第44話 戦力差

 不敵な笑みを浮かべるマーズを『モン・フェリヴィント』の猛者たちがを取り囲む。


 地上には、ボクらの絶対的支柱にしてその戦闘力も群を抜いているヴェルナードと頼れる副官、折れることない不屈の闘志を持つアルフォンス。それに闘い慣れした保安部員が30名。

 上空では機体数は少ないものの、航空戦闘部戦闘班を率いるクラウスと、『メーゼラス』の戦闘大好きやんちゃ坊主のマクシムが、マーズの頭上を抑えている。


 戦力としては十二分。これが普通の相手だったら、ボクは何も心配することはなかっただろう。


 だが相手はあのマーズなのだ。どうしたって一抹の不安を拭いきれない。

 現に当の本人マーズには、ちっとも焦りの色が伺えない。


 これだけの人数を前にしても尚、自分は絶対に負けないと、確固たる自信の裏付けからくる余裕なのだろうか。たくさんのおもちゃを前にして、実に嬉しそうに幼い笑顔を浮かべるマーズに、ボクは戦慄した。


 どうやらヴェルナードも、それを否応なしに感じ取ったようだ。


「よいか! 相手の外見に油断をするな! 慢心を捨て細心の注意を払いながら、戦うのだ! 集中しろ! 一時たりとも気持ちを切らすでないぞ!」


 張り詰めた面持ちのまま味方を鼓舞し、ややもすると隙が生じてしまいそうな容貌のマーズを、強敵だと認識した。


「さあ、睨めっこは終わりにしよう。今回はコアじゃなく、僕自らが君たちの相手をしてあげるんだ。これは滅多にないことだよ。できれば光栄に感じてくれれば、僕としても出張ってきた甲斐があるんだけどなぁ」


 軽口を言うマーズに対し、ヴェルナードは一切取り合わない。相手のペースに付き合う必要はまるでない。戦いにおいての鉄則だ。


「クラウス! 左右に散開しろ! 保安部全員、飛礫弾の発射準備を!」


 ヴェルナードが射線上のクラウスたちを左右に割り、地上の保安部員に指示を飛ばした。各々が構えた剣に翠緑の皮膜が纏っていき、加護の力が充填されていく。


「———撃て!」


 鋭く放ったヴェルナードの言葉に、保安部全員の剣から飛礫弾が撃ち放たれる。30発の緑弾は、まるで吸い寄せられるかのようにマーズ目掛けてほとばしった。


 ———流石にこれなら、いくらマーズでも……!


 無数の緑弾を前にしても、マーズは表情を変えることなく微動だにしない。

 飛礫弾がマーズに直撃する、その瞬間だった。


 両手を前に突き出したマーズの前に、銀色の壁が一瞬のうちに顕現すると、飛礫弾を一つ残らず弾き返した。


「……な、なんだと!?」


 アルフォンスが顔を強張らせ驚愕する。

 あの数の飛礫弾を、いとも簡単に防ぐだなんて。


 マーズの防御は鉄壁なのか。いきなり力の差を見せつけられたボクたちは、その格差に喫驚するも、すぐに全員の瞳は鋭く尖り、ギラついた眼光をマーズへと向けた。


 誰一人、心に灯る闘志の炎は消えちゃいない。


 だけど圧倒的な戦力差は、気持ちだけで埋められるほど、浅くはなかった。


 マーズが防御壁を後方へと再展開して、クラウスたちからの攻撃に備えると、


「じゃあ今度は僕のターンだね。さて、何秒くらい持ち堪えてくれるか、楽しみだよ」


 地上のボクたちへと牙を向けた。マーズの両手から速射砲のように放たれる、禍々しい銀弾の嵐。


 地上の保安部員たちへと向かい、寸分違わずに着弾する。


 加護の力を纏った剣の腹でどうにか初弾を受け止め返した保安部員たちも、矢継ぎ早に繰り出される弾数に押され、剣を弾かれると、凶弾の餌食となってしまった。


 一人、また一人と仲間たちが倒れていく。


 ボクは竜翼競艇機スカイ・ボートの機動力で、どうにか雨のように降り注がれる銀弾を躱しているけれど、騎乗した保安部員では、そうもいかない。


 銀弾を避けながヴェルナードの元へと竜翼競艇機スカイ・ボートの舵を切る。

 ヴェルナードとアルフォンスはマーズの連弾を捌いているものの、反撃する余裕なんてまるっきりないくらい、差し込まれている。


「ぬうぅぅぅぅぅぅ!」


「ハハハハハ! こんなちっぽけなものなのかい? 君たちの力ってやつは! 仲間とか絆とか、そんな不確かで形もなく口だけの脆い自己満足なんて、絶対的な力の前には、まるで無力! どうすることもできないのさ!」


 ボクは唇を噛み締めた。

 ……悔しいよ。とっても悔しいけど、何も言い返せない。言い返す言葉を持ち合わせちゃいない……!


「カズキよ、地上のことは我らに任せるがいい」


「で、でも!」


「其方にはまだ残されているものがあるではないか。誰よりも速く駆けられる、その自由な翼が。クラウスたちと合流してマーズを抑えて欲しい」


「ヴェルナードさん……」


 ヴェルナードは窮地に晒されているのにも関わらず、一つ小さな笑みを溢した。


「———わかった! 行ってくる! そしてマーズを……なんとかしてみせる!」


 竜翼競艇機スカイ・ボートは力強く発進すると、大きな弧を描いて地面スレスレを低空飛行で滑空する。機体を傾けて最小限の動作でマーズの放つ銀弾を躱すと、地面に着弾する度に、土煙が高く立ち登った。


 マーズの視界の死角へと滑り込み、竜翼競艇機スカイ・ボートは伸び上るように急上昇。


「マクリー砲【ライト】 発射準備!」


「了解です!」


 竜翼競艇機スカイ・ボートの船首に凝縮された希望の光を宿しながら、ボクはマーズに向かって突き進んだ。

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