第39話 チビ竜の正体 〜その2〜

「なっ……!」


 ヴェルナードの絶句とともに、水を打った様な静けさが小屋中を襲った。


 風竜が死ぬ。それは風竜を崇拝し、その恩恵を享受する竜の背の楽園『モン・フェリヴィント』も、共に滅びるという事だ。


 張り詰めた空気がピンと尖った旋律となり、鼓膜に響いてきそうな静寂の中、それを打ち破る勢いでアルフォンスが拳を振り上げ怒号を放った。


「風竜が……死ぬだと! 何を馬鹿な事を! 何故主にそれが分かると言うのだ!」


「そんな大声出さないでください……だって我輩、風竜の後継竜ですから。我輩が目覚めるという事はすなわち、今の風竜の死期が近いという事です……ああ、近いと言っても明日明後日に死ぬ訳じゃないですよ。我輩、そんなに早く大きくなれませんから」


「一つ教えて欲しい。貴殿が成長した後は、今の風竜と同じく我々の頼れる大地になってくれるのだろうか?」


 ヴェルナードの問いにチビ竜は、短い腕を組み「うーん」と何やら考え出した。


「……それは分からないです。だって我輩、生まれたばかりじゃないですか。生まれてすぐに、自分の将来を決められちゃうのは嫌なのです。我輩もっと、夢を持って生きたいのです!」


 胸を張って目を輝かせながらそう話す夢見がちなチビ竜に、質問をしたヴェルナードを始めとする全員が、毒気を抜かれた顔になった。


 仮にも風竜の後継竜なんだから、使命感とかないのかな!?


「それはそうとカズキ。我輩に名前を付けてください。親代わりのカズキが付けてくれないと、我輩イヤなのです」


「え、な、名前? ……いいのヴェルナードさん、ボクが名前付けちゃって」


「……ああ。本人もこう言っている事だし、名前くらいはカズキが決めても構わない」


 名前ねえ。何かいい名前、名前、名前と……。


 ああ! 人に名前なんて付けた事ないから、そんなん急に言われても思いつかないよ! 


 あ、人じゃなかったか。


 それに第一犬や猫ならいざ知らず、竜の名前で何がよいかなんて、ボクに分かる筈もない。


 仕方ないから見た目で名前を決めようかな。


 チビ……ダメだ。風竜の後継者なら、この先すんごく大きく成長するかもしれない。


 イエロー……これもダメだ。体の色だって変わらない保証はないよね。


 ドラゴ……うーん、なんかまんますぎてヤダな。


 ……ええい! もうこうなったらボクの好きな言葉でいいや。構うもんか! ヴェルナードの許可もあるし、後で文句は出ないよね!


「ま、マクリー……」


「マクリー……ですか? マクリー……聞き慣れない言葉ですが、いい名前ですね! 我輩、とっても気に入りました! どうもありがとうです、カズキ」


「い、いえ……」


 マクリーの語源は、ボートレースでアウトコースから他の艇を抜き去る「まくり」から拝借した。そんな名前をすぐに付けろと言われても、興味のある言葉しか思い浮かばない。

 ちなみに「まくり」とは、アウトコースのビハインドを跳ね返しスピードターンでインコースの艇を華麗に抜き去るテクニックで、ボクがボートレースで一番美しいと思える技だ。


 ボートレースの技の名前が語源と知ったら、ヴェルナードはどんな顔をするだろうか。まあいいや。許可は得てるし深く考えるのはやめとこう。


 何よりこのチビ竜本人が気に入っている事だしね。


「カズキ。これから我輩を我が子の様に可愛がってください。よろしくお願いします」


「そ、そんな事言ってもさ、親代わりなんてボクにできっこないよ。うん、できる訳ない。無理無理」


「親、と言っても特別な事をカズキにしてもらう必要はないのです。一緒に行動をして、カズキの見た事感じた事を共有させてください。我輩の心と体の成長に、カズキの愛が必要なのです。……ああ、食べる物でしたらカズキと同じ物で結構です。我輩は母乳で育つ訳じゃありませんから。ペチャパイのカズキでも、そこは心配ないのです」


「ぺ、ぺ、ぺぺぺ、ペチャ……ペチャ…………!」


「おや、どうしたのです? 何故そんなに目を釣り上げて怒っているんですか。我輩たちにとってスレンダーな体型は憧れの対象です。ペチャパイのカズキがすごく羨ましいのです」


「むきぃぃー! スレンダー言うな! ペチャパイ言うなー!!」


 飛びかかろうとするボクを、ジェスターが慌てて後ろから必死に抑えた。


「一応コイツは風竜なんだから手荒な真似はよせ」とジェスターは言っているけど、親代わりなら教えなきゃいけない事がある。


 この「なんか悪い事言ったのかな?」みたいな顔してるチビ竜に、セクハラの代償とはいかに恐ろしいものなのかを、体に叩き込んでやるんだ!


「離してくれジェスター! 悪い事をしたら、それ相応の罰を受ける。……そう、これは親としての……最初の務めなんだ! お願いだから離してくれよっ!」


「……ふむ。それでは暫くこのマクリーの件はカズキに任せてみるとしよう」


「べ、ヴェルナードさん!?」


「仕方ないだろう。当の本人がカズキと行動を共にしたいと言っている以上、風竜の後継竜の可能性を捨てきれないマクリーの意見を無下にはできない。……ジェスター、其方もカズキが突飛な行動に出ない様にしっかり監視をする様に。この『モン・フェリヴィント』の未来に関わる事になるかもしれぬ故」


「はい! わかりましたヴェルナード様! カズキの魔の手からマクリーを守ります!」


 ちょっと待ってジェスター! アンタはボクのバディでしょ! なんでそうなるの!?


「あは。なんか賑やかで楽しいですね。我輩、ずっと長い間一人で眠っていたので、寂しかったのです。改めてこれから末長くよろしくお願いします」


 口角を上げまだ牙とも呼べない小さな歯を覗かせたチビ竜が、うやうやしく頭を下げた。



 この『モン・フェリヴィント』でボクはいろいろな「初」を経験した。


 軍隊で初仕事に就き、そして初の戦闘では生まれて初めて人の死に向き合った。でもまさか、初育児まで経験する羽目になるなんて。



 若月和希16歳。今だ初彼氏募集中のまま、一竜いちじの母となりました。

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