第55話 月持ち会議 〜その2〜

 ボクがそのリーダーシップに関心しつつ閉会の言葉を待ってると、ヴェルナードは居住まいを正した。


 そして「本題に入る」と短く伝え、遺跡の地下で起こった事をゲートルードとクラウスに向けて話し出す。


 ……あ、そうだ。まだこの話があったよね、ちぇっ!



 この世界を創造した母竜という存在の事。


 やっぱりマクリーは風竜の後継竜だった事。


 銀幕により母竜の力が奪われた事。


 マーズという存在がそれに関与している事。


 母竜にその銀幕を排除して欲しいと頼まれた事。



 そしてボクが母竜からボートを貰った事などを要点を抑えつつ簡潔に話し終えると、場には再び先ほどとは違った緊張感と沈黙が訪れた。


「それで……ヴェルナード様はどの様にお考えなのですか?」


 終始驚きの表情を浮かべていたゲートルードが問い掛ける。


「うむ……だがその前に、ここにいる皆の考えを聞かせて欲しい」


 先に自分が発言すればその意志に傾倒する事を危ぶんだのか、ヴェルナードはそう言って一同を見渡した。


「俺は母竜の意志に従って、銀幕を排除する方法を考えるべきだと思います」


「でもダンナ。銀幕をどうやって排除するんだ? そもそも風竜は一定の航路しか進まないだろ? 多少の進路は航行部で調整できるけど、すぐまた元の航路に戻っちまう。銀幕に近づく事すらできねえじゃねえか」


 横槍を入れてくるクラウスを、睨み付けるアルフォンス。やっぱりこの二人は、元からあまり仲が良くない様だ。


「母竜の意思は尊重したいのですが……私も今の段階では、良い考えが浮かびません」


 ゲートルードの返答に続き、カトリーヌも同じ様な言葉を返す。


 誰しも良い対策が浮かばずに三度目の沈黙が場の空気を支配する中、ヴェルナードが口を開いた。


「……カズキ。其方はどう思う?」


 ……え? 何でここでボクぅ? 

 

 そんな急に話を振られても困る。『3つの月章サードムーン』以上の将校月持ちたちでさえ良い考えが浮かばないのだ。ボクに分かる筈がない。


 この世界の歴史の事だってヴェルナードや母竜から聞いて、おおよその経緯は理解できたけど、細かい部分なんてさっぱり分からないのに!


「……んー。この世界の歴史はいろいろ聞いて何となくだけど分かったよ。母竜が銀幕を取り除いて欲しいって話も、ボク自身この耳で聞いたからね。……でもさ、一体その銀幕って、どこにいくつくらいあるの?」


「カズキは見た事ないだろうか。空を突き抜けるかの如くそびえ立つ銀の柱を」


 ボクが「ない」と答えると、ヴェルナードが「そうか」と答え、説明をする。


「以前にもカズキに話したと思うが、風竜は常に同じ航路で進路を変える事がない。故に銀幕がこの世界にどれだけ存在するのかは分からぬが、風竜の航路上から目視できる銀幕は四本確認されている。……ただ、目視できるだけで、かなり離れた距離にあるがな」


「なるほどね……風竜からでも見える銀幕はあるんだ。で、風竜は航路を変えないから近づけない……じゃあさ、人翼滑空機スカイ・グライダーで近づくってのはどう? あれなら多少離れていたって平気でしょ?」


 思い付きだけの発言にクラウスは「おいおい勘弁してくれよ」と、あざける様にボクを見た。皆の表情も曇ったままだ。


「それは過去に試みた事があると、古い文献に記されている。銀幕の周りは薄い膜の様なもので覆われていて、近づけなかったらしい。それに風竜から目視できるとはいえ、人翼滑空機スカイ・グライダーでも往復するのがやっとの距離だ。それでは排除はおろか、調査すら儘ならないだろう」


 それなら完全にお手上げ状態じゃんか。


 ボクに『モン・フェリヴィント』の将校月持ちたちを唸らせる案なんて出る筈がない。ヴェルナードがボクに意見を問う真意が、全く掴めない。


「せめて風竜で、銀幕まで近づければいいんですがね……」


 ゲートルードが小さく息を吐きながらそうこぼす。


 確かに風竜で近づければ人翼滑空機スカイ・グライダーで銀幕の周りを調査する事もできるし、近くで見ればもっと分かる事があるかもしれない。


 ただしそれには同じ航路を何百年と進み続ける風竜の進路を、自在とまではいかなくとも、多少なりとも操れないと話にならない。



 ……風竜を操る。……んん? 待てよ? もしかして……。



 ボクはガバっとヴェルナードに視線を向けた。それを待っていたかの様にヴェルナードは口元を綻ばせ、いつもの分かりづらい笑顔を向ける。


 そーいう事だったのね! 


 ボクもヴェルナードにニィと笑顔を返す。そして膝の上で退屈そうにウトウトしているマクリーの頭を指でつんつんした。


「ねえマクリー。昨日アンタさ、風竜の出発を遅らせてくれたじゃない? マクリーは風竜と話ができるの?」


「……ふぁ? 風竜と『話し』ですか? んー。……『話し』という表現が合ってるかどうかは分かりませんが、ある程度意思の疎通は取れますね」


 その言葉に一同の視線がボクへと集まった。


「吾輩、後継竜ですから」とドヤ顔で胸を張るマクリーの機嫌を損ねない様に「マクリーはやっぱりすごいよねー」と棒読みの言葉で褒めながら、頭を軽く撫でてあげる。


 マクリーは丸く大きな瞳を細めながら、満足げな表情を浮かべた。



 実はこのチビ竜……もとい、マクリーは意外と頑固者なのだ。


 地上上陸の際にも駄々をこねてボクに着いてきたり、何故かボクから離れようとしない。


 その上、他の人の言う事は全くといって聞かない反面、ボクの言う事にはわりかし素直に従ってくれる。


 そんなマクリーの性格を見越して、ヴェルナードは次に発言する言葉を、ボクから言わせたかったに違いない。



「……じゃあさ。風竜の航路を変える事も、マクリーならきっとできるんだよねー。マクリーすごいもんねー」


「もちろんできますよ。カズキがそれを望むなら、吾輩やりますよ」


 おっしゃー! やっぱできるんだ! 言質とったどー!


 ヴェルナードが満足そうに小さく頷き、その他同席者たちが、一斉に騒めき出した。


「だけど、そんなに長い間は無理ですよ。吾輩だって疲れますから」


 マクリーは注意事項を添えたけど、風竜の航路を変更できるこの事実は、ヴェルナードたちに大きな希望と可能性を与えてくれたと言っていい。


「我ら『モン・フェリヴィント』の民は、後継竜のマクリー殿と共に母竜の意思を引き継ぐ者として一丸となり、銀幕排除に全身全霊を傾ける事とする。この決定事項とマクリー殿の紹介は、明日広場で皆に告知しよう」


 ヴェルナードがマクリーを持ち上げつつそう告げると、皆が恭順の意を示し会議は終結へと向かう。


 マクリーも「殿」なんて呼ばれて、満更でもなさそうだ。



 そして! ようやく! これで会議は終わり! 



 ボクは身を乗り出してヴェルナードに顔を寄せる。


「これで会議は終わりだね! じゃ、早速ボクのボートを! ボートをこの手にプリーズ!」


「……そんなに興奮するな。何を言ってるか分からないではないか。これで大体の方針は定まった。……約束通り、あの方舟を好きなだけ調べるがいい」


 これでようやくボクのボートに好きなだけ触ることができるよ! 



 嗚呼……母竜様、本当にありがとう!

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