第64話 銀幕調査の日 〜その1〜

 航空戦闘部に配属となった四日後の今日は、人翼滑空機スカイ・グライダーが銀幕調査に向かう日だ。


 ボクは何をしているかと言うと、ウトウトしたマクリーを膝の上に乗せ、ただぼけーっと空を眺めている。積み上げられた木材の上に腰掛けて。


「こりゃカズキ。そんなに暇ならもう一度頼んでみたらどうじゃ? 少しくらいは、何か任されることもあるんじゃないかのぉ」


「……無理無理。もう何回も頼んだよ。テオスさん、絶対手伝わせてくれないんだもん」


 ヘルゲは小さく「仕方ないのぉ」と呟いて、若い資材調達班員たちと作業を再開する。


 カモーナが山積みされたバケツを運ぶ班員を見て、今日は西の鉱山の麓に行ったのかぁと、他人事の様に考えるボクには、やる事がない。


 ……あああああああ! もう! 何かボクにも任務プリーズ!



 航空戦闘部に配属されたその当日、クラウスが敷地内を簡単に案内してくれた。


 三日間は丘の上で任務に就き一日非番のサイクルなので建物内には仮眠室もあるらしい。


 航空戦闘部は人翼滑空機スカイ・グライダーのパイロットで構成される戦闘班と、その整備等を担当する整備班で成り立ち、総勢95名いると説明を受けた。


 ボクの配属は戦闘班だ。


 召集がかけられ、わらわらと集まった戦闘班員の前で自己紹介を済ませると、クラウスの口から意外な言葉が飛び出てきた。


「さ、もう帰ってもいいぞ。嬢ちゃんはボートの改造が終わるまで、何も役に立たないからそれまで非番扱いでいいや。航空戦闘部ここにも来なくていいからな。ま、のんびりしてるこったな」


 ヴェルナードたちが去ってからここまでの所要時間は、実に30分程である。


 ……やっつけにも程があるだろ!!


 まったくこの緩さはどういう事だろうか。


 ヴェルナード直轄で鬼教官アルフォンスが睨みを効かせる保安部と、雰囲気が全然違いすぎる。


 それは部員たちにも言えることで、ボクの挨拶を興味なさそうに聞いた後は三々五々に散って行き、昼寝をしたり、何やら賭け事の様な事までしている者たちまでいた。


 これがクラウスの方針なのだろうか。だとしたら、熱烈峻厳ねつれつしゅんげんを地で行くアルフォンスとは全くの真逆だ。


 二人の仲がよくないのにも、大いに頷ける。



 そんな訳で初日から暇を言い渡されたボクの足が、古巣の資材調達班に向かうのは必然だと思う。


 ボートの改造が早く終わればボクにもやる事が出来るだろうとここを訪ねれば、武具生産班の班長補佐———テオスに「ボート改造これは俺の任務だ。カズキには悪いが、手を出さねえでくれ」と言われる始末。


 正直こんな所で職人魂を振りかざさないでもらいたいが、額の汗を拭いながら真顔でそう言われれば、引き下がるしか選択肢はない。


 ならばとヘルゲに資材採集を手伝うと言えば「カズキはもう他部署の部員じゃからな。怪我でもさせたら流石にまずいでのぅ」とやんわり断られた。


 だからと言って毎日狭い部屋で膝を抱えて座っていたら、気が狂ってしまいそうだ。


 以上の経緯から、やる事を与えられないと分かっていつつも、資材調達班に通い詰め、日がな一日ぼーっと過ごしているのだ。


 ちなみに、保安部に顔を出すという選択肢はボクにはない。行ったら行ったでほぼ確実にアルフォンスの特訓しごきが待っていそうだし。それに。



 ……クラウスさんが言った事、本当なのかな……。



 クラウスが冗談混じりに「ジェスターがボクを好きだ」と言った言葉が、どうも頭の中からチラついて離れない。


 ボクはジェスターをそんな目で見た事はないし、むしろ家族に近い感覚で接していた……と思う。


 もちろんジェスターの真意は分からないけど、今までボクの事を好きだなんて言ってくれた稀少な人はあっち元の世界でもいなかったのだ。


 今、顔を合わせたら、ボクの方が変に意識してしまいそうで非常に困る。乙女心は繊細なのだ。


 ……あああ! もうっ! クラウスさんのバカバカバカ!


 やる事がなさすぎると、余計な妄想が頭の中で肥大していく。ボクは頭をガシガシを掻きむしった。


「カズキや。そういえばお前さん、まだ銀幕を見た事なかったのぉ? 町の北の草原にでも行って見てきたらどうじゃ?」


「……そうだね。ちょっとモヤモヤしてたから、CRF250Rマシンでかっ飛ばしてスッキリしてくるよ」


 ボクを見かねたヘルゲの気遣いに感謝しながら、ウトウトしていたマクリーに声を掛け、リュックに詰め込みCRF250Rマシンを走らせた。


 町を東に抜け北に向かってハンドルを切る。


 周りの木々が減り空への視界が開けると、探すまでもなく目的のものが目に入る。ボクはCRF250Rマシンを急停止させた。


 銀幕と呼ばれるそれは真っ直ぐと悠然に、空を貫く様に起立していた。


『幕』と呼ばれている事から、ボクは勝手にオーロラの様なものをイメージしていたけど、まるで違う。巨大な柱の様だ。


 遠目からでもその表面が、受けた陽光を反射させ、てらてらと輝いて見える。それこそが銀幕という名の由来なのだろう。


 柱の上下を目で追っても、どこから伸びているのか、そしてどこに繋がっているかさえも分からない。この距離からでも見える事からも、近づけばかなり大きな円柱だと思う。


「あれが……銀幕……なんだね」


「ええ、母上がアレを壊せと言っていました。吾輩、やりますよ!」


 リュックから顔を出したマクリーの鼻息が、ボクの後ろ髪をくすぐった。


 ボクたちは銀幕について何も情報を持ってないし、ましてや近づいた事すらない。今日の任務ミッションは調査が主な目的だ。


 航行部で確認した一本目のこの銀幕は風竜の航路から近いので、人翼滑空機スカイ・グライダーで往復できる距離らしい。


 なので今回は、マクリーに風竜の航路を変えてもらう必要はない。


「マクリー殿には次の銀幕の時に、その偉大なる力を貸して頂きたい」とヴェルナードが軽く頭を下げ、暫くの間「やっぱり吾輩がいないとダメなのです」と、やや増長したマクリーの相手をしたのには疲れたけど。


 ここからでも見える小高い丘———航空戦闘部の駐屯所から人翼滑空機スカイ・グライダーが数機飛び立った。


 人翼滑空機スカイ・グライダーは細い緑の軌跡を残しながら、スピードを上げ銀幕へと向かっていく。


 配属早々暇を出されて馴染みが薄い航空戦闘部とこだけど、『モン・フェリヴィント』の仲間である事には変わりはない。


 まだ顔も覚えていない仲間たちの背に向かい、ボクは心の中で「がんばれ」と精一杯の応援エールを送った。

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