第18話 報告と告白

 パーヴァリが無事に味方を引き連れ戻ってくると、ボクらは味方に護衛されながら風竜へと帰還を始めた。まばらに散った残りの空賊たちは無意識竜に戻って行くと、航路を変えて撤退していく。

 竜の背に到着するまで竜翼競艇機スカイ・ボートの舵を操るステアリングホイールを握るボクの手を、フェレロがずっと握っているのは何故だろう?


 丘の上の滑走路に降り立つと、すぐさま整備班が駆けつけてきた。

 もしかしたら撤退は偽装で、また空賊が襲ってくる可能性だってある。安全が確認できるまで、気を抜けない。帰還と同時に竜の背に降りた隊員たちが、その身に加護の力を貯め始めると、整備班が機体のメンテナンスの準備に取り掛かる。ここは整備班の腕の見せ所でもある。


「帰還した機体はくまなくチェックしろ! 外傷がない様に見えても気を抜くな! 赤子の爪程度の小さな傷一つでさえ、絶対に見落とすなよ!」


 キアフレートがそう鼓舞すると、整備班が各機へと散っていく。「無事のご帰還、何よりです!」と若い整備班員が声を掛けてきた。

 ボクはそれに応えると、操縦席コックピットから飛び降りて、フェレロに手を貸し機体から降ろす。フェレロはすぐに整備班が用意した担架に乗せられると、そのまま治療小屋へと搬送された。


 戦闘後は各隊長が集まって、戦況報告と被害報告をする義務がある。ボクはハッチを開いてマクリーをリュックに詰めると、重い足を引きずる様に駐屯所へと向かう。

 駐屯所の広い会議室には、今回出撃した隊長三名がすでに集まっていた。三人ともボクと同じ『1つの月章ファースト・ムーン』の将校月持ちだ。クラウスに促され、各々が誇らしげにその戦果を報告していく。とっても気が重い。いよいよボクの番が迫ってきた。


「……どうした嬢ちゃん。黙ってたら何もわからねーじゃねーか」


 言い淀むボクに向かって、クラウスの催促が入る。

 ボクはぽそりと小さな声で、言いたくない戦果を告げた。


「……希竜隊、敵機撃墜三機、僚機撃墜一機」


 周りの隊長たちがどよめいた。今回出撃したのは五隊。敵機は50機弱いたはずなのだ。戦果としてはあまりにも少なすぎる。それに大なり小なり機体の損傷はあるものの、人翼滑空機スカイ・グライダーを撃墜されたのはボクの隊だけだ。他の隊長の視線が氷柱つららの様に冷たく刺さる。


「ま、隊として初陣じゃ、しょーがねーな。……隊員は無事なんだろうな?」


「そ、それはもちろんだよ! 機体は失ったけど、フェレロは無事さ! ケガをしちゃったけど……」


「次頑張れよ、と言って終わりにしたいところなんだが、俺も一応役目があってな。戦果が少ない理由と僚機撃墜の経緯を聞かせてくれないかい?」


 理由なんて……言えるわけない。


 射撃手のマクリーが想像以上にポンコツで。フェレロがコルネーリオの戦いに見とれていて。ボクが敵機に後ろを取られるほど油断していたなんて。どの口が言えようか。唯一撃墜した三機は、すべてパーヴァリの戦果である。


 ボクがごにょごにょ言い渋っていると、コルネーリオが口を挟んできた。


「希竜隊の戦果が他の隊より著しく少ない要因は、隊長機である竜翼競艇機スカイ・ボートの攻撃の正確さに欠ける事と、各隊員の緩慢さ。それに最大の失態は隊長であるカズキの状況判断の甘さにあると言えます」


「まあ、その程度は俺も予想はしていたさ。その上でコルネーリオ、お前を付けたんだけどなぁ」


「お言葉を返す様ですが、私は残機の半数を撃墜としました。まさか五機程度も相手にできないなんて……これは私の想像の範疇外です。クラウス様」


 コルネーリオは絶対零度の流し目で、ボクを見ながら反論した。


 ……くっそう。ぐうの音も出ないよ!! でもフェレロがぼーっとしてたのは、アンタのせいでもあるんだからね!


「わかったわかった。そう責めるなって。嬢ちゃんは隊を率いての戦闘は初陣なんだ。その辺にしてやってくれや。……嬢ちゃん。新しい人翼滑空機スカイ・グライダーは二、三日中に用意する。だが、いい加減に見える戦闘班俺たちにも一応規則はあってな。人翼滑空機スカイ・グライダーの損失が過失と判断された場合、懲罰があるんだよ。フェレロは翌月の報酬は半減、カズキは三割減だ。……次は期待してるぜ、嬢ちゃん」


 クラウスのその言葉でボクを吊るし上げた報告会がようやく終わると、CRF250Rマシンを走らせ診療小屋へと向かう。今は何よりもフェレロの容体が心配だ。


 診療小屋に着いて扉を開ける。室内では今回の戦闘で負傷したフェレロを含めた戦闘班員が三名、ベッドに寝かされゲートルードの治療を受けていた。


「やあカズキ、久しぶりですね。フェレロの傷なら心配いりませんよ。矢尻に毒を塗られていた様子もありませんし、傷は骨まで達していません。七日もすれば任務に戻れますよ。まあ、この中で一番深手なのは間違いありませんが……ああ、これは失言でしたね」


 ゲートルードの失言が、ボクの心をチクリと刺す。

 フェレロが寝ているベッドの側に腰掛けると、ボクは深々と頭を下げた。


「ごめんフェレロ! 君がケガをしたのも人翼滑空機スカイ・グライダーを失ったのも、全部ボクがいけないんだ。隊長のボクがもっと周りを気にしていれば……それに言いづらいんだけど、君の来月の報酬が減額になっちゃったんだ……」


「い、いえ……そんなカズキ様に謝っていただく事ではありません。人翼滑空機スカイ・グライダーを失ったのは私の不注意ですから……」


 両手を広げて恐縮するフェレロを見ながら、ゲートルードが優しい口調で語り出した。


「……カズキも立派な将校月持ちになりましたね。自分の過ちを認めて部下に頭を下げる事は、簡単に見えますがなかなかできる事ではありません。そうやって互いに信頼し合えれば、カズキの隊はこの先きっと、強くなりますよ」


「ゲートルードさん……ありがとう……」


 負傷した他の隊員もボクらのやりとりに温かい眼差しを投げかける。美しく場が幕を閉じようとしたその時、背中から「うぉほん」と咳払いが聞こえてきた。


「……まあ今回は、吾輩のおかげで事なきを得ましたが、カズキも吾輩を見習って……」


 ボクは後ろ手でマクリーを捕まえると、そのままリュックから引っこ抜いた。

 逆さになったマクリーを目の前まで近づけると、唾を飛ばして言い放つ。


「———こぉのぅマクリー! よくもまあそんな事が言えたもんだね! アンタの目玉はビー玉か何かなのかい? 射撃がてんでへっぽこじゃないか! アンタはこれから毎日射撃訓練! イヤだっていうんなら晩御飯のドングリを減らすからね!」


「そ、それはイヤなのです! 本当は……少しだけ反省しているのです。吾輩も頑張りますから!」


 逆さで謝るマクリーの姿を見て、診療小屋内に笑い声が飽和した。


「カズキ様……私も早く傷を治して、マクリー殿と一緒に訓練に参加させてください。……それと、わ、私、カズキ様を……お慕い申し上げております……」


「……へっ?」


 それを聞いたゲートルードの眼鏡がキランと煌めき「ほほぅ」と呟く。他の隊員たちからの好奇の目も集まった。


 

 今回の空襲で絆を深めた希竜隊。

 だけど、変な路線へと向かわない事を願いたい。

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