第68話 航路変更
空が白み、暁天の星たちが次第に色褪せ始めている。陽が完全に昇り切る前には、銀幕が視界に捉えられるだろう。
二本目の銀幕接近当日の早朝、ボクらは風竜の右翼を覆う丘陵地帯にいた。
長さだけでもゆうに100mはあるだろうその翼の前面には、ドラム缶サイズの
航行部を訪れた時、部員の皆が握っていた鉄のレバーから加護の力を流し込んで、ここから推進力として排出される仕組みになっているらしい。
今回はその力を利用して、右翼全面に加護の防御壁を作り出す。
そして銀幕を守るバリアを突き抜けて銀幕の壁を四散させ、その内部へと突貫するのだ。
正面から吹く風が、航空戦闘部の戦闘服の上から着込んだ赤の
ヘルメットを小脇に抱え、勝負服に身を包み、ボクの準備は万端だ。
母竜から貰ったボートも傍で、
ボートは白一色に塗り直され、コックピット後方からポールが垂直に延び、ボートと水平に
クラウスが命名したこのボート———
推進力はマクリーの力を必要とする。なのでマクリーの搭乗が必須なのだけど、ただでさえ狭いコックピットに翼の支柱が取り付けられたので、マクリーを乗せるスペースがほとんどない。
そこで新たにボート前方、カウルの前にマクリー専用の座席を作ってもらったのだ。
船体をくり抜いた形で作られた専用座席は、丁度マクリーの顔だけがぽっこりと出る高さに調整されている。加えて風圧対策として強化ガラスで作られた半球状の開閉式
さらにおまけで、船首デッキ部分にはこの世界の文字で「カズキ」と書かれてある。『大切な物には自分の名前を書きなさい』と、これはボクの親愛なるおじいちゃんからの教訓だ。
もちろん
なので今回はボート改造にあやかって、ででんと名前を書いてもらったのだ。
通常なら後半月はかかると言っていたボクの
昼夜を問わずかなり無理をして作業をしてくれた事は、ボート完成当日に「俺の生涯最高傑作って言っても言い過ぎじゃねぇ。大事に使ってくんな」と、誇らしげに言ったテオスの目の隈からも伺い知る事ができた。
本当に感謝の言葉が見つからなかった。
その後二日間、みっちりとクラウスによって飛行訓練を行った。
ヴェルナードとの約束には訓練の日数が一日足りなかったけど「嬢ちゃんはスジがいいんで大丈夫です」と、クラウスが太鼓判を押してくれた事により、ボクは今、
銀幕攻略まで全員が一丸となり、全てが順調に進んでいた様にも見えたけど、実は意外な落とし穴もあった。
『そう言えば吾輩、カズキの
通常の風竜の航路で進み、風竜の航行惰性と銀幕までの距離を見計らい、一番ロスが少ないポイントでマクリーに風竜の進路を変えてもらう。
航行部で算出したその片道の航路時間は二時間だ。マクリーに進路を変えてもらうのは片道だけでいい。
何故なら風竜は意図して進路を変えられても、その干渉がなくなれば自らの意思で決まった航路に戻っていく。なので復路の心配はない。
航行部でヴェルナードに「二時間いけるか」と問われた時、マクリーは余裕の発言をしたけれど、これはあくまで銀幕まで風竜を操る事についてのみだ。
ボクが突撃隊に同行する事が決まったのはその後で、実際に
ボクが元の世界に帰るにしても、マクリーと
なので30分の時間があると言っても、帰路もしっかり計算に入れれば実際の行動時間はもっと短くなる。
銀幕接近まで残り二日を切ったタイミングでのこの事実。
ボクの同行が許可された時点で、マクリーへの負担に関して誰も思い至らなかったのは、迂闊と言えばそれまでだけど、皆それぞれに課された任務を懸命に遂行してきたのだ。仕方のない事なのかもしれない。
そしてだからこそ『モン・フェリヴィント』一丸となって準備してきたこの
そうなると当然、余分な箇所は弾かれるのが自然の流れだ。ボクの同行を見直す声が上がる中、それに反対してくれたのは意外にも思慮深いヴェルナードだった。
『一度交わした約束を反故にするのは信義に背く。カズキの同行について許可をしたのは私だ。全責任は私が取ろう』
なんてカッコイイ台詞なのだろうか。
ボクはまだ乙女だし、会社勤めとかした事ないけど、場面が変わりこんな台詞を面と向かって言われたら、間違いなくボクのハートはノックアウトされただろう。
……あ、だけどヴェルナードさんに惚れるなんて、やっぱないない。あの人の面倒臭い所、たくさん知ってるからね。
今日これまでの皆の協力に感謝をしつつ、ボクは空へと視線を戻す。
陽が少しだけ地平線から顔を出し、眩しい陽射が皆の顔を照らしていた。誰もがただ真っ直ぐに、間もなく視界に入るであろう銀幕に向け、強い決意を固めた顔だ。
急拵えで設置された右翼と航行部を繋ぐ伝声管から、少々くぐもった声が聞こえてきた。
「……ヴェルナード様……まもなく……航路切替地点に到達します……合図のご確認を……お見逃しなく」
ナターエルからの知らせを受け、ヴェルナードがボクを呼ぶ。マクリーを胸に抱いたまま、ボクはヴェルナードの側に近づいた。
左前方———航行部の建物がある方向から、緑色の球体が数発打ち上げられた。
連絡係として待機している保安部員からの風の
「マクリー殿、航路変更を。右に12度の方角です」
ヴェルナードの言葉に対し小さく頷いたマクリーは、地上戦の時に見せたやや甲高い咆哮を放つ。
「アオオオオオオオオオンンン!!」
それに呼応する様に風竜は右に向かってグググと傾き、多少の振動が足元を揺らす。
振動はしばらくすると収まって、航路を変えた風竜が水平飛行に戻った事を知らせてくれる。これで後は銀幕まで一直線だ。
伝声管から聞こえてきたナターエルの
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