第41話 集落へ向かう道中で

 テーマパークのどんなアトラクションよりもスリリングな体験を経て、全員が無事に地上へと降り立ったボクたちは、集落へと向かった。

 

 ヴェルナードと護衛のアルフォンスを先頭に一行は縦に連なり隊列を組み、黒い岩と赤茶色の砂の大地を進んで行く。


 しばらく歩いて振り返り、ボクは初めて風竜の全貌を見る事ができた。


 ホントにデカい。デカすぎだ!


 胴体がとっても長く、平べったい背中には緑豊かな『モン・フェリヴィント』が見て取れる。


 翼の上面には海岸でよく見るフジツボの様に大小の山々が連なっていて、今はその翼を少しだけ下げている。尻尾と頭が胴体の割に短いのは、空賊が乗っていた無意志竜と同じだ。


 もっとも今は頭を海面に浸けているので、どんな顔かは分からないけど。


 ……やっぱり竜ってよりは空母に似てるよねぇ。百歩譲ってツチノコとか?


 恐れ多くも風竜様のシルエットから連想ゲームを楽しんでると、ジェスターと並んで歩くボクらの横に、一人の女性が近づいてきた。


「……ねえ。アンタ、カズキだろ?」


 女性にしてはかなり大柄だ。体格も相当がっしりとしている。そして捲し上げた服の裾が、逞しい腕をより印象付けていた。


「やっと会えたね。アンタ、いろいろ大変だったらしいじゃない」


 一つにまとめた長い黒髪を揺らしながらそう言うと、屈託のない笑顔を見せた。


 初対面なのは間違いないけど、誰だろう?


 女性の胸には『3つの月章サードムーン』の紀章が光っている。何かボクの事を知っている様な口振りだ。


 そりゃ『モン・フェリヴィント』では、ボクはちょっとした時の人だ。面識はなくても、相手はボクを知っている事なんて、よくある事だ。


 ……女性が着ている黒の制服で、生活部の人間だとは分かるんだけど。


 ジェスターから前に聞いた事がある。


 生活部の部員の制服が黒色なのは日々の料理や家畜の世話などで、飛び跳ねた汚れが目立たない為らしい。


 ちなみに保安部の制服が白いのは、敵の返り血をより鮮明に浮かび上がらせ、味方の士気を鼓舞する為なんだとか。何とも物騒な話だ。


「そういえばアンタに会ったら一言お礼を言わなくちゃと思っていたんだよ。広場でサンドイッチを売っていた売り子、知ってるよね? アイツね、クレルって言うんだけどさ……アンタ、クレルの為に泣いてくれたんだってね。アタシからも礼を言わせておくれよ」


 そう言って大女は頭を下げて礼を言い「クレルもきっと喜んでたと思う」と小さく呟いた。


「いえ……あの、クレルさん、ボクくらいの子供がいるって言ってたけど……その子は大丈夫ですか?」


「ああ、心配いらないよ。クレルの娘は衛生部にいたんだけどね、こんな事もあったから、アタシが生活部に引き抜いたんだよ。遅かれ早かれ、女は子供が生まれたら大体は生活部に転属になるんだし、それにこういう時は女同士に限るってもんさね。アタシがいるうちは、母親がいないからって不自由な思いはさせないよ」


 拳をドンと、豊潤で逞しい胸に打ち付けニカリと笑う。


 豪放だけど粗雑じゃない。しっかりと配慮がある人だなと、そう感じた。


 そして何より、そのグラマラスボディが羨ましい……。


「ああ、そういや名前を言うのを忘れてたね。アタシはカトリーヌって言うんだ……聞いてるだろ?」


 そう言ってカトリーヌの名乗った女は、ボクとジェスターを見回した。


「いや、全く聞いてないです。……一体誰にですか?」


 揃ってブンブン首を振るボクらを見て、カトリーヌが小さく舌打ちをした。


「あんの表六玉……すっかり恥かいちまったじゃないか! いつもいつもアンタたちの事を楽しそうに話すもんだから、アタシの事も伝わってるもんかと思っちまったよ! ……悪かったねアンタたち、驚かせちまって。アタシはアルフォンスの妻だよ」


「「え……ええええええ!」」


 あの女っ気のなさそうなアルフォンスさんに、奥さんがいたとは!


 アルフォンスの文句をブチブチと言うカトリーヌを見る限り、これは今夜辺りアルフォンスがひどく怒られると思う。これはボクたちのせいでは決してない。カトリーヌの早とちりだし、完全に不可抗力だ。


 だけどいつも訓練でしごかれているドS教官としての姿を思い出せば、溜飲が下がる思いがしないでもない。


「……まあいいや。それにしてもさカズキ。には十分気をつけなよ」


「……知っているんですか?」


「ああ、一応アタシも『3つの月章サードムーン』だし、旦那はだしね。この一行に事情を知る人間がもう少しいた方がいいって事でね。今朝ヴェルナード様から聞いたのさ」


 マクリーについては当面の間『モン・フェリヴィント』の人たちに、本当の事を伝えるのは見合わせようと言う事になっていた。


 当然ながら、この地上に連れてきている事も含めてだ。


 万が一マクリーの存在が見つかったら「新種の家畜」と言う設定で押し通す事になっている。


 それに関してマクリーは「我輩を家畜とは何ですか!」と憤慨していたが、存在が存在だけに今は事情を知られない方がいいと説得して、渋々了承済だ。


「ま、何か困った事があったら、いつでもアタシのとこおいでよ。女同士じゃなきゃうまくいかない事はたくさんあるからね。遠慮なんてするんじゃないよ」


 手をひらひらさせながらカトリーヌは、小走りで列の先頭へと向かっていった。


 あ……。きっと先頭にいるアルフォンスさんをシバきに行くんだ。ご愁傷様です。


アルフォンス師匠の奥さんかぁ……なんか、らしいって言っちゃあらしいよな」


 ジェスターの呟きにボクも大きく頷き返す。口ではああ言っていたけど、きっと仲睦まじいお似合いの夫婦なのだろう。


 ボクは両親の顔を思い浮かべた。


 アルフォンスとカトリーヌの様に似た者夫婦ではなかった。性格も正反対の二人だったけど、妙に仲のよかった夫婦だった。


 ついでに思わず吹き出してしまう様な両親のエピソードも思い出した。それだけで強張った心がふにゃりと柔らかくなる。


 そこにカトリーヌの頼もしい言葉が胸に染み込むと、ボクの足取りは心なしか軽やかになっていた。

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