第24話 レース開始

 イラリオからレース競走について簡単な説明を受けると、「10分だけ待ってくれ」と言いボクらを置いて、どこかに行ってしまった。その間にボクたちは、ヴェルナードを中心に輪になって作戦会議だ。


「拡散三点バーストの固定はできているかぃ、嬢ちゃん?」


「もちろんだよ。マクリーの腕が上がるまでは、しばらくボクが照準を合わせる事にしてあるから」


「『モン・フェリヴィント』の中では、カズキの竜翼競艇機スカイ・ボートが一番速い。必ず勝って欲しい。頼んだぞ」


「任せてよ! レース競走なんて聞いちゃ、黙ってらんないよ! それに、ボクが負ける訳ないだろう? 絶対に勝つから期待しててよ!」


 イラリオとマクシムが戻ってきた。その後ろでは、数人がかりで見た事のない機体を運んでいる。

 人翼滑空機スカイ・グライダーより横幅が広い赤い翼には左右三本ずつ、計六本の白いノズル。操縦席コックピットは小さな座席のような作りになっていて、その後ろ側には航空機みたいな小さな噴出口がついている。

 あれがこの『メーゼラス』の機体———人翼射出機スカイ・ジェットなのか。


「今回のレース競走は、我が息子のマクシムが相手をする」


 マクシムは防風眼鏡ゴーグルを額に当て、手にはライフルの様なものを持っていた。


「『モン・フェリヴィントこっち』はボクが相手だよ!」


「はぁぁ!? 期待はずれもいいとこだ。……お前みたいな男女に、俺様の相手がつとまるのかよ!」


 飛びかかろうとする前に、クラウスに止められてしまった。


 ……くそぅ。一発殴ってやりたかったのにぃぃ!

 

レース競走の準備が整いました!」


 衛兵の一人がそう言うと、ボクらは機体へ乗り込み準備をする。


「マクリー。絶対勝つからね!」


「わかってますよ、カズキ! 吾輩頑張るのです!」


 マクリーを専用座席に乗せてハッチを閉じる。竜翼競艇機スカイ・ボートがマクリーの力で淡く光るとゆっくりとスタート地点まで移動した。防風眼鏡ゴーグルをかけたマクシムが人翼射出機スカイ・ジェットで横に並ぶ。手にしていたライフルは、機体に固定されていた。


 断崖の一際高い頂きに立つイラリオが、威厳を携えた声音を放つ。


「では改めて、ルールの説明をする。500m先の下方に風船ターゲットを持たせた人翼射出機スカイ・ジェットが待機している。開始の合図の後、風船ターゲットをそれぞれ三つ放つ。カズキは青色で、マクシムが赤色だ。自分の風船ターゲットをすべて撃ち落とし、この場所までいち早く戻ってきた者が勝者となる。尚、失格の条件は二つある。一つは相手への攻撃に関する注意点だ。相手を攻撃で死なせた場合その時点で失格となる。二つ目はコースアウトだ。風竜と火竜の間の空がレースの舞台となる。それより左右に出た場合も失格だ。高低差は自由に使ってよい。以上だ」

 

 イラリオの説明を聞きながら、ボクは前方に目を馳せた。


 レース競走の舞台となる空は澄んでいて、ところどころに浮かぶ雲を立体的に映し出している。

 両脇の断崖からはそれぞれに向かって声援が投げかけられた。風竜からの声援が、ボクに力を与えてくれる。

 

「……二人とも、準備に抜かりはないな? これより『メーゼラス』の掟に則った、レース競走を開始する。ヴェルナード、お前が開始の号砲を撃て」

 

 イラリオの隣に立つヴェルナードは鞘から剣を引き抜くと、均整のとれた体を軸として、刀身を高々と天へ突き上げる。その凛々しい立ち姿に、二人の後ろにいる『メーゼラス』の群衆ギャラリーから、感嘆を織り交ぜたため息が溢れた。


「……へっ。俺様の速さは『メーゼラス』でも三本の指に入るんだ。そんなヘンテコリンな乗り物なんかに、負けるもんかよ!」


「あにおぅ! 速さだったらボクは『モン・フェリヴィント』で一番だよ! アンタなんかあっという間にぶっちぎってやるんだから!」


 ボクとマクシムは操縦席コックピット越しに互いに睨み合う。


 ……アンタなんかに、絶対負けないんだから!


「……其方たち。言いたい事があるのなら、このレース競走でゆっくり語り合うとよい。……ではいくぞ」

  

 ヴェルナードが嗜める様にそう言うと、緊張感が場を支配する。張り詰める空気。咳一つ聞こえない。


 ヴェルナードが翳した刀身から、翠緑に輝く風の飛礫つぶてが空高く撃ち出された。


「マクリー! 行って! 最初から飛ばすよ!」


 出だしからトッピスピードで竜翼競艇機スカイ・ボートはスタートする。ボクは声援と歓声を背に受けながら、ステアリングホイールを握りしめた。

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