第63話 ジェスターの決意

 翌日になり改めて保安部の仲間たちに別れを告げる事ができたボクは、その声援を背に受けながらヴェルナードとアルフォンス、そしてジェスターと一緒に航空戦闘部の駐屯所へと向かった。


 実は保安部の建物の背にある丘の頂きに、航空戦闘部の拠点があるのだ。


 だけど保安部からだと勾配がキツくて登れない。なので、昨日通った丘を迂回して北に向かうルートの途中から、丘の頂上へと登る。


 頂上に辿り着くと、そこに見えたものは壮大な景観だった。


 平らに均された町の広場よりもさらに広い敷地には、人翼滑空機スカイ・グライダーが同じ向きで何十機も並べられている。


 敷地を左右に断ち切る様に縦断している白い三本のラインは、滑走路なのだろうか。


 そしてその奥には、大きな建物が一つ、その両脇には小さな建物が一つずつ建っていた。


 ……ふわぁ、壮観だねこれは。ここだけ見たらまさに空母の上みたいだよ。


 航空戦闘部を始めて見たジェスターも「すげぇ!」を連呼しながら興奮気味だ。


 暫くその景色を眺めていると、遠くから一騎の馬が駆けてきた。保安部員顔負けの手綱捌きで馬をボクたちの目の前で停める。


「ヴェルナード様御自らのご案内、ありがとうございます。……よう嬢ちゃん、航空戦闘部へようこそ」


 馬上からクラウスがニンマリとした笑顔を向けてきた。


「ではカズキ。クラウスの指示に従って任務に励む様に。クラウスは少々破天荒な所は否めないが、無能ではない。きっとカズキの力になってくれるだろう」


「——ってヴェルナード様。……こいつぁ手厳しいや」


 そう言って豪快に笑い声を上げるクラウスを尻目に、ボクはジェスターに向き直る。



 今までは当たり前の様に、ジェスターがいつも側にいてくれた。


 そのジェスターと部署が離れて会えなくなるのは、正直辛い。


 ボクに姉弟きょうだいはいなかったけど、本当の弟の様に思っていた。


 いつもボクの我儘に付き合ってくれる、ちょっと生意気だけど憎めない、本当に血の繋がった弟の様に。



「……ジェスター。今までありがとう。部署が違っちゃうとなかなか会えなくなるけど、ボクたち、友達のままだよね?」


「あ、当たり前だろ! それにカズキは俺の初めての後輩なんだ。非番の日が合えば、また一緒に買い物に行ったりご飯を食べたりしような」


 ジェスターがぎこちない笑顔を張り付かせ、そう答えた。


 そうしないと涙腺が緩み、涙が溢れてしまいそうなのはボクも同じだ。だからこそ、ジェスターの笑顔が作り笑いだと分かる。


 やっぱりCRF250Rマシンを託せるのはジェスターしかいない。ボクは改めてそう感じた。


 航空戦闘部に転属になれば、このCRF250Rマシンを活かせる場がなくなってしまう。それじゃCRF250Rマシンが可哀想だ。ジェスターならきっと、ボクのCRF250Rマシンを大切に扱ってくれるだろう。


 なんて言っても、一緒に汗水流して修理をした仲なのだから。


 ボクはハンドルを押してCRF250Rマシンを動かすと、ジェスターの前でスタンドを立て自立させた。


「……ねえ、ジェスター。このCRF250Rマシンをもら」


「いやカズキ。それ以上は言わないでくれ」


 ジェスターは予想していたかの様に、ボクの言葉を遮った。


「……俺は製造部の資材調達班に配属になって、腐ってた。正直嫌いになりかけてたんだ。自分と、この『モン・フェリヴィント』を。だけどカズキは違った。自分の世界に帰るために諦めないで任務を覚え、CRF250Rマシンを直して皆に認められたんだ。今なら、ヘル爺の言っていた事が理解できる。誰かに責任をなすり付けて、甘えているだけじゃダメなんだ。自分が変わろうと動かなければ、周りの景色は何も変わらない。……俺はカズキがいたから、保安部に転属できたんだ。その上CRF250Rソレを貰っちまったら、俺はこの先、カズキと目を合わせて話ができなくなると思う」


 真っ直ぐにボクを見つめるその瞳には、一点の濁りもない。


「俺は自分の力だけで馬を買う。そしてもっともっと強くなるんだ。カズキや『モン・フェリヴィントみんな』を守れるくらいにな」 


 そう言葉を続けたその顔は、ボクが弟分だと思い込んでいたジェスターの顔ではない。


 ただひたすらに前だけを見据え、脇目もふらず、自分のやるべき道を突き進み始めた男の顔がそこにあった。


 ボクも崩壊寸前の涙腺をグッと堪えて、しっかりとジェスターを見る。


 ジェスターは暫くするといつもの幼い顔に戻り、照れ臭そうに「なんてったって俺にはアルフォンス師匠がついてるしな」と鼻の下を擦る。隣にいたアルフォンスが大きな掌で、ジェスターの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「……カズキは知人がいる町から通いの方がよいだろう。それにはそのCRF250Rマシンが必要となる。本来それは保安部の所有物だが、特別にCRF250Rマシンごと航空戦闘部への転属を許可しよう」


 ヴェルナードが纏める様に許可を出した。アルフォンスが補足とばかりに『モン・フェリヴィント』の事情を説明してくれる。


 なんでも町から遠く馬を持たない航空戦闘部員や航行部員は通常、駐屯所で寝起きする三勤一休制で、休みの日のみ何人かでまとまって馬車で町に帰るらしい。


「ジェスターやヘルゲと会う機会が減ってしまう任務形態よりは、通いの方がよいだろうと判断したヴェルナード様に感謝する様に」と、最後にアルフォンスがそう付け加えた。


 ヴェルナードが馬に跨ると、アルフォンスの後ろにジェスターが乗り三人は去っていく。


 それを見送るクラウスが、いつになく真面目な顔で呟いた。


「アイツはきっと強くなるぞ。……先が楽しみなボウズだな」


 そう言うと手綱を引いて、馬を反転させ振り返る。その顔は既にいつもの悪ノリ顔に戻っていた。


 馬のいななきが響く中、驚きの爆弾発言を投下して走り出す。



「それになんたってあのボウズは、嬢ちゃんの事が好きみたいだからな!」


「……えっ! な!? ちょ、ちょっとクラウスさん! 今なんつった? どういう事だか説明してよ!」



 笑い声を響かせながら走り去るクラウスの背中を、ボクはアクセル全開フルスロットルで追いかけた。

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