第36話 運命の出会い 〜前日〜
嵐が過ぎ去った凪の様に、それからは何事もなく月日が経過した。
ボクは日々の任務を遂行しながら、徐々に近づくその日に向けて少しずつ準備を進めていた。
そう、後10日ほどで風竜が地上に降りるのだ。
正確には陸地の側の岸に、風竜は降り立つらしい。
およそ三日かけて風竜はゆっくりとその翼を地で休める。そして海水を飲み、長きに続く空の航海の為に水分を補給するのだそうだ。
竜が休んでいるその間に『モン・フェリヴィント』の人々は地上に降り、近くの集落で物資の交換などを行う予定だ。ボクはその一行に同行させてもらえる事になっている。
ヴェルナードが語ってくれたこの世界の歴史を鑑みれば、地上派遣の一行にはもしもの為の武力も必要なのだ。なので結構な大所帯になるらしい。
派遣隊を一同に集めたブリーフィングは上陸の三日前に町の広場で行われるからそれまで各々準備をしておく様にと伝えられたけど、正直何をしてよいやら分からない。
アルフォンスに聞いてみたら「カズキの場合は遺跡調査もあり、三日間地上に滞在する事になるかもしれないから、身の周りの物資を整えればいい」と言われた。
ボクはコツコツ貯めていた木札を散財して、大きいリュックの様な道具入れと、今ある替えの衣服に加えさらにもうワンセット、そして護身用のナイフを手に入れた。
地上に降り立つその日が近づくにつれ、不安と期待が大きくなってボクの心でせめぎ合う。
その日は不安が競り勝って、寝つきが悪い夜だった。目を閉じどうにか睡魔を呼び込み眠りに落ちると、久しぶりに不思議な夢を見た。
暗闇で一人、ボクは膝を抱えて座っている。
何故だか知らないけど、ボクは裸だ。取り立てて羞恥心もなく、暗闇だからといって恐怖心もなかった。
しばらく暗闇をぼーっと眺めていると、抱えた膝と下腹部の間に違和感を覚え始めた。
何やら妙に生暖かい。
指先すら視認できない暗闇の中、それでも頭を下に向けて見ると、ゆっくりと白い輪が広がっていき、いつの間にか光る何かを抱えていた事に気付かされる。
広がった輪の中心にある光の玉。
それはとても愛おしくも思えるし、とても憎たらしいとも思えてくる。愛憎入り混じった表現に難しいモヤッとした感情だ。そして光る玉っころはこう言った。
『さあ、時は満ちましたよ。いつでもどうぞ』
そこで目が覚めた。
この感覚は数ヶ月前、ボクがこの竜の背に落ちて来た時に見た夢に、すごく似ている。
夢と現実の狭間の様な、意識はあるけどそれを収める器がない様な、声は聞こえているけれど、同時に心も振動して体全体で言葉を理解している様な、あの感覚だ。
それにあの声の主は、聞き覚えのあるあのまん丸お月様だ。
やっぱり、地上に降りる日が近づいていて、少しナーバスになっているのかもしれない。不安がないといえば嘘になる。
地上に降りて、もし何も元の世界に戻る手掛かりがなければ……。
こんな時は……そう、あの人だ。
明日は非番だし、久しぶりに顔を出して相談してみよう。
ボクは薄っぺらいシーツの波に顔を埋め、再び目を閉じ眠りを誘う事に集中した。
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