第40話 いざ上陸!
いつもなら一面雲海が広がる見慣れた景色も高度が徐々に下がり出すと、果てしなく広がる水平線が視界に映る。
遙か前方には、うっすらと大陸が見えていた。
今日は地上に降りる日だ。
ボクたち地上派遣隊の一行は、町の西にある鉱山をさらに奥へと進んだ断崖の目の前———いわゆる「風竜の背の端っこ」で、風竜が地上に降り立つのを待っているのだ。
数回のブリーフィングで協議を重ね、地上派遣隊の人数が決められた。
その内訳は『モン・フェリヴィント』の代表者ヴェルナードを始め、物資の交換などに駆り出された生活部員が20名、護衛任務に長けているアルフォンス率いる保安部警ら班が25名、そしてボクとお目付役のジェスター。総勢50人弱の大所帯だ。
この50人という数字は、当初の予定人数より大幅に増員された結果なのだけど、それにはもちろん訳がある。
「……カズキ、地上はどんな所でしょうね。我輩、とってもワクワクするのです」
「バカ! アンタはちゃんと顔引っ込めてないとダメだろっ!」
ボクが小声でそういうと、
ホントどうしてこうなった!? と、空に向かって大声で叫んでやりたい。
ボクが地上に降りると聞いて「我輩、片時もカズキと離れるのはイヤなのです」と、マクリーが駄々をこねたのだ。
ヴェルナードですらマクリーを説得できず「ならばカズキを連れていくのは見合わせては」と、事態はあらぬ方向に飛び火した。
このチャンスを逃したら、元の世界へ帰る手掛かりが掴めなくなる。ボクは必死で抵抗した。結果両者の言い分を聞き入れる形になり、普段なら10名も付けばよい万が一の護衛が倍以上に増員されて、一応の解決になったと言う訳だ。
そして今、ボクはマクリーが詰まったリュックを背負い、断崖の際に立っている。
こんなお荷物を抱えたままで、先行き超不安だよ。
ボクの
程高く水飛沫が舞い上がり、ボクたちの頭上に小さな虹を描き出す。しばらくして風竜が完全に停止すると、再び動き出さないか注意を払いながら断崖に近づき見下ろした。
目の前に広がる大陸は、黒と茶色に染まった無機質な世界だった。緑という自然の色が、ほぼない。小さい時に図鑑で見た火星とか木星とかの地表に似ていると思う。
「この海岸からしばらく歩くと、1000人ほどが暮らすカシャーレと言う集落がある。統率や規則といったまとまりがない連中だが、定期的に取引をしている我々に危害を加えて来る事はないだろう。お互い、持ちつ持たれつと言った所だからな」
アルフォンスが指差しそう教えてくれた。
「取引って、一体何をするの?」
「物々交換だ。我々が育てた食用植物などを提供し、代わりに塩を貰い受ける。塩だけは『
確かにそうだ。不眠不休で飛び回っている風竜の背では、塩は手に入らない。塩がなければ人は生きてはいけない。
「地上じゃ碌に作物が育たないからな。連中にしてみても食用植物は喉から手が出るほど欲しい食材だ。だからカシャーレの集長は形だけだが我々を歓迎してくれもするし、大っぴらに危害は加えてはこないと言う訳だ。ただし、個人間でのいざこざは割と頻繁に起こる。なにせ血の気の多い連中だからな。それにいくら取引相手と言っても、基本的に我らの事をよく思っている者はいないからそのつもりでいてくれ」
ボクは先日聞いたヴェルナードの話を思い出す。
何百年も昔のことだけど、結果的に地上を捨てる形になってしまった風竜の民と、取り残されてもなんとか命を繋いでいる地上の民には、今も尚深い溝があって当たり前なのかもしれない。
アルフォンスがボクのリュックに視線を落とし「カズキは特に気を付けろ。ソレが見つかったらどうなる事か予想がつかん」と念を押す。
確かに。もしマクリーが見つかたら、絶対トラブルになる事請け合いだ。
ボクは不安を浮かべた何とも情けない表情で、アルフォンスの顔を見た。
「……そんな顔をするなカズキ。道中は腕利きの班員が主を警護する。それにカズキ、主も警ら班の一員ではないか。俺はそんな軟弱に主を育てた覚えはないぞ。これは帰ったら特別メニューの追加訓練を……」
「いや、いいよ! 間に合ってる! 特別メニューはジェスターだけで十分だよ!」
かなり本気でそう言い放つ体育会系のアルフォンスに、ボクは掌を左右に振り、最大級のノーサンキューを表した。
そんなやり取りの最中、大きな台車に載ったクレーンの様なものがゴロゴロと崖の側まで運ばれてきた。
大人五人がかりで押しているそれは、大きな台車に木製のクレーンの様なものが乗っかっている。クレーンの先には滑車が付いていて、柵で囲まれた荷台の様なものが吊るされていた。
「皆の者、準備に抜かりはないであろうな。……では上陸を開始する。まずは保安部からだ」
ヴェルナードの声が響くと「ではカズキ、下で会おう」と言い残し、アルフォンスは台車へと向かう。
台車ではカーキ色の作業着をきた製造部員たちが準備に取り掛かっていた。
台車部分に数人が乗り車体を安定させると、ロープで吊るされた荷台に保安部員が四人乗る。三人掛りで取り付けられたレバーを回すと台車を軸にクレーンが回転し、崖の先へと向かっていく。
吊られた荷台が足場のない空中でゆらゆらと揺れた。
そしてレバーを90度回して縦にする。
製造部員たちが声を合わせてそのレバーを回していくと、荷台がゆっくりと降下を始めた。
……ちょ、ちょっと待って! こんな原始的な昇降機で、風竜の背から地上に降りるの!?
正直言って超怖いけど、今更怖気ずく訳にはいかない。
地上には元の世界に帰る手がかりがあるかもしれない。ボクはこの日を目標に『
ジェスターがボクの肩に手を添えた。
「大丈夫だカズキ。俺が付いてる」
震えていた足がその言葉で、少しだけ和らいだ気がした。
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