第28話 賓客のご案内

『メーゼラス』の客人を連れて風竜に降り立つと、マクシムは次第に離れ小さくなりつつある火竜を、断崖の上からじっと見つめていた。


 父親似の精悍なその顔には少しだけ、哀愁の表情が浮かんでいる。


「マクシム坊ちゃん、お父上……イラリオ様はきっと一年後もご健在でございますよ。そう気を落とさずに」


「ば、バカ! ち、違げーよっ! 全然違うし! 別に『メーゼラス』や父上と離れて寂しいなんて、これっぽっちも思っちゃいねぇ!」


 ……なんだろうこの子。もの凄くわかりやすいなぁ。


「それにセドリック! その『坊ちゃん』はやめろって何度言えばわかるんだ! これからは絶対に『マクシム様』って呼ぶんだ! いいなっ!」


「仰せのままに……マクシム様。それで貴方様の悲哀ひあいなお心が、少しでも晴れるのなら……!」


「だーかーらー! 違うって言ってんだろうがっ!」


 てのひらで顔を覆い両肩を小刻みに震わすセドリックと、その横でギャンギャン叫んでいるマクシムは、しばらく放っておいてよいのではないだろうか。


 どう扱ってよいか分からずに、暫く二人のやり取りを傍観していたボクたちだったが、やっぱりこの人が黙っちゃいない。果敢にもヴェルナードが二人の間に割って入った。


「さて、少し話をしてよいだろうか。……まず二人の住居についてだが、町の広めな部屋を用意しよう。そのほうが『モン・フェリヴィント』のことをよりよく知ってもらえるだろう。……それとマクシム殿。ただ一年のんびり暮らしているのでは、折角『モン・フェリヴィント』に来て頂いた意味が希薄きはくになる。幸い人翼射出機スカイ・ジェットを所持している故、カズキと同じ航空戦闘部に所属するのは如何だろうか」


「航空戦闘部……要はアンタらの空飛ぶ乗り物の戦闘部隊ってことか」


「理解が早くて助かる。そのリーダーが、このクラウスだ。……よろしく頼む、クラウス」


 クラウスは少々引きつった顔で、コクリと頷いた。


「さて、セドリック殿。貴殿は何か希望はおありか? できる限りの配慮はするつもりだ」


「私はマクシム様のように人翼射出機スカイ・ジェットを所持しておりませんし、操ることもできません。ですが、イラリオ様の言いつけを守り、マクシム様をお守りする役目がございます。マクシム様と行動を共にできる様、同じ部隊への配属を希望します」


「了承した。クラウス、この件のことは任せたぞ。……では我が故郷『モン・フェリヴィント』を案内しよう。二人とも、馬には騎乗できるであろうか」


「へっ! バカにするなよな! 見た目はちょっと違うけどよ、似た生き物が『メーゼラス』にだっているんだよ!」


 マクシムはそう言ってアルフォンスが連れてきた馬に跨った。驚いた馬が暴れるが、手綱で強引に馬を御す。対照的にセドリックは、絹のようにふわりと優しく騎乗した。


 ヴェルナードを中心にアルフォンスとクラウス、それにジェスターが加わって、『メーゼラス』の御一行ご案内メンバーが集まった。ボクもCRF250Rマシンに駆け寄ると、キックスターターを手前に起こし、飛び乗ると同時にエンジンをかける。鋭いエンジンノイズにマクシムとセドリックが、目を見開いてこっちを見た。


 低速でみんなの元へ近づくとマクシムが、少しも驚きを隠そうともしない顔のまま、ボクの側まで馬を歩ませてきた。


「お、おい、カズキ。その妙な乗り物も加護の力で動いているのか? い、いや、その前に……それは乗り物なのか?」


「これはね、『バイク』っていう乗り物なんだ。そして加護の力で動いているモノじゃないんだ。……話せば長くなるから、後でゆっくり教えるよ」


「そ、そうか。……いや、実に興味深い乗り物だ。後でたっぷり教えてくれよな!」


 マクシムが馬首を返すと、ヴェルナードが馬を走らせる。彼を先頭として『モン・フェリヴィント』の草原に、六頭の馬とCRF250R《マシン》が躍動した。


「おい、セドリック! この『モン・フェリヴィント』は緑が豊かで風が気持ちいいな!」


「仰る通りです、マクシム様。『メーゼラス』にも森や川はありましたが、これほど広い緑地はありませんでしたから」


 大興奮のマクシムを連れながら草原を抜け北へ進路を向けると、大きな丘が見えてくる。それを迂回しながらいただきまで登ると、航空戦闘部の本拠地へと到着した。

「ここが航空戦闘部だ。後で貴殿の人翼射出機スカイ・ジェットもここに運ぶよう手配する」


 興奮冷めやらぬマクシムは、好奇な目で丘をきょろきょろと眺め始めた。

「……カズキの乗っていた確か……竜翼競艇機スカイ・ボートって言ったっけ? それと同じ機体はないんだな」


「うん。あれはね、母竜から特別に貰ったボクだけの、ボクのための、ボク専用の乗り物なんだよ。だから一機しかないんだ」


「……どういう事だ?」


 あの会談の場では時間の都合上省略された、ボクがボートを貰った経緯をヴェルナードが説明する。さらにマクリーの存在も打ち明けた。


「……マクリー殿はこの風竜の後継竜なのだ。母竜の意思を信じれば、四体の神竜は同時期に生み出されている。ともすれば、貴殿ら火竜の寿命も残りが近づいていると同時に、後継竜が誕生する可能性は大いにある」


「……なにぃぃっ! 何でそれをもっと早く言わねぇ!」


「マクシム様。もう少し言葉遣いには気をお使いください」


 セドリックの進言をヴェルナードは軽く手で制して話を続ける。


「マクリー殿から直接聞いた話なのだが、すぐ神竜の寿命が尽きるという訳ではないようだ。なので一年後の再会の時に、話そうと思っていた。……それにお互いに信頼し合うには、少々時間が掛かった故」


 マクシムは舌打ちと共にバツの悪そうな顔を地に向ける。

 住むところも違い、初めて話をする相手なのだ。別に『メーゼラス』の対応が悪いわけじゃないと、ボクは思う。それでも迎えた側からしてみたら、多少なりとも時間の掛かった腹の探り合いは、負い目に感じてしまうのかもしれない。


 ボクが素直に「意外にイイ奴なのかもしれないな」なんて感じていると、マクシムはヴェルナードに視線を戻した。


「でもよぉ……何でカズキなんだ? どうしてカズキが育ての親に選ばれたんだ?」


「それに関しての理由は定かではないが、カズキが『落人おちうど』だからではないかと推測している」


「お……『落人おちうど』ぉぉぉお!?」


 セドリックがいち早く、ヴェルナードの回答に驚く自分のあるじを見た。


「マクシム様。きっと我々で言うところの『天の裁き』のことではないでしょうか?」


「……数年に一度、空から人や異形な物が落ちてくる、あの『天の裁き』か!」


「呼び方は違えど、おそらく同じ事象だろう。そしてカズキは奇跡的に助かったのだ。カズキは……ここではない、違う世界から飛来してきたのだ」


「……ようやく繋がってきたぞ! そうかそうか! そういうことだったのか! 道理でカズキは『モン・フェリヴィントここの』の人間と、匂いが違うと思っていたんだ」


 ……ええっ!? ボク、そんなに匂うのかな!?


 ボクがくんかくんかと自分の匂いを嗅いでいると「その匂いじゃない」と言いながら、マクシムが馬をゆっくりとボクの前まで進めてきた。


「カズキ……。お前、俺様の嫁になれ」

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