第16話 油断

 程なくして空賊たちの黒い機影が遠くに見え始めた。大体30機程度だろうか。旗艦となる空賊の無意識竜は、以前に見たそれより少し小さめだ。

 こちらはクラウスの隊を含めて五隊いる。戦闘班リーダー、クラウスの隊は五機編成。なのでボクたちの機体は計17機。倍程度の数なら敵じゃない。


「いいか! 保安部が二手に分かれ、町と北の草原に配置している。町上空の制空権は絶対に死守だ。町の頭上を保安部と一緒に守りつつ、俺たちは空賊どもを風竜の上に追い立てて、できれば北の草原あたりで撃ち落とすんだ。不時着した空賊どもは保安部が捕縛する。各隊連携を怠るなよ!」


 その言葉を皮切りに、二隊が先行して町の防衛へと向かう。ボクたち希竜隊は空賊撃墜の役目だ。


 クラウスともう一隊で横並びになると、空賊たちを風竜側に包囲する形で、薄い横陣を敷く。空賊たちも数を頼りに向かってきたり、高低差をつけて揺さぶってくるけど、問題ない。なにせ空賊の基本武器———ボウガンと、ボクらの加護の力を元とした風の飛礫つぶてでは、その射程は三倍以上違う。


 パパパン! パパパン!


 町の防衛に向かった二隊は、小さな飛礫つぶての三連射で威嚇を繰り返し、空賊を町から遠ざけ追い立てた。空賊たちの人翼滑空機スカイ・グライダーがボクらの包囲の網にかかる。


「よし! 落とせ!」


パパパン! パパパン! パパパン! パパパン! パパパン! パパパン!


 クラウスの合図で、ボクらは遠距離から拡散三点バースト砲を連射した。夜空に瞬く星の様に、小さく煌めく無数の飛礫つぶてが空賊たちに襲いかかる。


 翼に二、三箇所穴を穿うがてば、空賊たちの人翼滑空機スカイ・グライダーは揚力を失い下降していく。旗艦となる無意識竜はボクらの包囲網の後方だ。空賊たちだって死にたくないに決まっている。いよいよ飛行不能となれば、風竜の上に不時着するしかない。三機、四機と空賊たちが風竜に不時着すれば、保安部がすぐさま駆けつけてて空賊を捕縛する。気がつけば、すでに20機近くを撃ち落としていた。


 後方の無意識竜からパラパラと黒い粒が、再度放射された。空賊たちの第二陣だ。15機強はいるだろうか。


「ちっ。今回は小せえ竜だってのに、やたら艦載機が多いじゃねーか。……よし、俺の隊ともう一隊は、第二陣に向かう。希竜隊は残りの敵の撃沈だ。……コルネーリオ。お前、希竜隊についてやれ」


「……新設隊のお守りって訳ですか。分かりました、クラウス様」


 むっ! そんな言い方ひどくない? 確かにウチの隊の撃墜数はたった三機だけどさ!


 マクリーはドーム型に覆われた座席から拡散三点バースト砲を両手に構え、上下左右に撃ちまくっているが、これが一向に当たらない。マクリーの射撃のセンスは、はっきり言ってゼロに等しいと思う。


「マクリー! もっとしっかり狙って当ててよね!」


「カズキ! もうちょっと機体を右に向けてください!」


 ボクは言われた通り、ステアリングを動かして機体を右に傾ける。マクリーが右側の空賊に向かって三点バーストを連射するも、小さな飛礫つぶては明後日の方向へと飛んでいった。


「どこ狙って撃ってるんだよ!? アンタ、射撃手兼動力担当でしょ! しっかりしてよね!」


「ちょっとカズキ! 我輩の役割の方が断然多いですよね!? 文句ばっかり言ってますが、自分で言ってて違和感とか感じないのですか!?」


「ふっ……ボクはね、速く走れればそれでいいんだ。他の事には興味ないのさ」


 竜翼競艇機スカイ・ボートの高性能さを無駄に垂れ流しているボクらの脇を、副官のコルネーリオがトップスピードで通過した。

 錐揉み回転でボウガンの矢を避け空賊に近づくと三点バースト砲を発射して、狂いなくその翼に三つの風穴を空ける。早くも一機を撃墜した。


 やや突出したコルネーリオに向かって三機の空賊が包囲する。


 ……三機に囲まれらたら、いくらなんでもまずいって! 助けに行かないと!


 だがコルネーリオは動じない。ボクが助けに動き出そうとする前に、コルネーリオは空に浮かぶ小さなな雲に向かって上昇した。


 ……ああ! 雲にぶつかる! 


 ボクがそう思った瞬間、コルネーリオは身を翻して雲を蹴り、反転した。


 ……え? 今のって何? 曇って蹴れないよね? ふかふかでスカスカしてるよね?


 コルネーリオの足の裏には、緑のお皿の様なものが光っていた。


 ……あれは確か、ギスタたちと戦った時に見た事がある様な。保安部が奇襲攻撃の時に使う「馬の蹄を浮かせるお皿」に、とても似ていると思う。 


「あれがコルネーリオ様の美しい戦い方なのです。私たちは加護の力のコントロールを人翼滑空機スカイ・グライダーの推進力と風の飛礫つぶてで精一杯なのに、コルネーリオ様は加護の力の使い方がとてもお上手で、ああやって足に加護の力を分配させて、雲の反動を利用して華麗に舞うのです」


 フェレロがうっとりとした目で説明した。


 ……あれ? フェレロってもしかして、そう言う事? コルネーリオの事が好きなのかな?


 コルネーリオは小さな雲を次々と蹴り、アクロバティックな飛行を繰り返し空賊を二機撃墜した。


 ……伊達に副官を名乗ってる訳じゃないんだね。


 こちら依然としてムキになったマクリーが、無駄弾を惜しみもなく放出中だ。当る気配すら微塵にも窺えない。射撃手としては全くもってポンコツである。


 一方でフェレロはコルネーリオの勇姿に目が釘付けになっていた。


 ……フェレロ、わかりやすいね、君は。


 パーヴァリも、コルネーリオの戦いを唖然とした表情で眺めている。


 コルネーリオを取り囲む空賊は残り三機だ。もうこのままコルネーリオに全てを任せてしまおうかなと思ったボクは、重大な事に気づき血の気が引いた。


 ……残りの空賊は10機以上いた筈だ。数が合わない。



 完全に油断してしまった。



 その刹那、背後から鋭い風切り音が近づいてきた。


「きゃああああぁぁぁ!」


「ふぇ、フェレロー!」


 その風切り音の正体———ボウガンの矢が、フェレロの右肩に深々と突き刺さった。

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