第1話 宴の中で
銀幕を見事破壊したボクたちは事後処理もそこそこに、町の広場で開かれたささやかな宴会を楽しんでいた。
銀幕に突入した航空戦闘部で編成された突撃隊は、全員が無事に『モン・フェリヴィント』へと帰還した。空賊と交戦した他の航空戦闘部や保安部、それに町の人たちにも、大きな怪我をした者はいない。
誰一人欠ける事なく、銀幕破壊という今までなし得なかった偉業を果たしたのだ。
生活部の女性陣が食材を惜しげもなく使って料理を作り、広場に並べられたテーブルの上に置いていく。皆がその料理に舌鼓を打ち、手にした木製のジョッキを誰彼構わず、手荒に打ち重ねている。『モン・フェリヴィント』の人々の喜びが、町の広場を覆い尽くしていた。
ボクは歓喜の輪から少し離れた場所で地べたに座り、
「なあカズキ。さっきから元気がないみたいだけど……やっぱり銀幕の中で何かあったのか?」
「……うん。でも今は話せないし、話したくないんだ」
ボクは抱き抱えているマクリーから視線を移さずそう答えた。全パワーを使い果たしたマクリーは、今だ眠ったままだ。
「そっか。なら俺も無理には聞かない。だけど、一人で抱え込むのだけはやめろよな。その抱えているものが重くなったら、カズキが一人で支えられなくなったら、その時はちゃんと俺に話してくれ。約束だぞ」
「わかった。……ありがとう、ジェスター」
ボクの気持ちを察してくれたジェスターは「後でこっちに来いよな。みんなカズキを待ってるからな」と言い残し、宴会の中心部へと戻っていく。再び一人になったボクは、マクリーの頭を撫でながら、銀幕内での出来事を反芻した。
みんなみたいに、正直手放しに喜べないよね。そりゃ銀幕を一つ、ぶっ壊した事は嬉しいけど……。
この世界の衰退は、地球の暗部が生み出したマーズの存在にある。ボクとは直接関わり合いがないにしても、地球から来た人間はこの世界にはボクだけだ。他人事として割り切れない。こう見えて、ボクは責任感が強いのだ。……自分でいうのもアレだけどね。
「……カズキ。隣に座ってもよいだろうか」
聴き慣れたイケボにボクは顔を上げる。今度はなんと、ヴェルナードの登場だ。
大方ボクを心配したジェスターが、ヴェルナードにその様子を話したのかもしれない。
「うん。いいけど。……お尻が汚れちゃうよ」
「何、構わない」
ヴェルナードはそう答えると長い足を折り、ボクと同じ様に地面に腰を下ろした。いつもは毅然とした立ち振る舞いのヴェルナードが、三角座りをする姿なんて初めて見る。
そしてこの三角座りは美しい。まるで彫刻の様な、神々しささえ感じさせる。
……しっかし、イケメンは何をやっても絵になるね!
別にヴェルナードには恋愛感情はまったくないけど、ボクだって年頃の女の子。美しいものは嫌いじゃない。むしろ大好物だ。しばらく眺めて、しっかりと目の保養をさせてもらうとしよう。
やがてヴェルナードがボクの視線に気づき目が合うと、悲しくも現実へと引き戻される。
おっと。見惚れてる場合じゃないよ。……ヴェルナードさんには、マーズの事をちゃんと説明しないと、だよね。
マーズの事は、まだ誰にも話していない。少なくとも『モン・フェリヴィント』のリーダーであるヴェルナードには、しっかりとありのままを伝えるべきだ。
「……ねえヴェルナードさん。ちょっと話があるんだけど、今いいかな?」
その言葉だけで、おおよその事を察したのだろう。ヴェルナードは無言で小さく頷いた。
心臓の鼓動が少しだけ早くなるのが自分でも分かった。マーズの話を聞いたら、ヴェルナードはどんな顔をするだろうか。
ボクはなるべくゆっくりと丁寧に、銀幕内での出来事———マーズに接触した事と、その出生に地球が関わっている経緯を説明した。
「……なるほど。大筋は理解した。『
表情を変えずにヴェルナードは、すんなりと事の次第を受け入れてくれた。ボクはもうちょっと嫌な顔をされたり、責められたりするものだと思っていたから、いささか拍子抜けな気持ちだ。
そしてヴェルナードの優しさに、心がほんのりと温かくなった。
『モン・フェリヴィント』に残る選択を選んだボクの心に少しだけこびり付いていた迷いは、その言葉で綺麗に洗浄された。
「だが、マーズの出生にカズキの世界が関わっている事だけは、口外してはならぬ。……一応念の為だ。マクリー殿にも口止めを促しておくように、其方から言い聞かせて欲しい」
ヴェルナードはそう付け加えると、スッと立ち上がる。そしてボクに手を差し出してきた。そして相変わらずの分かりづらい笑顔を、ボクに向ける。
「……さあ、皆の元へ参ろう。銀幕破壊の主役がいなければ、場が盛り上がらぬではないか」
ふわりと気持ちが軽くなったボクは、その手を借りて立ち上がる。
先に歩き出したヴェルナードの後を追い、盛り上がりを見せる人の輪の中へと、ボクは笑顔を浮かべて向かっていった。
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