第21話 火竜『メーゼラス』 〜その1〜
ボクらを取り囲む男たちの中から、黒髪長髪の男が歩み出た。
「おかしいですね。確かに従者は二人までと記しましたが……これでは話が違いますね」
細身で端正な顔立ちのその男は、物腰は柔らかだけど、警戒の色までは隠せていない。
「後ろのこの者たちは、私の運搬のためだけに同行した。従者はこの二人のみ。私が飛行手段を持ち得ていない故、驚かせたのなら謝罪しよう」
ヴェルナードはそう言って頭を下げる。
「……わかりました。では貴方と従者の二人は私についてきてください。他の方たちはここで待機してもらいます。構いませんね?」
「もちろん異論などない。わざわざの出迎えに感謝する」
「では、こちらへ」
黒髪を靡かせて振り向くと、男は歩き出す。ボクらはヴェルナードを先頭に、その後に続いた。
こ、これが、他の神竜の背の上なのか……!
竜の背の景色がまるで違った。
『モン・フェリヴィント』は緑豊かな背が広がっているが、ここ岩場だらけ。綺麗な断面に削り取られた岩々の数々。まるで歪な階段を無造作に並べた様な景色が広がっている。所々に小さな木々や遠くには森も見えるけど、ボクらが歩いているこの場所は、まさに採石場だ。現に何人もの人間が岩をツルハシで削ったり、小石が盛られた籠を運んだり作業をしていた。
方々で手を止めた作業人の好奇な視線を掻い潜り、黒髪の男の後を歩く。岩で切り出された階段を降り、竜の背の中心方向へ向かってしばらく歩くと、岩場を削って形成された立派な建物の前へ辿り着いた。
洞窟の様な入り口を入り、奥へと向かう。しばらく歩くと広間に出た。壁に付けられた光る照明。篝火ではない。照明灯にとても似ている。
その灯りに導かれた先の高台に、一人の男が座っていた。逆立てた深紅の髪に漆黒の瞳。そして隣にはボクと同い年くらいの少年の姿も見える。
「まずはここまできたお前たちの勇気に敬服し、俺から名乗らせてもらう。俺はイラリオ。この『メーゼラス』の頭首だ」
袖なしのタンクトップに近い黒い服から伸びた逞しい腕を組み、イラリオと名乗った男はヴェルナードを見下ろした。
「我が名はヴェルナード。『モン・フェリヴィント』のリーダーだ。会談の申し入れを快く受け入れた事に、まずは謝辞を述べたい」
「……毎年睨み合ってる相手が目の前にいるってのは、どうも不思議な気になるな。そう思わないか? ……ヴェルナードよ」
「まったく貴殿のいう通りだ。懐かしい友に再会した様な、仇敵に相見えた様な表現し難い感情が湧いている。その点は貴殿と相違ない」
イラリオはヴェルナードを見てニヤリと表情を崩す。
「貴殿、なんてやめてくれ。イラリオでいい」
「……了承した。以後イラリオと呼ばせてもらう」
「それでいい」と言った後、イラリオは立ち上がり高台から降りてくる。
「立ち話も疲れるだろう。場所を変えようか、ヴェルナード。お前らを客人としてもてなすぜ。———おい、客人を丁重にご案内しろ」
両脇の部下らしき人物がボクらを案内すると、広々とした部屋に通された。大きな机と豪華な椅子。着席を促されるとヴェルナードを真ん中にボクは右側、クラウスは左側に座る。対面にイラリオが座ると、少年はボクの目の前に座った。イラリオと同じくツンツンヘアだが、髪の色は赤と黒のまばらだ。目元がそっくりなところを見る限り、親子なのではないだろうか。
ワゴンでティーセットが運ばれてくると、従者がそれぞれの前にカップを置いていく。
「『メーゼラス』特製の『石焼茶』だ。遠慮なく飲んでくれ」
イラリオが掌を広げ、勧めてくる。コップの中には赤い石が入っていて、そこからコポコポと小さな泡が出ている。コップに顔を寄せてみると、ツンと鼻の奥を煽り付ける刺激臭がした。
「……不躾で申し訳ないがイラリオ。其方のコップと交換してくれないだろうか」
周りを侍る従者から不協和音が聞こえ始めた。イラリオはそれを手で制すると、従者に顎で指図する。両者のコップが交換されると、イラリオはそれを一気に飲み干した。
「これで安心したかい、ヴェルナード。初対面でずいぶんな物言いだが、嫌いじゃないぜ、その性格」
ボクと目の前の少年のコップも交換される。ボクらは揃ってカップの飲み物を一口飲んだ。
……あ、これ辛いけど意外と美味しい……って、辛! から〜〜い! 後から辛いヤツだ!! 喉が焼けるぅぅぅ!
ボクがゲホゲホむせ始めると、目の前の少年がケラケラと笑い出した。
「せっかく客人用に辛さを抑えた『石焼茶』を用意したのに、人を疑った罰だぜ!」
「……マクシム。客人の前で無礼だぞ。もう少しだけ慎め」
マクシムと呼ばれた少年は、笑い声を小さくする。だけど二人とも目元がニヤついていた。確かにカップを交換していないクラウスは、普通に飲んでいる。
どうやらこの『石焼茶』は辛い飲み物らしい。……だけど、この辛さ、尋常じゃないよ!
隣を見ると、ヴェルナードは顔色を崩すことなく『石焼茶』を飲み干した。
「とても美味な茶だ。馳走になった」
イラリオはニヤリと笑い、マクシムは舌打ちをする。
顔色一つ変えることなく飲み干した隣のヴェルナードに感心していると、耳の後ろから汗が滴り落ちるのが見えてしまった。
……やっぱ辛いよね、ヴェルナードさん。痩せ我慢してるんだね。
「さてと、腹の探り合いはもういいかい、ヴェルナード。時間もあまりねえだろう? 早いとこ話に入ろうや。……まずは手紙に書いてあった事について、教えてもらおうか」
ヴェルナードが母竜との邂逅とマーズの存在、そして銀幕を一つ破壊した事を告げる。イラリオはそれを黙って聞いていた。
「……銀幕の正体はこの世界からエネルギーを吸い上げる装置なのだ。なので互いに手を取り合い、共闘しようと考え、声をかけた次第だ」
「共闘ねぇ……じゃあよ、銀幕を破壊した証拠を見せてくれよ」
しょ、証拠ぉ!? ……んなもんある訳ないじゃんか!
「証拠は……ない。提示できる物証を用意していない」
「ヴェルナード……お前がもし、俺の立場だったらどうするよ? はいそうですかって、信用するか?」
「いや……しないだろう」
……ちょっ! ヴェルナードさん! それじゃ自分で自分を否定しているようなもんじゃんか!
「だろう? 自分でも回答が分かりきっている事を言っている自覚があるって事は、よっぽど俺たちを舐めているか……」
イラリオの視線が鋭くなる。周りの従者たちも色めき立つ。
「———奥の手を持っているかのどちらかだ。違うか、ヴェルナード」
ヴェルナードは眉ひとつ動かさずにイラリオの縫い付けられた視線を受け止めている。両者とも譲らず睨みあう。先に根負けしたのはイラリオだった。
「……まあ、いいさ。その話は一旦置いておこう。単身で敵地に乗り込んだも同然の勇気あるお前らに敬意を払い、少しだけこの『メーゼラス』の事を教えてやろう」
「ありがたい。ぜひ傾聴させてもらうとしよう」
ヴェルナードは一つ頷くと、イラリオは語り出す。
「お前らの神竜様にも何か伝承が残っているだろう? この『メーゼラス』はな、二国間戦争で戦っていた両国の兵士たちの末裔だ。伝承によると、この神竜———俺たちは火竜って呼んでるがな、当初はやっぱり争いが絶えなかったらしい。そりゃそうさ、ついさっきまで、戦争をやってた相手だからな。なので過去の遺恨を忘れるために、二国の名前『メーゼランデ』と『ファブラス』、二つの名を合わせて『メーゼラス』と名付けたらしい」
「『メーゼランデ』と『ファブラス』……」
ヴェルナードが口内で小さく復唱する。
この話が本当なら、そのどちらかが『モン・フェリヴィント』の基盤となった国の名だ。実益はないが、これは大きな情報だと言える。
「……さてと、こんな狭い部屋じゃ退屈だろう? 客人を外へお連れして、我が『メーゼラス』を見学してもらうとするか」
イラリオはゆっくり立ち上がると、不敵な笑みを浮かべ出した。
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