したマクリーに、キアフレートは優しく笑いかけた。
「じゃあクラウスさんは、今でもアルフォンスさんの命令だと思ってるんだね」
「俺の推測だが、そいつは違うだろうな。クラウスは俺と違って叩き上げで『
「……ええ? クラウスさん、気づいてるの?」
「なんせ俺とクラウスはガキの頃からの付き合いだ。俺の性格くらい、アイツだって知ってるさ」
益々もって分からない。……じゃあ、なんで?
「ねえキアフレートさん。クラウスさんがその事に気づいているのなら、なんでアルフォンスさんにあんなにも反発しているのかな?」
「……さあな。俺を止められなかった事に憤っているのかもしれないし、本当の事をいつまで経っても言わない俺に、苛立っているのかもしれない。……アイツ自身踏ん切りがつかないかもしれないし、振り上げた拳を下ろす場所を探しているのかもしれない。アイツの時計は五年前で止まったままなのかもな。普段はふざけているけど、クラウスは優しいヤツだからな。……めんどくせえだろ? 男って生き物は」
幼い命を救い出すため、無茶を承知で助けに向かったキアフレート。
それを止めながらもキアフレートを救い出し、残された者の為に一人責任を被ったアルフォンス。
親友の夢を断たれた事に対して、やり場のない怒りを堪えながら素直になれないクラウス。
誰の想いも間違っちゃいない。ただ、想いを紡ぐ糸が少しだけ絡まってしまっただけだ。ただ、それだけの事なのに。
……男って、ホントめんどくさい。
気がつくと、ボクの頬には涙が一筋
「……お、おい、何泣いてるんだよカズキ。なんか俺が泣かしちまったみてぇじゃねーか」
「キアフレートさん……クラウスさんの事、お願いできるかな? なんか女のボクが出る幕じゃないと思うんだ」
「ああ……俺も右足を失くして以来、クラウスとはサシで飲んでないからな。今夜一緒に酒でも飲んで、五年分じっくり語り合うとするさ。アイツもきっときっかけを探していると思うんだよ。もうそろそろいいだろう。俺の口から本当の事を伝えられるのを、アイツも待っているかもしれないしな」
キアフレートは立ち上がると、頼りがいのある大きな掌をボクの頭に優しく乗せた。
そして翌日。
案内先は駐屯所だ。班員が会議室の扉を開けると、お酒の残り香が漂ってくる。酒瓶がいくつも転がる床にはキアフレートが大の字で、イビキをかいていた。その目の前で椅子に座っているクラウスが、まだ眠そうな目でボクを見る。
「……で、実際にはどうやって保安部たちと連携を取ればいいんだい?」
二日酔いでフラつく頭を押さえながら、気怠い表情でそう聞いてきた。
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