第48話 カシャーレとの戦い 〜その1〜

 瓦礫で炉を作って最低限の暖を取り、遠くで唸る姿の見えない魔獣を交代で追い払いながら日の出を迎えると、それを待っていましたとばかりに遺跡を取り囲む様にして、武装した集団が姿を現した。


「———おいヴェルナード! お前、やっぱりなんか隠してやがったな。たいそうイイ物見つけたらしいじゃねえか。悪い事は言わねえ、ソレをこっちに寄越しやがれ。お前らの大切な竜様にも、兵を出してある。援軍は期待できねえぜ。俺が笑っている内が、お前らに与えられた考える時間だ。ゆっくり考えろとは言えねえ……なんせ俺の笑顔は、そんなに長くは持たねえからな」


 保安部の皆が持つ直刃とは違い、反りが入った禍々まがまがしい大刀を肩に担いだままギスタは二、三歩前に出るとそう叫ぶ。


 ヴェルナードの予想通り、最悪の展開になった。ざっと見渡して見ても200人くらいはいるだろうか。こっちの10倍の人数だ。


「……皆、よいか。作戦通りに行動する様に。必ず援軍は来る。そう信じて戦うのだ」


 瓦礫を胸くらいまでの高さに積み上げた壁の後ろに身を隠しながら、ヴェルナードが周りを見渡し確認する。


 壁沿いに横へと広がり配置についている部員たちは、皆一様に頷いた。どの部員の目にも、ヴェルナードの言葉を信じる強い光が宿っている。


「……返事がねえ。それがお前の答えって訳か。———おい野郎ども! 竜の影に隠れなきゃ何もできない寄生虫どもを、切り刻んじまいやがれぃ!」


 ……ちょっ、待ってよ! いくらなんでも早くない!? まだ10秒も経ってないよ! どんだけ笑顔が苦手なヤツなんだよ!?


 ギスタの怒号を合図として、カシャーレのならず者たちが弾かれた様に一斉に襲いかかってきた。


 雄叫びが空を覆い、地面が軽く振動する。


 100人単位の人間が、殺気を剥き出しにして武器を携え突進してくるのだ。この恐怖は筆舌に尽くし難い。


 ボクがひぃぃと頭を抱えて壁に深く隠れると、アルフォンスの太い声が響き渡った。


「———今だ!」


 全保安部員が一斉に、壁から身を乗り出して風の飛礫つぶてを打ち放った。


 統率や戦術といった要素は欠片もなく、数を頼りにただただ我先にと襲いかかってきたギスタの部下たちは、無防備にその攻撃を食らって前列の人間からバタバタと倒れていく。


 やはりこちらが飛び道具を持っているとは知らなかったのだろう。


 止む事のない薄緑色の球体に倒されていく仲間を見て、流石のならず者たちも足を止め、じりじりと後退りを始めた。

 

 それとは逆に、後方にいたギスタが人混みを掻き分けて身を乗り出す。


「どうしたぁ! 進みやがれ!」


「で、ですがカシラ! アイツら妙な飛び道具を持ってます。それに言ってたよりも人数も多いみたいです。もしかしたら、昨日の内に仲間を呼んだんでしょうか?」


 目の前に累々と横たわる仲間を見たギスタは、「あの野郎!!」と言いながら報告をした部下を殴って当たり散らす。


 そのまま思いつくままに悪態をつきながら群れの中へと消えていくと、程なくしてならず者の集団たちは20mくらい後退した。


「思いのほか上手くいった様だ。……あとは時間との勝負になる。どれだけ時を稼げるかで、我らの命運が決まる」


 身を伏せながらヴェルナードはそう呟くと、周りの部員たちに労いの言葉を掛け始めた。


「まだやれます」とか「なんのこれしき」とか、どの部員も強がってはいるけど疲労困憊の様相は隠せてない。上官に、しかも『モン・フェリヴィント』のリーダーであるヴェルナードの前なのだから、もう少し襟を正して答申したいところだけど、これでいいのだ。


 だってこれは、昨晩ヴェルナード自身が立案した作戦通りに動いた結果なのだから。


 その作戦とは『モン・フェリヴィント』の最大の武器、風の飛礫つぶてを知らないギスタたちに、手痛い先制パンチを与える事。


 昨晩皆を集めてヴェルナードはこう言った。



『———数で圧倒的に劣る我らの真の勝利が何かと問われれば、すなわち少しでも時を稼ぐ事になる。彼らは我らの攻撃方法を、おそらく知らないだろう。こちらを少数と侮り、彼らがまだ油断をしている最初の戦闘で少しでも多くの敵を倒すのだ。後の事は考えなくていい。全力で攻撃してくれ』


 さらにヴェルナードは壁に隠れて動き回り、位置を変えながら風の飛礫つぶてを発射しろと付け加えた。


 あちらこちらから数多く発射して兵を多く見せ、もしかしたら援軍がきたのかもしれないとギスタたちが疑心暗鬼に陥ってくれれば上出来だ。


 普通に戦っては圧倒的兵力差で詰められて、必ず敗北する。


 ならば最初に全力近くの先制攻撃で少しでも兵力差を埋め、相手の見知らぬ攻撃と兵の実数を惑わす事で膠着状態を作り出す事が、この作戦の最大の狙いなのだ。


 だけど、その代償も大きかった。壁に隠れながら位置を変えつつ、風の飛礫つぶてを連射し続けたのだ。どの部員も壁を背にへたり込み、肩で大きく息をしている。


 風竜の上———『モン・フェリヴィント』なら、随時風竜から加護を受けつつ体力の続く限り発射し続けられる風の飛礫つぶても、遠く離れたここからでは風竜の加護は受けられないらしい。


 上陸前に溜めていた加護が尽きれば、風の飛礫つぶては撃てなくなる。

 

 今回は地上の護衛任務という事で、各部員たちは加護を目一杯に溜めたみたいだけど、無限ではないのだ。


 加護をその身に受ける量が人一倍多く、ボクらの頼みの綱でもあるヴェルナードも、昨日の『紙飛行機型救難連絡』で相当量の加護を消費してしまっているとの事だ。


 風の飛礫つぶて———遠距離攻撃ができなくなれば、後は単純な肉弾戦になるだけだ。


 そうなれば寡兵で、さらに体力さえも半減したボクたちに勝ち目は全くない。



 ボクはそろりと覗き込み、壁の向こうの景色を見る。


 後先考えない全力の先制攻撃は、それでも半数近くのギスタの部下たちを地に伏せさせていた。


「ねえアルフォンスさん。あの攻撃に当たると、……死んじゃうの?」


「いや、死にはしない。だが少なくとも半日は目を覚まさないだろう」


 大きな体を小さく屈め、壁に隠れるのが辛そうなアルフォンスがそう答える。


 ……辛そうなのは、体を屈める姿勢のせいだけじゃないんだよね、きっと。


 援軍が来れば、馬蹄の響きできっとそれが分かるはずだ。


 息の荒いアルフォンスを見ながら、ボクはその音が耳に届くのを今か今かと待ちわびた。

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