第35話 いざ銀幕へ

 なだらかな地平線から、夜明けを知らせる淡い光が生み出される。


 重い瞼に斜光を受けながら、野営の後片付け始めると、陽の輪郭が姿を露わにする前にボクたちは、銀幕に向かってゆっくりと行軍を再開した。


 進むにつれて筒状の銀幕は、奥行きや深みといった立体感を脱ぎ捨てて、極大な壁へと変貌を遂げていく。かれこれ20分ほど進んだ頃、先頭で行軍を率いるヴェルナードが急に馬を止めた。


「どうかされましたか? ヴェルナード様」


「……これ以上前には進めぬ。この地点が例の銀幕を守護するバリアなのだろう」


 アルフォンスに返答し、ヴェルナードが手綱をしならせ前にと促すも、馬はいななくだけ。その場から進めずにいる。馬はまるで地団駄でも踏むように、脚だけを動かして土を蹴り、虚しく砂埃を舞い上げていた。


「……皆の者! 早急かつ慎重に、準備に取り掛かってくれ!」


 製造部員たちがヴェルナードの合図を契機として、右へ左へと忙しなく動き回る。風力車の重要となる箇所を思わず背筋が伸びてしまうような真剣な眼差しで、最終点検を始める製造部員たち。そしてこれもまた緊張感を顔に張りつけた航空部員10名が、ゆっくりと風力車に搭乗を始めた。


 その間に、保安部員と航空戦闘部ボクたちはヴェルナードの元へと集結する。


「では作戦の最終確認だ。これから風力車二台で銀幕のバリアに通路を作る。まずは保安部が銀幕内へと突入する。地上の安全確認を終えたら合図を送るので、航空戦闘部は人翼滑空機スカイ・グライダーで銀幕上部を調査して欲しい。ただし今回は機体が少ない故、もしコアに遭遇して戦闘になっても無理は禁物だ。戦闘離脱の判断は、通常より二手ほど早くてよい。その際、もし可能ならばコアを地上に誘導してくれ」


「ヴェルナード様。今回は陸地から上へと上昇するだけです。銀幕の中腹から調査した前回と違って、調べる進路が一方向な分迷いはありません。ですが、すぐにコアを見つけられなかった場合、どれくらい上空まで調査すればよいでしょう?」


 クラウスの真摯な瞳がヴェルナードを映す。いつもの飄々とした雰囲気は一片も見当たらない。


「そうだな……銀幕内は何が起こるか分からぬ故、10分と時間を決めよう。我らが地上で刻を計り、10分後に飛礫つぶての狼煙を上げる。その光を確認したら地上へと戻ってきて欲しい」


 クラウスは一つ頷くと、ボクらのほうへと振り返る。ボクらも同じ動作で作戦の理解を表した。


 作戦会議はこれで終了。……あとは行動あるのみだ!


「風力車、準備が整いました!」


 製造部員を束ねているテオスの野太い声が、銀幕に向かって放たれた。 


「よし。まずは一台が突貫してみるのだ」


 座席に乗った航空部員たちが握るレバーに加護の力が乗り移ると、それが前方の風力管へと集まって、緑色のいびつな壁を作り出した。そしてテオスが率いる製造部員たちが風力車を押していく。


 銀幕を守る見えない皮膜バリアと緑の壁が衝突する。


 緑の火花がバチリと散って、何もないはずの空間に亀裂が走る。ぐにゃりと向こう側の景色が歪んで見えた。


 だけど歪んでいるだけで、まだ穴は小さい。人が通れるほどの大きさには程遠い。


「もっと加護の力を! ここが正念場だ!」


 風力車に乗った航空部員たちは顔をしかめ、または赤らめてありったけの加護の力を流し込む。

 緑の壁に侵食されるように、見えないバリアが歪める景色を広げていく。


「よーし! 二台目の風力車も隣に突貫しろぉ!」


 テオスの掛け声で二台目が隣に突撃する。二台目は最初から加護の力を出し惜しみしなかった。


 二台の風力車に付けられた風力管から発する加護の壁が、銀幕のバリアを少しずつこじ開けていく。


 いびつな景色がアーチを描く。見ると半径五メートルくらいの穴が広がっていた。


「皆、よく頑張ってくれた。さあ、行くぞ!」


 ヴェルナードが抜刀して剣をかざし、馬を走らせる。二騎を残して残りの保安部員たちが風力車の左右をすり抜けて、銀幕へと肉薄する。


「よーし! 次は航空戦闘部俺たちだ! 皆、準備はいいな?」


「ちょっと待って! クラウスさん!」


「……おい嬢ちゃん! こんな時に冗談はやめてくれや!」


「違うんだって! 突撃するのはもちろんだけど、その前にやることがあるんだよ」


 風力車に乗る航空部員たちはもう限界だ。このままボクらが通り抜けたとしても、コアを倒さなければ、帰路にはまたバリアに穴を開けてもらう必要がある。まだ航空部員は半分の20人が残っているけれど、それだけでは心許ない。


「テオスさん! 一台分の航空部員を交代させて! そしてボクのところまで連れてきて!」


「な、何を言ってるんだ、お前は!?」


「あっ! カズキ様! マクリー殿で加護の力を回復するのですね!」


 勘のよいフェレロがボクを見た。


「そうさ! 10人くらいは回復しといたほうがいいでしょ? ここには豆タンクがいるからね! さあ、早く並んで!」


「か、カズキ! 今、何て言いました!? 吾輩のことを言うに事欠いて豆タンクとは……! 吾輩、絶対に嫌ですからね!」


 ボクは竜翼競艇機スカイ・ボートを降りガラスハッチを開け、ジタバタ暴れるマクリーを強引に引っこ抜いた。


「ちょ! 暴れないでマクリー! ……アンタそんな事言ってさ、もし帰りにこのバリアが開かなくなったらどうする気だい? 予備の加護の力は、もしもの時のために必要だろ?」


「そ、それはそうですが……」


「だったら覚悟を決めて協力してよ! こうしている間にも加護の力は消耗しているんだから!」


「わ、わかりましたよ! 10人だけでいいんですね……!」


 マクリーの前に疲弊した航空部員が列を成し、順番に指先でちょこんと触れていく。航空部員たちは驚きの顔を浮かべながら、加護の力が全快したことに狂喜した。


 10人に加護の補給が終わるとすぐさま竜翼競艇機スカイ・ボートにマクリーを乗せ、ボクも搭乗。焦れるクラウスに声をかける。


「お待たせ! クラウスさん!」


「……そんな便利な技があるんなら、早く言って欲しいもんだねぇ」


 クラウスを先頭に全機が発進する。


 地を這うような低空飛行でボクたちは、バリアに空いた穴を潜り抜け、銀幕のバリアが守護するエリアへと足を踏み入れた。

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