第43話 元凶、再来

 高いトーンで閉鎖された銀幕内にこだまする、耳障りな幼い哄笑。

 忘れもしないこの声色。ボクはこの声の主を知っている。


「やあ。久しぶりだねカズキ。ふふ……君はまだこんな世界に残っていたんだね」


 クツクツと笑いを噛み殺しながら、この世界の招かざる来訪者———マーズが空中に姿を現した。


「……マーズ! アンタ……!」


「君は地球で夢があるんじゃなかったのかい? ご両親もさぞ心配しているはずなのに……こんなところでウロチョロしていて、それで本当によかったのかい?」


「う、うるさいっ!」


 ボクはハッチを開けてマクリーを腕に抱えると、銀色の瞳に視線を戻した。


「アンタのせいで……アンタがいるから、ボクはこの世界に残ったんだ!」


「そりゃどうも。光栄だね。君にそんなに想われているなんて、僕は知らなかったよ」


「だ、誰がアンタなんか……!」


 マーズはその顔から笑顔を消し去ると、銀の瞳を鋭く細めて言い放った。


「だけど君たちは、少々やりすぎた。ここのコアは僕が手を加えた、お気に入りのヤツだったんだ。それを倒してしまうなんて……温厚な僕も、流石に少々カチンときたね。残念だけど、君たちはここで消えてもらうことにするよ」


「今すぐ伝令を。アルフォンスに援軍要請を伝えてくるのだ。残りは直ちに陣形を組み直す。カズキとコルネーリオは空から援護を頼む」


「うん! 了解だよ!」


 ヴェルナードの指示にしたがって、ボクたちは互いの愛機に飛び乗り緊急発進。

 ———制空権は渡さない!


 揺らめきながら宙に浮くマーズに接近した。


 目線の高さを同じにして空中停止。マーズとの直線距離は、5メートルほどだ。

 マーズと対峙するのはこれで二回目だけど、実際に攻撃手段は見たことがない。これ以上は流石に迂闊に近づけやしない。


 マーズとボクたちの間には、今にも破れてしまいそうな張り詰めた空気が横たわっていた。


「ふぅ……本当は地球の人間に直接手を下すのは、気が乗らないんだけどなぁ」


 手のひらを上に向け、首を左右に小さく揺らすマーズにボクは無性に腹が立った。


「……だったらさ! この世界の人たちにも、おんなじ気持ちを持ってよね!」


「前にも言ったじゃないか。この世界は僕の大切なエネルギー源。この世界に巣食う人間なんて、大切な食糧に集る寄生虫くらいにしか思っていないよ」


「……だったらその寄生虫がどれだけのものか、見せてやろう」


 いつもは冷静なコルネーリオが、マーズに向かって突撃した。


「ま、待ってコルネーリオさん!」


 ボクの声には一切耳を貸さずに、静かな怒りに身を焦がしたコルネーリオがマーズに迫る。飛礫弾を一射すると、ひらりと機体を旋回させてまた一射。コルネーリオお得意のアクロバティックなヒットアンドウェイだ。


 だけど……恐るべきはマーズだった。

 迫りくる飛礫弾を右手一本で難なく捌く。


 コルネーリオの飛礫弾は、アクロバットな飛行と共に予測不能な角度から飛んでくる。にも関わらず、マーズは視線をボクから逸らすことなく、背後からの攻撃でさえ片手で弾き返してしまう。不敵な笑みを浮かべたまま、まるで体についた埃でも払い除ける手捌きで、コルネーリオの猛攻をじっくりと吟味しているかのようだ。


「くっ……当たらない……!」


「なかなかよい攻撃だ。寄生虫からうるさい蝿に、格上げしてあげるよ。……でも、それももう飽きたかな」


 マーズは空いた左手を、軽く上へと突き出した。


 手のひらから銀色の弾丸が放たれると、まるで進路を予測したかのように、コルネーリオの人翼滑空機スカイ・グライダーの右翼を粉砕した。


 と、衝撃で宙に放り出されるコルネーリオ。


「マクリー!!」


 ボクが叫ぶとほぼ同時に、竜翼競艇機スカイ・ボートは翠緑の流星となって落下するコルネーリオへと突き進む。

 地面まであと数メートル。どうにか彼の体を受け止めて、最悪の事態だけは回避した。


「す、すまないカズキ……」


「遠慮なんていらないよ! 仲間なんだから!」


 そのままゆっくりと地面に近づき、コルネーリオを保安部員へと引き渡す。直撃は免れたものの、粉砕された人翼滑空機スカイ・グライダーの小さな破片が体のあちこちに刺さり、スカイブルーの戦闘服が赤く滲んでいた。


「うん、そうだね。いっそここで戦おうか。羽のない地上の蛆虫たちも一緒に潰せるからね」


 いつの間に下降してきたマーズの声が、頭上から降り注がれた。


 地上から数メートルの高さでほくそ笑むマーズに対し、ヴェルナードたちが剣を構える。

 その時だった。


「ヴェルナード様ぁぁぁぁ! 今参りますぞおおぉぉぉ!」


 地をも揺るがしそうな野太い声。だけどとても温かく、頼れる声の主———アルフォンスが、ジェスターも含めた残りの保安部員数騎を従えて、勇猛果敢に向かってくる!

 そしてさらには。


「ヴェルナード様! ご無事ですか! 嬢ちゃん! 生きてるか!」


「おいカズキ! 俺様が今助太刀に行くから待ってろよ!」


 マーズの放った銀弾で、異常を察知したのだろう。上空からクラウスとマクシムたちが急接近。宙に浮かぶマーズに驚きつつも頭上を包囲。


 ボクたちは地上と空からマーズを挟撃する形を整えた。


「これで全部かな? 役者不足は否めないところだけど……まあいいよ。せいぜい僕を楽しませてよね」


 それでも尚、余裕の表情を浮かべるマーズに、ボクはえも言われぬ恐怖を覚えた。

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