第27話 始まりの日 〜その2〜

 話の尽きない楽しい昼食が「そろそろ店を閉める時間ですので……」とおずおず申し出る店主の言葉で終わりを迎えると、ボクたちはかなりの時間話し込んでいた事を知らされて、丁重にお礼と謝罪を繰り返しながら店を出た。


「すまんのぅ。二人に使いを頼んでしまって」


「気にするなよヘル爺。昼飯も御馳走になった事だしな。ちゃちゃっと行ってくるよ」


「別に明日でもいいんじゃぞい」


「どうせ今日はこれからやる事もないし……ドライブがてら保安部に行ってくるよ。それにヴェルナードさん、忙しいから保安部にいない事が多いしね。今日はいるって聞いてるから、渡せる時に渡しちゃうよ」


 帰り際、ヘルゲからヴェルナード宛の手紙を預かったボクたちは、CRF250Rマシンを停めてある町の西の外れへと歩いていく。


 町の西の外れには厩舎がある。保安部員は皆、自分の馬を所有しているので町にも厩舎が必要だ。ボクのCRF250Rマシンも厩舎の脇に停めている。


「やあ、カルにジャン。元気かい?」


 CRF250Rマシンを停めているすぐ隣の馬が、ボクたちを見てヒヒンと鳴いた。この馬たちは同じ警ら班員の愛馬だ。この時間に町の厩舎に馬がいるという事は、今日は非番か夜勤なのだろう。


「……俺も早く自分の馬を持ちたいな」


 ジェスターがポツリとそう呟いた。


 保安部員は自身で木札を貯め、家畜を管理している生活部から馬を購入しなければならない。もちろん飼育に係る費用も自己負担だ。だけどその分、貰える報酬は他の部署に比べると少し高めらしい。


 また、一度保安部に配属されるとその任期は長い。


 馬を購入してすぐ部署異動になってしまったら、維持費のかかる馬を持て余してしまうだろうし、何より馬がかわいそうだ。


 異動が難しい背景もあって、保安部配属のハードルがさらに高いのだとジェスターは言う。


 ジェスターにはいろいろお世話になっているけど、木札の事になると、どうにもボクには協力できない。ボクらはまだ見習い扱いで安月給なのだ。


 馬を羨ましそうに見つめるジェスターを何とかしてあげたい気持ちはあるけれど、ない袖は振れない。こればっかりは仕方がない。


 いつかジェスターには、違った形で恩返ししないとね。


「さ、行こうかジェスター」


 ボクの掛け声でジェスターがCRF250Rマシンの後ろにひらりと飛び乗る。


 ボクたちは町を西口から抜けると大きく右折をして北へと進路を取る。


 保安部の駐屯所を目指した、その矢先の出来事だった。



 ———ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン……。



 町から鐘の音が、けたたましく鳴らされた。


 鐘の音色は二種類あり、それぞれ回数で伝達する意味が決められている。


 刻を伝える鐘の音は澄んだ音色で、皆に行動を知らせる鐘は、今聞いている大きなバケツをガンガン叩いたような音なのだ。


 そしてその鐘が、一向に途切れる事なく鳴らされ続けている。


 これは明らかにおかしい。


「おいカズキ! 緊急事態だ!」


「え? なにー? 聞こえないよ?」


「だから! 緊急事態だ! 一旦止まってくれ!」


 ジェスターに後ろからガクガク揺らされて、ボクはマシンを急停止させる。


「ちょ、ちょっと危ないよ! 転んでケガでもしたら……」


 ボクが勢いよく振り向いた、その先には。


 ———大きく不気味な影が、西の空を覆っていた。



 ボクはこれから知る事になる。


 この『モン・フェリヴィント』が軍隊だという事を。


 そして、ここが決して平和で長閑のどかな世界ではない事を。



 空を覆う黒い影の来襲はボクを嘲笑うかの様に飲み込んで、その運命を大きく変えていく事になるのだった。

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