第25話 レース中盤

 ボクの竜翼競艇機スカイ・ボートはスタートダッシュに成功する。出だしは悪くない。機体一つ分、リードを奪った。


「ほう……少しはやるじゃねえか。そうでなくっちゃ、ちっとも面白くねえもんな!」


 マクシムの人翼射出機スカイ・ジェットは、引き離されることなく、ボクの後方にぴったり付けている。


「へん! 強がっていられるのも今のうちだかんね! ここからまだまだスピードを上げていくんだから!」


 ボクの強気な挑発とは対照的に、マクリーの掠れた声が伝声管から聞こえてきた。


「……か、カズキ。スピードはもうそんなに上げられませんよ……吾輩、結構いっぱいいっぱいです……。風竜の航路にも力を使っているのですから」


「バカ! 出だしから弱音を吐くなんて、アンタそれでも風竜の後釜なのかい? ボクはアンタをそんな弱い子に育てた覚えはないよ!」


 それでもボクたちは、ゆっくりだけど心許ないリードを少しずつ育み人翼射出機スカイ・ジェットを引き離す。機体二つ分の差が広がると、マクシムの声が後方から聞こえてきた。 


「へへ。じゃあ俺様も、そろそろ本気を出させてもらうとするか……第一ブースト、点火だ!」


 振り向くと、マクシムの体が赤く光り出した。彼の体から発された紅赤色の光が人翼射出機スカイ・ジェットのフレームを這い上がると、翼についている六本の、一番外側の二本のブースターへと集結する。白く細いブースターから赤い火柱が立ち上ると、人翼射出機スカイ・ジェットは加速する。細い二本の赤いラインを空に残すと、マクシムの人翼射出機スカイ・ジェットはボクらを抜いて10mほど先行した。


 二本のブースターは赤い閃光を排出し終えると人翼射出機スカイ・ジェットから分離する。そして後方へと打ち捨てられた。


「……うわ! あぶな!」


 役目を終えたブースターを間一髪で避けながら、人翼射出機スカイ・ジェットの後を追う。追いながら、ボクは機体を覆う緑の光を指ですくって、防風眼鏡ゴーグルを上げ、左瞼に十字を描いた。


「マクリー! 頑張って! もうちょっとスピードアップだよ! 何とかしてアイツの横に並ぶんだ!」


「……ふんぬぬぬぬぬぬぬぬぬううぅぅぅ!」


 マクリーが踏ん張る声を絞り出す。前方の座席を見るとマクリーは、後頭部までうっすらピンク色に染まっていた。顔はきっと真っ赤になっているのだろう。


 マクリーの気迫が籠った限界ギリギリの頑張りで竜翼競艇機スカイ・ボートはスピードを上げ、どうにかマクシムの人翼射出機スカイ・ジェットと肩を並べた。


「……ほう、やるじゃねーか!」


「ボクの竜翼競艇機スカイ・ボートを甘くみるなぁ!」


 一進一退の攻防戦。互いに譲らず並走する二機。前方に小さく見える人翼射出機スカイ・ジェット風船ターゲットを手放した。


 赤と青の風船ターゲットが風に煽られ揺られながら、ふよふよと上空に浮いていく。


「へへへ……じゃあ俺様は、先にいくぜ!」


 マクシムが再び赤く発光する。またも二本のブースターに点火すると、赤い二本の軌跡を残して人翼射出機スカイ・ジェットはさらに加速をした。


「か、カズキ! 吾輩、これ以上……」


「わかってるよマクリー! よく頑張ったね! ここからはボクの出番だ! 拡散三点バーストの準備をして!」


 ボクは左目を瞑って視界に照準を映し出す。船首を遠くの風船ターゲットに合わせると、マクリーに合図を叫んだ。


「———今!」


 小さな飛礫の三連射が人翼射出機スカイ・ジェットの脇を掠める様に通りすぎると、遥か遠くの青い風船ターゲットを一つ、撃ち落とした。


「……なっ!? この距離から当てやがった……!」


 ホントにホントに本っ当に悔しくて認めたくないけれど、瞬間的な加速力は相手のほうが上だ。ならばこちらの利点———拡散三点バーストで、遠くから風船ターゲットを落とせばいい。射撃範囲が横に広い三点バーストなら、高低差をしっかり合わせれば、命中する確率はかなり高い。それに多分だけど攻撃の射程はこっちのほうが上だと思う。その証拠にマクシムはまだ風船ターゲットを攻撃しようとしていない。


 要は遠くからでも風船ターゲットすべて撃ち落とし、早く戻ったほうが勝ちなのだ。


 ……本っ当にスピードで負けるのは、悔しいけどね! このレースは『勝つ』ことが最優先。なりふり構っていられないよっ!


 ボクが二つ目の風船ターゲットに狙いを定めていると、「ビシッ」と音がして機体に軽い振動が伝わった。音がしたほうを見ると竜翼競艇機スカイ・ボートの船体に小さな穴が空いているではないか! 


 視線を前方に戻す。人翼射出機スカイ・ジェットをこちらに向け、ライフルの様な武器を構えているマクシムの姿が、ボクの瞳に飛び込んできた。


「おっと悪いな。手が滑っちまったぜ!」


「……よ、よ、よくも……ボクの愛するボートに傷をつけたなぁ!」


 ボクはマクシムを睨み付け、舵を人翼射出機スカイ・ジェットに向ける。


「マクリー! 拡散三点バーストを撃ちまくって!」


「か、カズキ! 冷静になってください! 相手を撃ち落としてはダメなのです! 負けてしまいますよ!」


「うるさーい! アイツがこれくらいで死ぬわけないだろっ! このままじゃ、ボクの気がすまないんだ! 撃って撃って撃ちまくれぃー!」


 逃げる人翼射出機スカイ・ジェットと追う竜翼競艇機スカイ・ボート。頭に血が上り顔が紅潮するボクと、さらに煽りの言葉を投げかけるマクシム。二機のドッグファイトが始まった。


 マクシムの人翼射出機スカイ・ジェットを追い、右へ旋回。そこから左に逃げるマクシムを追い、背面飛行でUターン。拡散三点バーストを連射するが、急上昇で躱されると、後方の赤の風船ターゲットが二つ破裂した。


「へへへへ。ありがとな。俺の風船ターゲットをわざわざ撃ち落としてくれてよ」


 ……しまった。完全にしてやられた。


 マクシムはボクを挑発して、自分の風船ターゲットの近くまでボクをお引き寄せたんだ。


「……だから我輩が言ったじゃないですか! 早く自分の風船ターゲットを撃ち落とすのです!」


 マクリーの叫びと同時に冷静さを取り戻したボクは、旋回して自分の風船ターゲットへと向かう。


 だがマクリーの忠告も、時すでに遅し。

 

 竜翼競艇機スカイ・ボートの後方では、マクシムが最後の風船ターゲットを撃ち落とした証拠とも言える「パーン」と乾いた破裂音が鳴り響いた。

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