第40話 反撃開始!

『グギャオオオオオオォォォォ!』


 腹の底をビリビリと振動させる疑う余地もない苦悶の咆哮が、銀幕内に反響する。

 立ち昇る爆煙が、閉鎖され薄暗い空間の視界を、さらに不明瞭なものへと変えていた。


「こいつぁ凄え攻撃だな! ……で、あの坊ちゃんは無事なのか?」


 竜紅石りゅうこうせきの残滓が赤い雨のように舞い散る雲煙に目を凝らしながら、クラウスがあたりを見渡す中、突如マクシムの人翼射出機スカイ・ジェットが、煙の中からその姿を現した。

 そのまま上昇すると大きく弧を描きながら、ボクらの元へと帰還する。


「へへっ! 見たかよカズキ! 俺様の超イケてる攻撃をよっ!」


「うん、すごいよマクシム! 人翼射出機スカイ・ジェットはスピードだけじゃなかったんだね。そんなすっごい武器まであるなんてさ!」


「これでカズキもさ、俺様に惚れたんじゃないのか?」


「ボクの心が惹かれたのは、あくまで人翼射出機スカイ・ジェットにだよ。……ボクがそんなにチョロい女に見えるのかい?」


 まあ、確かにマクシムのことも少しだけ見直したのは確かなので、『わがまま放題のお坊ちゃん』という認識だけは取り除いてあげようと思う。


「ま、こんなことくらいじゃカズキの気持ちがなびかないのはわかってたけどよぉ。……これで、コアが無傷だっていうなら、流石の俺様もダブルで傷つくぜぇ……!」


 コアを覆っていた赤煙が拡散し始めると、次第に視界がクリアになっていく。


「———よぉし! 見たかカズキ!」


 マクシムの歓喜の声に耳だけを傾けたまま、ボクの視線はコアへと釘付けとなった。

 コアの右翼が消失していた。根元からざっくりと。


「すごい! すごいよマクシム! アンタやればできるんじゃんか!」


「……おいおいカズキ。俺は元からそれはもうスマートに、なんでもそつなくこなせる男、だぜ!?」


「うん、そうかもね。その『俺が世界で一番だ』っていう残念な性格さえなければね」


「な!? 俺の性格がおかしいとでも……!?」


 ……気づいていないのなら、本当にかわいそうだと思う。

 火竜『メーゼラス』の当主の息子として周りからそれなりにチヤホヤされて育てられたのだろう。この超絶自信過剰のマクシムのルーツを想像して、ボクは心の中でため息をついた。


「おい二人とも! お喋りはそこまでだ! もう一度コアに攻撃を仕掛けるぞ!」


 クラウスの叱咤で、ボクはやるべきことに意識を戻す。マクシムの攻撃で、生み出された最大のチャンス。今は交戦中だ!


「———いくよ、マクリー!」


 マクリーの返事を伝声管から聞くのと同時に、機体を大きく旋回させる。先を行くのはクラウスを始め味方の僚機。みんな考えることは同じのようだ。

 翼がなくなったコアの右側へと、その進路を向けていた。


「全機、攻撃始め! ———コアの本体に、ありったけの飛礫弾を、叩き込めぇ!」


 気迫を前面に押し出したクラウスの合図に、横陣を敷いた人翼滑空機スカイ・グライダーから翠緑の弾丸が一斉に射出された。攻撃の手を休めることなく二射、三射と立て続けに風の飛礫が打ち出される。視界は瞬く間に無数の緑弾で覆い尽くされていた。


『グアオオオオオ!?』


 コアも残った左翼で体を覆ったり、向きを変えたりと必死に抗うが、今回はボクたちのほうに勝負の女神が微笑んでいる。

 片翼では捌ききれない緑弾は、その半分以上が確実にコアの本体へと命中した。風の飛礫は核の本体へ着弾すると、翠緑の輝きを消失するが、かわりに融合するように表面に付着してコアと同じく漆黒に染め上がると、液状に広がって、その体積を少しずつ肥大化させていく。


「マクリー! 撃って撃って撃ちまくってぇぇぇ!」


「わかってますよ! ふんぬぬぬぬぬぅぅ!」


 ガラスハッチ越しに見えるマクリーの後頭部が、うっすらとピンク色へと変色する。

 ボクは三点バースト弾が着弾するように、コアの抵抗に合わせてハンドルを微調整。


 ———一発だって無駄には出来ない。コアの動きを先読みするんだ!


 とどまることなく放たれる風の飛礫が、容赦なくコアへと降り注がれる。コアからしてみれば小さな緑弾だけど、しかし着実に少しずつ、コアを膨らませていった。


「———撃ち方やめ!」


 鋭い声がクラウスから届く。

 息を合わせたように砲撃がピタリと鳴り止んだ。僚機のノズルからは、硝煙代わりの緑の粒子がホタルみたいに暗闇を、淡く照らし出している。


『グアァァ! グギャアア! オオオアアアァァ!』


 体をくねらせ雄叫びを上げ続けるコアは、明らかに苦しそうで、この攻撃が無駄じゃなかったことにボクは安堵する。


「……どうだい嬢ちゃん。これくらい膨らませておけば、とどめを刺せるんじゃないかい?」


 いつものように飄々とした表情だけど、クラウスでさえ肩で息をするほどの集中砲火。きっとほかの僚機たちは、限界に近いのかもしれない。


 ———ならば、ここが勝負どころ!


「マクリー! いよいよアンタの出番だよ! 準備はいいかい!?」


「もちろんです! まだ吾輩の力はちゃんと残ってますから、安心してください、カズキ!」


 ボクの竜翼競艇機スカイ・ボートが一際輝きを発すると、周りの仲間の顔を照らし出す。

 ボクとマクリーに信頼を寄せている、その面持ちたちに包まれて。


「それじゃあ———行ってくる! みんな、少し離れててね!」


 ボクは仲間から託された想いをしっかりと胸に焼き付けて、竜翼競艇機スカイ・ボートを急上昇させた。

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