第29話 恋のライバル

 この場の空気が一瞬で凍結した。これは決して比喩じゃない。ボクの頭も凍りつき、フリーズ状態だ。


 ……よめ、読め、夜目……よ、よ、よ、嫁ぇぇぇぇえええええ!


 嫁って奥さんになれってことだよね!? 結婚しろって意味であってるのかな!?


 ボクがあたふたしていると、我に返ったジェスターが目を吊り上げて馬を寄せてきた。


「ちょっと待て! カズキはマクリー殿の継母なんだ! なんで『メーゼラス』に嫁に行かなければいけないんだ!」


「なんだお前は。……まあいい、よく聞け。カズキが火竜に嫁げば、きっと火竜にも後継竜が生まれやすくなるだろう? ……それに何より」


 マクシムが目尻を下げ、形の整った口の端を上げてボクを見る。


「……俺様が、カズキを気に入ったからだ」


「か、カズキを気に入っているのは、お前だけじゃ……ないぞ!」



 なんだろう、このシチュエーションは。今まで生きてきて、こんなよだれが出そうな場面に出くわしたことなんてない。……ありがたや、ありがたや。



 マクシムとジェスターが睨み合いを続ける中、仲裁に名乗りを上げたのは意外にもクラウスだった。


「ちょっと待った。二人とも、肝心な事を忘れてやしないかぃ? この嬢ちゃんの気持ちをまったく考えないなんて、俺はどうかと思うがねぇ」


 二人の視線が同時にボクへと向く。


 ……そんなん今すぐ決められる訳ないじゃんかぁ!


 ボクの頭の中シリンダーではピストンが激しく上下して、血液を爆発させていく。走行不能。思考停止。もはやオーバーヒート状態だ。

 火照りが自分でもわかるくらいに、顔には熱を帯びている。


 何も言葉がでないボクを見てしたり顔のクラウスは、戯けた調子で両手を広げ、争う二人に近づいた。


「……と、いう訳だ、二人とも。……まさか『メーゼラス』頭目の御子息様も、強引に人攫いのような真似はしないだろぅ?」


「あ、あたり前だ!」


「まあ、時間はたっぷりとあるんだ。焦らずに若い者同士、ゆっくり仲良くなればいいさ」


 ちょっと……クラウスさん。この状況、楽しんでない?


 

 マクシムとセドリックを連れて一通り『モン・フェリヴィント』し終わると、ボクらは最後に町へと向かう。

 広場に着くとカトリーヌと生活部の数人が、待ち構えていた。


「ヴェルナード様、ご客人のお部屋の用意は終わりました」


「カトリーヌ、感謝する。……明日この広場にて二人の紹介をさせてもらう。今日はゆっくり休んで欲しい。食事は部屋に運ばせよう」


「色々なお心配り、ありがとうございますヴェルナード様。これから一年、マクシム様をよろしくお願いします」


「礼には及ばんセドリック殿。我らは共闘を誓った同志なのだ。何か不都合があれば遠慮なく申してくれ。可能な限り善処しよう」


 セドリックが頭を下げると、マクシムも小さく頭を下げた。カトリーヌに案内されて、住まいとなる部屋へと向かう。


 その背中を見つめながら、ボクは大きなため息を吐いた。


「はぁ……今日は本当に濃くて疲れた一日だったよ……」


「ふむ。そういえばカズキに労いの言葉もまだだったな。よくやってくれた。カズキがあのレース競走で勝利しなければ、何も前には進めなかった。深く感謝する」


「うん……でも半分はマクリーのおかげだしね。フルパワー使ったみたいだから、また丸一日くらいは目を覚まさないと思うよ。その言葉、明日マクリーにも言ってあげて。きっと喜ぶから」


 ボクは背中に手を回し、リュック越しにマクリーをそっと撫でた。

 リュックの布越しでもマクリーはほんのりと温かい。


「そうだな……マクリー殿が目を覚ましたら、何かご馳走を用意しなければならないな」


 夕日に照らされたヴェルナードの顔が、わずかばかり緩んだ。疲れたような、ほっとしたようなそんな顔だ。彼も『モン・フェリヴィント』のリーダーとして、大変な一日だったに違いない。


「さてと嬢ちゃん。明日は特別休暇だ。マクシム殿でも連れて、町を案内してやってくれ」


 クラウスのその言葉に、ジェスターが嫉妬のこもった目を向ける。


「……っとと。なんか俺が恨まれそうなんで、やっぱり休暇は取りやめだ。明日も任務だ。広場での挨拶の後、マクシム殿とセドリック殿を航空戦闘部まで連れてこい」


「ええええええ! そ、そんなぁ……!」


 そっぽをむくジェスターに、クラウスが笑いながら近づいた。互いに馬上同士。クラウスがジェスターの頭を腕で手繰り寄せる。


「……絶対カズキを取られるんじゃないぞ、いいな」


 小さな声で言ったつもりだろうけど、夕暮れ時の風は気まぐれだ。その小声が悪戯な風に乗っかって、ボクの耳にも届いてきた。

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