第17話 生まれた絆

「大丈夫かい! フェレロ!」


「は、はい、カズキ殿。……なんとか」


 ボウガンが刺さった痛々しい傷口から鮮血が滲み出て、スカイブルーの戦闘服を赤色に染めていく。傷は深そうだけど、命に別状はなさそうだ。だけど早く帰還して傷の手当をしないと……!


 しかしそれは叶わない。ボクが退却の指示を出す前に、またも後方からボウガンの矢が次々と襲いかかった。空賊たちが五機、矢を放ちながら向かってくる。


「後ろ! 全員回頭!」


 短く指示を出したけど、完全に不意を突かれた格好だ。ボクは上昇しながら矢を躱す。パーヴァリもなんとか矢の弾幕から逃れたけど、傷を負ったフェレロは対応が遅れてしまった。


 ボウガンの矢が二本、フェレロの人翼滑空機スカイ・グライダーの翼を貫通すると、機体はグラリとバランスを崩す。三本目の矢が運悪く人翼滑空機スカイ・グライダーのフレームにカツンと刺さると、翼がめきりと悲鳴をあげて、あらぬ方向へとねじ曲がる。そしてフェレロと共に落下した。


「きゃああああああああああ———」


「フェレロ! ボクに捕まって!」


 竜翼競艇機スカイ・ボートを急降下させると、ボクは落下中のフェレロに手を伸ばす。フェレロは傷の痛みで顔を歪めながらも腰に巻きつけた固定ベルトをどうにか外し、左手を差し伸べてきた。


 ボクの右手とフェレロの左手が絡み合う。顔が赤くなるくらい「ふん!」と力を入れてフェレロを竜翼競艇機スカイ・ボートのデッキまで持ち上げる。フェレロの人翼滑空機スカイ・グライダーは落下の風圧で翼を飛散させながら墜落した。


 フェレロはマクリーのガラスハッチにしがみ付く格好で、なんとか体勢を整えた。中のマクリーも心配そうな顔でフェレロを見ている。だけどこの状態じゃ、さすがに戦える訳がない。


「パーヴァリ! 逃げるよ! 援護をお願い!」


「……ちっ! 分かってるよ! うおおおおおおおお!」


 やけくそ気味にパーヴァリが拡散三点バースト砲を連射すると、空賊たちは蜘蛛の子を散らした様に離れていく。ボクはフェレロが落ちない様に緩やかに上昇する。弾幕を張り終えたパーヴァリも、遅れてボクの後に続いた。


 上昇をさらに続け大きめの雲の上を見つけると、竜翼競艇機スカイ・ボートの翼を畳んで『競艇ボート仕様』に変形させて、雲に着水すると身を隠す。パーヴァリもボクらを見つけ、近づいてきた。


「……す、すみません、カズキ殿。大切な人翼滑空機スカイ・グライダーを破壊されてしまって……」


「何言ってるんだい! そんな事より命の方が大切だろ!」


 ボウガンの矢はここでは抜かない方がいい。とりあえず止血だけでもしないと。ボクは戦闘服を捲り上げると、裾を引きちぎる。その切れ端でフェレロの脇と肩を強く縛った。


 応急処置が終わり、雲の切れ端からそっと顔を覗かせる。空賊の人翼滑空機スカイ・グライダーたちは50mくらい下の空で、ボクらの事を探し回っていた。


「……で、隊長さんよ、どうするんだ? このままの状態でアイツらと一戦やらかすのは、いくら隊長さんでも無茶ってもんだぜ。逃げるにしたって……同じ事だろう?」


 パーヴァリが言っている事に間違いはない。このままフェレロを乗せたままでもなんとか飛行はできるけど、スピードを上げればフェレロが振り落とされてしまう。それでは流石のボクも空賊たちの網から逃げ切る自信はない。それにマクリーのガラス蓋を覆う形でフェレロは体勢を維持している。拡散三点バースト砲は使えないのだ。


 だからといってこのままここにい続けていても、いつかは見つかってしまうだろう。


「……パーヴァリ。君が助けを呼んできてくれないかい?」


「そうしたいのは山々なんだけどな。空賊たちからアンタらを守るのに、加護の力をほとんど使い果たしちまったんだよ。……なんたって隊長さんのご命令だったからな」


 強がって憎まれ口を叩いてはいるが、肩で息をしているところを見れば、本当の事なのだろう。


 人翼滑空機スカイ・グライダーを失って深傷ふかでを追っているフェレロを抱えたままで、加護切れのパーヴァリとこの窮地を脱するには……。


 ボクがこの状況を打破するべく考えていると、フェレロは何を思ったのか、肩の傷を押さえながらゆっくりとデッキに立ち上がった。


「……私が機体を失ったのがいけないのです。私さえいなければ……」


 そう言い残すと、フェレロは竜翼競艇機スカイ・ボートのデッキから身を傾けた。


 危ない! 咄嗟に思った時には体はすでに動いていた。ボクは操縦席から身を乗り出して、落下寸前のフェレロをギリギリの所で受け止めた。


「……お願いですカズキ殿。……どうか死なせて……」


 それ以上は言わせない。ボクは彼女の頬をピシャリと強めに叩いた。

 案の定、フェレロは続く言葉を飲み込むと大きく目を見開いた。


「———バカ! 何言ってるんだアンタはっ! ボクらは同じ隊の仲間だろ!? 一人だけ勝手に死ぬなんて、ボクは絶対に許さないからね!」


 叩かれた頬を押さえながらフェレロは驚愕の表情でボクを見る。その表情がゆっくり崩れ始めると彼女の茶色い瞳は、ポロポロと溢れる涙に溺れ出した。


「うぐぅ、ひっくっ…………カズキ殿ぉぉぉ!」


 ボクの胸に顔を埋めて泣くフェレロの頭を、よしよしと優しく撫でてあげる。


「……で、でもよぉ、隊長。このままじゃ打つ手がないぜ。空賊たちも高度を上げてきているし、そろそろ気付かれるのは時間の問題だ」


 確かにそうだ。このままではどの道見つかって三人ともやられてしまう。一番動けるボクが助けを呼べに行ければいいけれど、機体の大きな竜翼競艇機スカイ・ボートだから、なんとか二人乗っかっていられるのだ。パーヴァリにフェレロを預けられない。人翼滑空機スカイ・グライダーでは二人の重量を支えるのは到底無理だ。


 ならパーヴァリに助けを呼んで貰えばいいが、彼は加護切れだ。普通に風まかせに飛んでいては、空賊の的になるだけ。


 せめて、パーヴァリに加護の力が少しでもあれば。……ボクの竜翼競艇機スカイ・ボートみたいにマクリー豆タンクがついていれば……。




 …………んんっ? マクリー?




 ボクはハッチを開き、マクリーの顔を両手でむぎゅっと挟み込んだ。


「マクリー! アンタ、加護の力を誰かに少し分け与えられるよね? ……できるでしょ! できるって言って!」


「むぎゅぅ……こ、これはほぼ脅迫ですよカズキ。……で、できますよ、できますけど……まずはその手を離してください……」


 ならばよし! 強制的に自白させました!


「じゃあ、パーヴァリに加護の力を分けてあげてくれよ!」


「えー。吾輩、男に触られるのは嫌なのむぎゅぅ!?」


「アンタねぇ! 今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう!? このままじゃ全員やられちゃうんだよ!」


 ボクは再び両手でマクリーの顔を挟み込む。フェレロとパーヴァリは、ボクらのやりとりに目を白黒させていた。


「わ、わかりましたから! だから……その手を離してください!」


「最初から素直にそう言えばいいんだよ、まったく」


 ボクとマクリーは暫く睨み合うと、同時にプイっと横を向いた。その様子を見て、まだ瞳に涙を震わせていたフェレロがクスリと笑うと、パーヴァリの表情もどことなく柔らかくなる。


「……えっと。じゃあ、マクリー殿に触ればいいんですかね」


 そう言って伸ばしたパーヴァリの手を、マクリーの小さな手が邪険に払い除けた。


「……悔しいけど、吾輩の頭を触っていいのはカズキだけなのです。……手」


「……はい?」


「だから! 手を出すのです!」


 完全に八つ当たり状態のパーヴァリに、ボクはちょっとだけ同情した。パーヴァリがそおっと差し出した掌に、マクリーが嫌そうにちょこんと指を乗せる。その指先が光ると、パーヴァリの体が薄い緑の幕に包まれた。


「う、うおおおおおおお!? な、なんだこれは!? 加護の力が一瞬のうちに全快した……!」


 発光する緑の膜がパーヴァリの体に染み込むと、彼の人翼滑空機スカイ・グライダーが翠緑の輝きを取り戻す。ボクはパーヴァリに向き合うと、両のまなこでしっかりと見据えた。


「……君は前、ボクにこう言ってたよね。『速度スピードなら誰にも負けない』って。その台詞セリフ、ボクも好きなんだ。……後は頼んだよ、パーヴァリ」


「へへ。……その言葉、撤回するぜ隊長。速度スピードは隊長がピカ一だ。俺は『モン・フェリヴィント』で二番目でいい。……必ず援軍を呼んでくる。待っててくれ!」


「うん! 信じてるよ!」


 パーヴァリはふっと笑みを浮かべると、少しだけボクから目線を逸らした。

 そして目を合わせないまま小さな声で「今まで悪かったよ、隊長」と言い残し人翼滑空機スカイ・グライダーを急発進させると、そのまま急降下する。


 雲の切れ間から下を覗くと、空賊を自慢のスピードで撹乱しているパーヴァリの姿が見えた。そのままあえて空賊に追われる形をとりながら、ボクらの側から敵機を引き離すと、遠くに見える味方の機影まで今度は猛スピードで向かっていった。


「これでひとまず安心だね。きっとすぐにパーヴァリが味方を呼んできてくれるよ。……傷は痛むかい? フェレロ」


「いえ……大丈夫です! カズキ!」


 頬を赤らめ目を潤ませたフェレロが、ボクを見てそう答えた。



 ……んん? 何か違和感を覚えたんだけど……気のせいかな?

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