第20話 ファーストコンタクト

 この日だけは刻を告げる鐘の音が、いつもより早く鳴り響く。


 ボクは自分の部屋で目を覚ますと、桶の水で顔を洗って眠気を払う。身支度を整え歯を磨きながら、布団の膨らみを見つけ出し、シーツを勢いよくむしり取った。

 ぷーぷーと寝息を立てているマクリーを、足で突いてはゆさゆさ揺らす。


「マクリー、早く起きてよ! 今日が大切な日だってわかってるでしょ!」


 歯を磨き終わりまだ寝ぼけ眼のマクリーをリュックに詰めて、準備運動も兼ねながら軽く走ってCRF250Rマシンを停めてる町の西口へと向かう。

 CRF250Rマシンに乗って町を出る。背の左側の崖にたどり着くと、夜から交代で待機していた保安部の姿が見えた。


「おはようジェスター。……いよいよだね」


「ああカズキ、おはよう。体の調子はどうだ?」


「絶好調だよ! なんたって今日の日のために、準備してきたからね」


「そうだな。カズキはこの作戦の中核なんだ。絶対に気を抜くなよな」


 保安部の後方にはすでに人翼滑空機スカイ・グライダーが七機と竜翼競艇機スカイ・ボートが並べられている。

 丘の上でもきっと、残りの人翼滑空機スカイ・グライダーが出撃準備を整えているはずだ。

 北の方角から馬の嘶きが、風に運ばれ耳に届く。白馬に乗ったヴェルナードが、数騎を従え到着した。


「おはよう、ヴェルナードさん」


「昨晩はゆっくり休めただろうか」


「うん。体調はバッチリだよ。マクリーも昨日は早く寝たしね」


「ふぁ……ようやく目が覚めてきたのです。カズキ、朝ご飯はありますか?」


「アンタねぇ。もうちょっと緊張感ってものがないの?」


 ボクは腰のポーチから皮袋を取り出して、背中のマクリーに向かって放り投げる。

 マクリーはそれを受け取ると、小さな指を使って器用に袋を開け、ドングリを美味しそうに食べ始めた。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 研ぎ澄まされた静寂の中、雲を押し退け浮上する様にして、ソレは突如として現れた。

 白い雲の水面からゆっくりと姿を現した神竜ソレは、空賊たちが操っている無意志竜とは比較にならない程の大きさだ。推測だけど風竜を同じくらいの大きさだと思う。

 初めてみる神竜が、ゆっくりと近づいてくる。一定の距離まで距離を詰めると、空を挟んだまま二体の神竜は速度を合わせて並走した。


 ボクは風竜の崖の上から目を凝らす。


 目線の高さが一緒のなので、神竜あっちの背の上ははっきりと分からないけど、『モン・フェリヴィント』よりは緑が少ない様にも見える。そして向こうの断崖にも武装した集団がこちらの動向を窺っていた。

 今はっきり分かる事といえば、毎年恒例の「神竜二体の並走ランデブー」には、双方に緊張感を生み出して、挟む空には偽りのない敵意がしっかりと横たわっている事だけだ。


 いつもならこのまま二時間ほど睨み合いを続けるだけの通例行事だが、今回は別。とにかく時間が惜しい。ヴェルナードは懐から準備していた手紙を取り出すと、紙飛行機を作っていく。例の紙飛行機を使った連絡手段だ。

 ヴェルナードが剣を抜き加護の力を紙飛行機へと宿す。紙飛行機は並走する神竜へと、綺麗な尾を残し飛んでいった。


「後は、向こうの出方を待つだけだ。皆、夢々油断してはならぬ」


 崖の最前列を護る保安部員たちに、緊張が走る。

 少し下がって待機しているボクと航空戦闘部の選抜隊も、自分の機体の側で何が起こっても俊敏に対応できる様に構えている。


 いよいよその時が訪れた。


 並走する神竜から一機、人翼滑空機スカイ・グライダーが飛び立ち向かってくる。遠目でよく見えないけど、『モン・フェリヴィント』の人翼滑空機スカイ・グライダーとは、かなり形状が違っている。

 保安部が剣に手を掛けて臨戦体制へと移行する。それをヴェルナードが手で制した。


「———待て! しばし様子を見るのだ。こちらから手出しは一切してはならぬ」


 異形の人翼滑空機スカイ・グライダーはボクらの上空でくるりと旋回すると、何かを落として神竜向こう岸へと帰還した。保安部の一人が駆け出すと、落としたモノを拾ってヴェルナードの元へと届ける。それは小瓶で、中にはくるりと巻かれた手紙が入っていた。


 この場にいる誰しもが固唾を飲んで見守る中、ヴェルナードは手紙を開いて読み始めた。一つ頷き言葉を発する。


「まずは成功と言えるだろう。……話を聞いてくれるそうだ」


 安堵と小さな喜びの声が、ヴェルナードを取り囲んだ。


「……ただし、やはり条件をつけてきた。会合の場は、向こうの神竜。代表者に付き添う従者は二人まで。向こうのリーダーは、なかなか慎重な者の様だ」


「護衛が二人とは……想像してた最下層ですね。ヴェルナード様をお守りするのは、実質一人になる訳ですから……」


 いつも柔和なゲートルードの表情が引き締まる。


 ゲートルードを悩ませる、その原因はボクなのだ。ボクはヴェルナードの従者の第一優先。いろいろな意味で、ボクの帯同は必要不可決なのだ。


「仕方あるまい。向こうの信頼を損ねては、話し合いも応じてくれないだろう。……クラウス。其方が同行してくれ。ゲートルードはここの指揮全般を。アルフォンス、保安部を任せた。皆、気を抜かぬ様」


 名前を呼ばれた三名は、拳と掌を合わせ返答すると、すぐさま準備に取り掛かる。ボクも竜翼競艇機スカイ・ボートに乗り込むと、リュックのマクリーに声をかけた。


「マクリー、準備はいいかい?」


「いつでも大丈夫なのです!」


 マクリーの存在は絶対に秘密だ。何があっても隠し通さないといけない。


「よし、嬢ちゃん。俺たちがまず先行する。……前みたいにヘマをやらかすなよな」


「わかってるって! ボクだってあれからちゃんと考えているんだから! 安心して!」


 いつもは見せない真剣な眼差しで、クラウスがボクを見た。


 発進準備が整いクラウスの人翼滑空機スカイ・グライダーが翠緑に輝き飛び立った後、リュックのマクリーに声を掛け、ボクの竜翼競艇機スカイ・ボートも離陸する。

 

 先行する二つの機体。この後にヴェルナードが続く手筈になってるのだけど。


 ……はて? そういえばヴェルナードさんは、どうやってあっちの神竜にいくんだろう。人翼滑空機スカイ・グライダーを操縦できるのかな?


 ボクはチラリと後ろを振り向くと、ブフゥと豪快に吹き出した。


 六機の人翼滑空機スカイ・グライダーに吊るされた背もたれ付きの椅子に腰掛けて、足を組んでいるヴェルナードの姿。


 ……鬼太○。鬼太○フォーメーションだ!!


 しかし当の本人に至っては、眉根を寄せて真剣そのものだ。そのミスマッチがおかしくて、さらに笑いのツボをど突いてくる。


 ならば見なければいいのだけど、どうしても気になって後ろをチラリチラリと見てしまう。


 ぷぷ……もう、ダメ……これ以上耐えられない。腹筋がビクビクするぅ!


「くっくっく……あは、あはっ、あははははははっははっはああああぁぁ!」


「ど、どうしたのですカズキ!? ついに気でも触れましたか!?」


「いや……なんでも……うぷぷぅ! ないよぉぉぉ!」


 どうにかそそり立つ笑いの峠を越えみたいだ。ボクは呼吸を整える。


「ふぅー! もう大丈夫だから。それとマクリー。アンタ、向こうについたら絶対顔出したりしゃべっちゃダメだからね」


「わかっているのです。カズキの合図があるまでは、吾輩大人しくしているのです」


 そうこうしている間に、並走している神竜の断崖へと着陸する。すると槍を持った男たちに取り囲まれた。10人くらいはいるだろうか。


 程なくしてヴェルナードも到着する。椅子から颯爽と飛び降りると、鬼太○フォーメーションズの人翼滑空機スカイ・グライダーも着陸をした。

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