第26話 始まりの日 〜その1〜

 保安部の任務と『モン・フェリヴィント』の生活にもそれなりに慣れると、非番の過ごし方にも変化が現れる。


 バディを組んでいるジェスターとボクは基本的に非番の日が一緒だ。今日の非番はヘルゲの非番とも重なったので、三人で昼食を食べる約束をしていた。


 待ち合わせ場所の中央広場へと、息を弾ませボクは向かう。


「ごめーん! お待たせ!」


「本当にカズキはいっつも遅れてくるよな」


 そう言ったジェスターの顔に怒りの色はない。「ほぅ」とため息を吐きながら、諦め顔で冷ややかな目を向けてきた。


「まあまあ、そう言うなって。女子は」


「……女子は用意に何かと時間がかかる……だろ? もう聞き飽きたぞ。カズキの世界の女は、随分とのんびりしてたんだな」


 弁解のセリフを先回りされ、ボクはペロっと舌を出す。


 確かに言われてみれば、ここの女性は皆、ちゃきちゃき動いてよく働く。


 結婚して子供が生まれると生活部という部署に転属して、服飾や畜産や農業などに従事する。『モン・フェリヴィント』に専業主婦は一人もいない。


 皆、育児も仕事も両立しているキャリアウーマンなのだ。


「ふぉっふぉっふぉ。久しぶりじゃなカズキよ。元気にしておったかの?」


「ヘルゲさん! お久しぶりです! あれから一度も挨拶に行けないですみませんでした」


「なになに。そんな事気にせんでよいよい。お前さんたちが元気ならそれでええんじゃ」


 任務の時間帯がヘルゲと被っていたボクたちは、あの一件からなかなかヘルゲに会いに行く事ができなかった。


 それでもボクらは非番の日に一度、作業小屋に行ってみたのだが、その日はヘルゲも非番で会う事ができなかった。


 そんなすれ違いの日々を繰り返していたある日、ジェスターが街中で偶然ヘルゲとばったり再会し、ようやく今日の約束を取り付けたのだ。


 ボクたちは再会を喜び合うと、積もる話にうずうずしながらゆっくり話ができる場所へと目指す。


 この町に個人経営の店などない。日用品が買える店や食堂は、全てが生活部の管轄だ。


 ボクらは広場から少し歩いた所にある、その中でも数すくない食堂へと入った。


「いらっしゃーい……ませ!? こ、これはヘルゲ殿……!」


 昼の掻き入れ時が終わった店内で一息ついていた店主が、ヘルゲを見て飛び上がった。


 あの一件以来、ヘルゲとヴェルナードの血縁関係は町全体に広がって、その噂話はボクの耳にまで届いていた。まったり寛いでいた店主がこういう対応になるのも仕方のない事だ。


 ボクらは店主に丁重に、割と広めな奥の席へと案内される。


 昼食メニューは二種類しかなく、ボクとジェスターは肉料理を、ヘルゲは木の実料理を注文すると店主は慌てて厨房へと駆け込んだ。


「ははは。ヘルゲさん、すっかり有名になっちゃったね」


「やれやれ……ワシになんぞ気を使わんでよいのに。製造部でのんびり余生を送りたかったんじゃがのう」


「ヴェルナード様がうっかり言ってしまわれたからな、仕方ないよな」


 それを聞いたヘルゲが、眉を少しだけ上げて言う。


「まあ……ヴェル坊の名誉の為に言っておくが、あやつは決してうっかり口を滑らせた訳じゃないぞい。あの時ワシの素性を言う事で、カズキの処分をエドゥアにも納得させたかったんじゃろう。ヴェル坊と繋がっているワシの側に、反りの合わないカズキがい続ける事は、エドゥアにとっても何かと不都合じゃしな」


 なるほど。あのヴェルナードならそれくらいの事は考えて発言するだろう。


 でもだとしたら、ヘルゲはボクの為に知られたくない素性を明かされてしまったという事になり、ボクが原因でヘルゲに迷惑をかけてしまった事になる。


「……ほれカズキや。そんな暗い顔しなさんな。別にいつかはバレる事じゃし、それがちと早まっただけの事じゃ。お前さんは気にせんでええ」


 相変わらずのヘルゲの優しさが身に沁みる。


 ボクがヘルゲの優しさの余韻に浸っていると、大急ぎで料理をこしらえた店主が、大皿を手に駆け込んできた。


 出来立ての料理が醸し出す湯気と芳香に、喉と胃袋が小さな音を鳴らして反応する。


「さあ、温かいうちにいただくとするかのぅ」


 それからボクたちは出された料理を楽しみつつ、いろいろな話で盛り上がった。


 ヘルゲの素性を知ったエドゥアがボクらの抜けた穴埋めに、資材調達班へ班員を四人も補充した事。


 班員も増え採取できる資材も増えたので、オンボロ作業小屋の隣に新しい作業小屋が一つ、近々建設される事。


 そしてその結果、需要と供給のバランスが取れて武具生産班と建築班とも良好な関係が築けている事などなど。


 中でもボクとジェスターが一番食いついたのは、お堅い任務に関係する話じゃなく。


「……最近入った若い班員の話なんじゃがの。どうもあの作業小屋に幽霊が出るらしいんじゃよ」


「ええっ? ……本当かよヘル爺!?」


「ワシも聞いた話なんじゃがな。……なんでも霜風の鐘の後、どうしても終わらせたい作業があって小屋に残っておったら、男の声や女の声や、笑い声なんてものまで、どこからともなく聞こえてきたそうじゃ」


「……本当なの? その子の聞き間違えじゃないの?」


「それがのう。その時もう一人いたのじゃが、其奴にも聞こえたらしいんじゃ」


「……よし! それじゃ今度は俺がその幽霊を見つけてやる! 幽霊なんている訳ないからな!」


「ふぉっふぉっふぉ! これは頼もしい事じゃて」


「えー! ボクはヤダよ。ジェスター一人で肝試ししてきてくれよな」


「ちょ、ちょっと待てカズキ! お前は俺のバディだろ!? 一緒に来てくれよ! 俺一人じゃ……怖いだろ!」


 ゴシップ話に興味を抱き、盛り上がるのはどこの世界でも変わりない。


 ヘルゲの笑い声につられて、ボクとジェスターも顔を見合わせ笑い合った。

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