第26話 レース終盤

「……ヤバい、ヤバイよ! マクリーお願い! 急いで!」


 ボクはマクリーにスピードアップを要求する。

 青色の風船ターゲットはかなり上空に漂っていた。急上昇しながらステアリングホイールを小刻みに動かして、右目に浮かんだ緑の照準に捕捉する。


「マクリー! 二連射!」


 パパパン、パパパン!


 マクリーが拡散三点バーストを二連射すると同時に、ステアリングホイールを小さく動かす。横に広がった六つの飛礫つぶて風船ターゲットを二つ同時に撃ち落とした。


「よし! 急いで戻るよ! マクリー!」


 今度は背面ターンで急降下。マクシムの人翼射出機スカイ・ジェットはすでにスタート地点に機体を向け先行している。


 その差は20mほどだろうか。しかもボクらはかなり上空にいる。下降しながら進むのと、直線的にスタート地点に戻るのでは、その差は大きくありすぎる。


 ……まずい! まずいって! このままだと逃げ切られる!


 敗北を覚悟する程の圧倒的なビハインド。もはやこれまでかもしれない。



 ……いや! まだまだレースの最中じゃないか! 諦めてどうするんだ! 考えろ! みっともなくてもいい! 最後まで足掻け! 勝利への手綱を引き寄せるんだ!



 もし希望を捨てていれば、ボクのまなこには映らずに、きっと見落としていたかもしれない。

 そして高々と上空に上がったからこそ、見つけ出した一縷の望み。

 それは勝利へと向かう、細く心許ない可能性だった。



「……マクリー! あれだ! に向かって!」


「まさかカズキ……いくらなんでも無茶ですよ!」


「そんな事はわかってるよ! だけどこのままじゃ負けは確定だよ! だけど少しでも可能性があるなら最後まで諦めないで、一か八かに賭けてみるよ!」


「……わかりました。吾輩も腹をくくりますよ。やるだけやってみましょう、カズキ!」


 マクリーが下降のスピードをグンと上げる。目的地にたどり着くと、レールに車輪を合わせる様に、慎重にステアリングホイールを小刻みに動かして、マクリーに合図を送る。


「よし! ここだマクリー! 解除して!」


 同時にボクは右側のグリップを強く押し込んだ。竜翼競艇機スカイ・ボートは翼を畳み「ボート形態」へと変形すると、機体を包み込む緑の皮膜が消えていく。代わりに300型モーターのプロペラが雲を掻き分け加速した。


 船体と同じ程度の細い雲———飛行機雲が、スタート地点付近まで伸びていた。上空から見なければきっとわからなかっただろう。


 細い飛行機雲の上を、ボートがスピードに乗り快走する。微妙に波打つ細い雲に合わせてステアリングホイールで、慎重に舵を切る。ちっとした操作ミスも許されない、まさに綱渡り状態。もし飛行機雲から脱線してしまえばそれまでだ。再び雲の上に戻って乗ってる間に、マクシムはゴールしてしまうだろう。


 ———このままトップスピードで駆け抜けないと!


「……なぁ!? 何ぃぃぃぃ!?」


 ボクに気づいたマクシムが、後ろを振り返る。人翼射出機スカイ・ジェットまで残り5mほど。その差はグングンと縮まっていく。


 そして、ついにとらえた。ボクの竜翼競艇機スカイ・ボート人翼射出機スカイ・ジェットの前に躍り出る。残りの距離は約200m。このままいけば……勝てる!


「くっそう! このまま負けてたまるかよぅ! ……第三ブースト、点火だ!」


 マクシムが加護の赤い光を最後の二本のブースターに流し込む。赤い煌めきは推進力となって人翼射出機スカイ・ジェットを加速させると、竜翼競艇機スカイ・ボートを抜き返す!


 ボクも負けじとスロットルレバーを力一杯握り込む。だけどその差は少しずつ離されていく一方だ。


 ……ダメだ! ボート走行はこれが限界。竜翼競艇機スカイ・ボートを「フライト形態」に戻しても、勝ち目はない。だって竜翼競艇機スカイ・ボートは「フライト形態」より、「ボート形態」のほうが速いのだから。


 その差が10mほどまで広がってしまった。もう本当に、勝ち目はないのだろうか?



 ———いや! 諦めるなんて、ボクらしくない! まだレース終了チェッカーフラッグは振られていないじゃないか!



「……マクリー、絶対負けたくないよね!?」


「もちろんなのです! 何かいい案でも思いついたのですか?」


「わかんない。……だけど、後悔だけは絶対にしたくない。やれることは一つ残らず全部やってみよう。これが本当に最後の最後だ」


 ボクは細い雲の上でボートをUターンさせる。当然ながら飛行機雲からコースアウトして、空に機体が投げ出される。だけど機体は逆向きになった。


「……マクリー砲、発射準備!」


「え? ちょ、ちょっと待ってください! 本気ですか!」


「もうこれしかないでしょ! 落下中で、しかも『ボート形態』で推進力がない今なら、もしかしたら……!」


「……わかりました。だけどレースの勝敗に関係なく、早く風竜に戻ってくださいね。我輩、全パワーを使うので、風竜はきっと元の航路に戻ってしまいますから」


「わかった。そこはなんとかするよ。……じゃあ行くよ。準備はいい?」


 落下中の機体を、体重移動でバランスを取る。機体が進路と水平になった瞬間、ボクは最後の合図を鋭く叫んだ。


「———発射!!」


 マクリーの力が船首に集まり、巨大な球となって発射される。翼を畳んだ竜翼競艇機スカイ・ボートはその勢いで、弾丸の様に後ろ向きですっ飛んでいった。

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