第27話 レース結果

 ボクは畳まれた翼にしがみ付き、体の向きを船尾に向けていた。

 風圧に耐えながら、徐々に近づく人翼射出機スカイ・ジェットの背を凝視して、腹の底から声を出す。


「いっけぇぇぇぇぇぇ! 抜けぇ! 追い抜けぇぇぇぇぇ!」


「……ざ、ざけんじゃねええぇぇぇぇぇ! 負けるかよぉぉぉぉ!」


 ついに並ばれたマクシムも、裂帛れっぱくの雄叫びを上げる。


 イラリオとヴェルナードが立ち並ぶ小高い丘を、二機がほぼ同時に通りすぎた。



 ———どっち? どっちが勝ったの!?


 ……いや、まずはそれよりも!



「マクリー! まだ意識ある!? ……ねえマクリー! 返事をしてってば!」


 伝声管に口を当て、必死にマクリーに呼びかける。しばらくしてふにゃふにゃな声が返ってきた。


「……ふぁい? ま、まだ起きてますけろ……もう限界らのです……」


「もうちょっとだけ頑張って! ヴェルナードさんたちのところまで戻るよ! それまで寝ちゃダメ!」


 操縦席右側のレバーを引き戻し「フライト形態」に竜翼競艇機スカイ・ボートを変形させる。

 マクリーの最後の力で浮力を得ると、ボクはヴェルナードたちがいる丘を目指して舵を切る。どうにか丘にたどり着くと、竜翼競艇機スカイ・ボートから飛び降りてハッチを開き、半目のマクリーを抱え上げた。


「ヴェルナードさん! 急いで帰る準備をして! マクリーの力が限界なの! ……それと、どっちが勝ったの!?」


 ボクから見てもほぼ同時。どっちが勝ちと言われても、おかしくないタイミングだ。丘の下ではレースを見守っていた『メーゼラス』の群衆ギャラリーがざわついていた。


 メガホンのような拡声器で、一人の男が声をあげる。


「えー。着順が確定するまでお手持ちの投票券は、無くさないようにお願いします! 繰り返します……」



 ……ええ? ちょ、ちょっと! ボクらのレース競走で賭けてたのぉ!?

 こ、これが『メーゼラス』のノリなのか!



 間を置かず人翼射出機スカイ・ジェットも到着する。操縦席コックピットから転がるようにマクシムが駆け寄ってきた。


「———父上! どっちが勝ったんだ!? 俺だよな?」


「……あれを見てみろ、マクシム」


 イラリオが指差したその先は、ボクの竜翼競艇機スカイ・ボートのエンジンだった。よく見ると、赤い網目のようなものが付いている。


「うげぇ! ぼ、ボクのボートにヘンな模様がぁぁぁぁぁ!」


「ヘンな模様とは随分だな、カズキ。……あれは俺の加護の力を細い糸に変えてこの空に張った、ゴールネットだ。どっちが勝者か分かりやすいだろ? それに擦ればすぐ消える。心配するな」


「……え、じゃあ……」


「ああ、カズキ。お前の……『モン・フェリヴィント』の勝ちだ」


「勝者……カズキで確定です!」


 メガホンを持った男がそう叫ぶと、『メーゼラス』の群衆ギャラリーから大歓声が湧き起こる。ところどころで小さな紙が空に向かって投げ始められた。イラリオに賭けたハズレ券なのだろうか。


 紙吹雪が舞い散る中、呆然としていたマクシムが突然、気でも触れたかのように笑い出した。


「ふ、ふふ……ははははははははは! いや、参った参った! カズキと言ったな。いいレース競走だった! 楽しかったぜ!」


 差し出してきたマクシムの手を、ボクは笑顔で握りしめた。


「……ヴェルナード。お前らの力、しっかりこの目で見させてもらった。『速き者には最大の敬意と栄光を』。……この『メーゼラス』の基盤となる掟だ。共闘の話、受けようじゃねーか」


「感謝する、イラリオ」


 ヴェルナードとイラリオも固い握手を交わしていた。


「……それにな、ホラ。しっかり稼がせてもらったしな」


 イラリオが数十枚の券を扇型に広げて見せた。すべての券には『モン・フェリヴィント』と書いてある。


「なっ……父上! 俺様じゃなくて、カズキに賭けていたのか!?」


「そりゃそうだろう。これから共闘するかもしれない相手なんだ。賭けない手はねーだろうよ?」


 イラリオが「これで今月の酒代に困ることはない」と付け加えると、マクシムが笑い出す。ボクもつられて笑い声を誘われた。ヴェルナードも微笑を浮かべている。


 はっはははははははは! ……って! それどころじゃないんだってば!


「ヴェルナードさん! マクリーが限界なんだ。風竜が元の航路に戻る前に、早く戻らないと!」


「うむ。……イラリオ。我々にはもう時間がない。まずはカズキの乗っている竜翼競艇機スカイ・ボートを牽引するために、こちらに人翼滑空機スカイ・グライダーを数機呼ぶ許可が欲しい。それと共闘の件だが、まずは互いに銀幕の情報を集めよう。銀幕には加護の力を大量に放出すれば近づける。銀幕内には異形な者が待ち構えている故、油断は禁物だ。一年後、ゆっくり情報交換とその戦果を報告し合おう」


 ヴェルナードが要点をテキパキと伝えていく。黙ってそれを聞いていたイラリオが頷くと、ヴェルナードはクラウスを見た。クラウスが援軍を呼びに人翼滑空機スカイ・グライダーで風竜へと飛び立った。


「さてと……マクシム。お前、一緒に風竜に行って、一年間暮らしてこい」


「———ち、父上!?」


「俺の勘だがな、これから世界は大きく変わっていくだろう。……お前はまだ若い。この先の激流に飲み込まれないよう、いろんな事を学んでくるんだ。……セドリックはいるか!?」


 護衛の中から黒髪長髪の男が歩み出た。ボクらを最初に案内してくれた人だ。


「お前も一緒に付いていって、マクシムの面倒を見てやって欲しい」


「……かしこまりました、イラリオ様。マクシム坊ちゃんのお世話はこのセドリックにお任せください」


 黒髪をふわりと靡かせて、セドリックが膝を地に付けた。


「……ヴェルナード。お前らは勇気と速さを示して見せた。今度は俺の番だ。息子とこのセドリックを一年間、お前に預ける。これが俺の……『メーゼラス』の共闘の証だ。……これでも足りねーって言うんなら、酒の五、六本でもおまけにつけるぜ?」


 顔は少しニヤついているが、ヴェルナードを見る目は真剣そのものだ。その視線を真摯に受け止めた『モン・フェリヴィント』のリーダーが口を開く。


「……イラリオの気持ちは、間違いなくこの胸に届いた。二人はこの私が責任を持って預からせてもらおう」


 クラウスが人翼滑空機スカイ・グライダーを数機従えて戻ってきた。ボクの腕の中のマクリーは、既に眠りに付いていた。風竜がゆっくりとその航路を変えて、離れていく。


「ヴェルナード様、お早く! カズキも竜翼競艇機スカイ・ボートに乗り込め! 数機で牽引する!」


 ボクたちは急いで帰り支度の用意を始めた。マクシムも護衛に指示を出して、必要最低限の備品を持ってくるように準備を急ぐ。ようやく支度が整うと、いよいよ風竜に向けて飛び立つ時だ。


「……イラリオ。一年後にまた会おう」


「ああ、それまで元気でな、ヴェルナード。……マクシム、その目ん玉でいろんな事を見てこいよ! セドリック、頼んだぞ!」


「……それじゃ行ってくるぜ! 父上も元気でな! あまり酒を飲みすぎるなよな!」


 ボクらは鬼太○フォーメーションズのヴェルナードを先頭に、窮屈そうに人翼射出機スカイ・ジェットに乗るマクシムとセドリックを加え、まだ視界に映る風竜目指して火竜から飛び去った。

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