第29話 町を守る戦い 〜その2〜

 中央広場には、今だ逃げ惑う人たちが多くいた。


 空を飛び交う人翼滑空機スカイ・グライダーはコウモリの様に巧みに旋回しながら、腰に下げている小瓶を落とす。


 落ちた小瓶は割れると同時に炎を巻き上げ、建物に火をつけた。


 炎に驚き足を止めた住人目掛けて、一機の人翼滑空機スカイ・グライダーが急降下してくる。操舵レバーで機体を操作し、右手に固定された小型のボウガンを放つ。


 背中に矢を受けた住人は、そのままうつ伏せに崩れ落ちた。


 

 な、なんなんだよ……これは……!



 毎日炊き出しや夕餉の買い物で賑わう広場が、今は恐怖の坩堝と化していた。


 あまりにも突然の事すぎて、CRF250Rマシンを停め広場を眺めるボクの体は鉛の様に動かない。


 だけど悔しさや怒りやもどかしさが混ざり合い、ジワジワと心の底から湧き上がる。


 ボクの目の前で、泣きながら逃げる女の子が躓いて転んだ。


 一機の人翼滑空機スカイ・グライダーが猛禽類の如く急降下してきた。


 硬直した体がようやく動いた。CRF250Rマシンが転倒する事を躊躇せず、ボクは女の子に飛びついた。


 ———あの子を守らないと!


 だけど、現実は無情だ。


 差し出したボクの手が届く前に、人翼滑空機スカイ・グライダーを操る空賊の魔手が一瞬早かった。


 女の子を小脇に抱え、そのまま上昇していく。


「いやー! だ、誰か! た、助けてー!」


 女の子の叫び声が、上空からボクの頭上に降り注がれた。


 ———ま、待って! その子を離して!


 膝を付いて見上げる事しかできない自分に、ほとほと嫌気がさしてくる。


 ———なんて無力なんだボクは。何が保安部だよ。……チクショウ! チクショウ! チクショウ!!


 背後から放たれた風の飛礫つぶてが、拳で地面を叩きつけるボクの髪を巻き上げた。


 それが人翼滑空機スカイ・グライダーの翼に命中すると、機体はバランスを失い、抱えていた女の子と一緒に落下する。


 唖然と見上げるボクの脇を、アルフォンスが駆け抜ける。巧みに手綱を操り落下地点に到達すると、女の子をしっかりと受け止めた。


「あ、アルフォンスさん……!」


 助けられた女の子が、その顔を見上げて「ひぅ」っと息を飲む。自分の顔を見てさらに泣き出しそうになる前に、女の子を部下に手渡しアルフォンスがボクに言う。


「カズキ……主は優しすぎるな。我ら保安部は『モン・フェリヴィント』の住人を守るのが任務だが、ままならない事もある。より一人でも多くの人を助ける為、時には冷酷な判断を下す事もある。一人の命に一喜一憂している様では、多くの命は救えない。保安部員としては失格だ」


 冷徹な表情で見下すアルフォンスは、口の端を上げて言葉を続けた。


「だけど……俺は嫌いじゃないぞ、そういう熱い奴は。……ここは任せろ。カズキたちはヴェルナード様に協力して、逃げる住人を誘導するのだ」


 ———アルフォンスさん!


 ボクはコクリと頷くと、倒れたマシンを素早く起こした。それを見てジェスターがボクの後ろに飛び乗ってくる。


「……カズキ。俺たちにできる事だけをやろう。カズキの特技はなんだ?」


「ボクの特技は……誰よりも速く走る事だよ!」


 アクセルを全開に前輪を浮かせつつ、広場を突っ切り町の西へと走らせた。


 アルフォンスたちが中央広場で応戦してくれるおかげで、上空の人翼滑空機スカイ・グライダーは町中央に固まっている。だけど人翼滑空機スカイ・グライダーは他にもいる。


 ボクたちは所々で聞こえてくる叫声目掛けて突き進んだ。


「中央広場は危険だよ! 迂回して東の出口に向かうんだ!」


「待て! そっちは上空に空賊がいる! もう二つ向こうの路地から逃げた方がいい!」


 CRF250Rマシンを走らせながら、町中で当てもなく逃げ惑う人たちに声をかけ東口へと誘導していると、一機の人翼滑空機スカイ・グライダーがボクらの上空に近寄ってきた。


 このまま放っておいたら、逃げる人たちを追いかけていきそうだ。


「カズキ! あれ! アイツ、逃げる人たちの方へ向かうぞ!」


「わかってる! ……やるよジェスター!」


「……え? 何を」


 ジェスターの言葉を最後まで聞かず、ボクは道の目立つ場所までCRF250Rマシンを走らせる。


 アクセルを空吹かして、エンジンをガルンガルンと響かせた。


「やーい! こっちこっち! ボクとどっちが速いか勝負してみない? どうせアンタが負けるに決まってるけどね。……悔しかったら、追いかけてきなよ!」


 上空で旋回しながら獲物を吟味していた人翼滑空機スカイ・グライダーを挑発して、逃げる人たちと逆方向にCRF250Rマシンを走らせる。


 自信たっぷりな物珍しい獲物の登場に、案の定、人翼滑空機スカイ・グライダーはボクらに目標を変えた。


 よし! 予定通りだよ! あとはコイツを振り切って……。


 追ってきた人翼滑空機スカイ・グライダーが火炎瓶を一つ、二つと投げつけてきた。


「「うわわわっ!?」」


 走るマシンのすぐ横で、ボン! ボン! と小さな炎が炸裂した。


 慌てたボクは、それでもなんとかマシンを立て直す。巻き上がる火の粉を掻い潜り、後輪を滑らせながら素早く路地へと身を隠した。


 そのまま建物の影でCRF250Rマシンを停める。


 ボクらを見失った人翼滑空機スカイ・グライダーは二度、三度旋回して、そのまま上空から去って行った。


「ふぃー! 危ない危ない。まさか火炎瓶を投げつけてくるなんて思わなかったよ」


「おいカズキ! もうちょっと考えて行動しろよな! さっきやれる事だけをしようって、俺、言ったよな!? 自殺行為はやめてくれ!」


「ま、まあまあ。逃げる人たちの時間を稼いだし、無事だったんだから結果オーライって事で許してくれよ」


 どうやらジェスターとボクの間でやれる事の認識が食い違っていたらしい。


 ボクはあんなハンググライダーもどきくらい、余裕でぶっちぎれる自信がある。だけどバディのジェスターにこうも涙目で言われたら、これからは自粛するしかない。


「あいつらは武器を持っているからな。そのつもりで……」 


 ジェスターの言葉を掻き消すくらいの大きな叫び声が、風を切り裂き聞こえてきた。


 会話を中断してボクたちは、周りに意識を集中させる。するともう一度、同じ声色の悲痛な声が響く。


「……左隣の通りだ! カズキ! 来た道を戻った方が早い!」


 ジェスターの声に反応して、CRF250Rマシンの後輪を滑らせてドリフトターンで180度回頭する。


 路地を出て道を戻り左折を二回、左の通りに差し掛かる。


 少し細いその通りの道半ばには、一人の女性が倒れていた。その奥からは人翼滑空機スカイ・グライダーが低空で、女性目掛けて迫ってくる。


「ジェスター! 一旦降りてくれ! 障害物が多すぎる!」


「……ええいくそっ! どうせ行くなと言っても聞かないんだろっ! いいか、絶対無茶だけはするなよなっ!」

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