第71話 突入

 空を切り裂く様にして、竜翼競艇機スカイ・ボートは上昇する。


 上空で嘲笑う様に火炎瓶を投下する空賊の人翼滑空機スカイ・グライダーに向かって挑発する様に異常接近ニアミスすると、マクリーに減速を伝え、機体の向きを水平に戻す。


「な、なんだあの機体は!?」


「おい、ありゃ大物じゃねえか? パイロット操縦者って機体を持ち帰れば、たんまり褒美がもらえそうだぜ」


 胸クソ悪いセリフが聞こえるくらい、空賊たちとの距離は近い。ボクも負けじと挑発した。


「やーい。アンタたちになんか捕まる訳ないでしょ!? 悔しかったらここまでおいでー」


 空賊たちの目つきに殺気が籠り、ボクに向かって滑空し出した。ボクはマクリーに向かって指示を出す。


「マクリーあそこ! あそこでいいよ」


「了解なのです」


 竜翼競艇機スカイ・ボートは進路を少し変え、緑の軌跡を残して進む。そしてすぐに合図を出す。


「マクリー! ここで解除!」


 ボクの合図にマクリーが応えると、竜翼競艇機スカイ・ボートを包み込む緑の皮膜が一瞬で消えた。


「……へへへ、おい見ろよ! アイツ失速してやがるぜ!」


 すぐ後ろに迫った一機から、薄ら笑いとほぼ同時にボウガンの矢が飛んできて、ボクの耳元を掠めていく。


 ……うわっ! あぶなっ! 


 それでもボクとマクリーを乗せた竜翼競艇機スカイ・ボートは減速しながら下降を続ける。


 ボクはスロットレバーの反対側の、右側のレバーを勢いよく引いた。テオスが最高傑作だと自画自賛したギミック仕掛けが作動する。


 まず最初にレバーに連結されたワイヤーが、左右に広がる翼を中央に畳む。

 

 するとそれに連動して畳まれた翼が後ろにパタンと倒れ込むと、コックピット後方の垂直に伸びた支柱が前方に傾いて、ボクの頭スレスレでピタッと止まる。


 ちょうど横から見たら、いびつな逆Zの形に見えるかもしれない。


 滑空に必要不可欠な翼を極限までに小さく畳んだ竜翼競艇機スカイ・ボートは、そのまま雲へと着水する。


 それと同時にボクは、左手のスロットルレバーを力強く握り込んだ。



「……なっ!? あ、アイツ、雲の上を走ってやがる!!」


 今この時だけは、ボクの機体は「竜翼競艇機スカイ・ボート」ではない。


 本来の競艇ボートとしてのあるべき姿が、ここにある。


 躍動感溢れる走りで、時に跳ね、雲飛沫を巻き上げながらグングンとスピードを上げていく。



 ———これがボクの専用機、マクリーの力とエンジンの力を併用したハイブリッド竜翼競艇機スカイ・ボートだよ!!



 マクリーの力で空を飛び、雲の上ではエンジンの力で雲を走る。エンジンを始動しっぱなしなのが唯一の難点だけど、2ℓちょいのガソリンタンクは、フル走行でも10分くらいは走れるし、マクリーの力も雲の上では温存できる。



「……く、くそっ! なんて速さだアイツめ! 全然追いつけないじゃねえか!」


 と、言ったかどうか定かではない。声が届かない程に空賊たちは遙か後方だ。

 

 多分だけど悔し紛れにそんな事を言っているのだと勝手に思う。


 何せ雲の上での走行は、加護の力で滑空する『モン・フェリヴィント』の人翼滑空機スカイ・グライダーよりも速いのだ。空賊たちが追いつける筈がない。


 ボクはあっと言う間に空賊たちを引き離し、雲の浮力を楽しみながら、風を感じて舵を切る。


 傾いた船体が雲を一層巻き上げて、曲線の軌跡を作った。



 ……そろそろ時間かな。十分空賊たちを引きつけたよね。



 雲の端まで走らせると、小さく見える右翼の皆がボクを呼んでいた。


 それに応えてボクはそのまま雲から空へと飛び出した。船体は弧を描きながら落下する。


 右側のレバーを90度左へ回し、今度は力一杯押し込むと、さっきと逆の動作で翼が復元されていく。


「マクリー! 出番だよ!」


「はい、なのです!」


 船体はマクリーを起点として再び緑色の輝きを取り戻すと、機体は『竜翼競艇機スカイ・ボート』へと戻る。


 急下降で右翼まで戻り着陸すると、銀幕はもう目の前だ。


「よくやってくれた嬢ちゃん。ギリギリセーフだ」


 クラウスがそう言った次の瞬間、右翼全面の防御壁が一瞬だけブルンと震えた。ここが謎の銀幕を守る、見えない壁なのかもしれない。その証拠に頭上の空賊たちが、見えない壁に弾かれた様に進路を変えた。


「皆、衝撃に備えるのだ!」


 ヴェルナードがそう叫ぶと、風竜はそこを起点に左へと急旋回する。

 

 見えない壁を突き破り、広げた右翼の先端が銀幕へと到達する。右翼が銀幕に突き刺さる形となって風竜は空中で停止した。


 右翼を守る加護の防御壁がてらてらと光沢を放つ銀幕を弾いていて、まるで大きな滝にぽっかりと空いた洞窟の様だ。


 そして突き刺さった右翼が、その洞窟へと導く道標だ。


「この状態を維持するには、航行部の防壁とマクリー殿次第だ。あまり時間は残されてないと考えた方がいい。保安部がその誇りに掛け、銀幕の突入口は確保する。……後は任せた、クラウス」


「任されたぞ航空戦闘部野郎ども!! 航行部や保安部がしっかり男を見せたんだ! ここで俺たちが下手打ったら、奴らに申し訳がたたねぇ。……いいか! 任務は銀幕調査とその破壊だが、第一優先は自分の命でいい。無駄死にだけはするんじゃないぞ!」


 ヴェルナードが想いを託しクラウスが航空戦闘部に檄を飛ばす。仲間の命に配慮するその言葉は、確かにボクたちの胸の奥底まで伝わった。


 ……レディが一人ここにいるのに、野郎どもってのがちょっと引っかかるけどね。


 人翼滑空機スカイ・グライダーが薄く緑に輝きながら次々と離陸した。そして地を滑る様に低空で滑空すると、連なりながら銀幕内部へと突入していく。


 ボクの竜翼競艇機スカイ・ボートも若葉色の皮膜を纏うと、その最後部へと続いていった。

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