第52話 カシャーレとの戦い 〜その5〜

 カシャーレを越えて風竜が視界に入る頃には、二度目の咆哮が響き渡った。


 風竜はもう見えている。後は急いで搭乗するだけだ。


 ゲートルードが連れてきた部員も入れて、ボクらの人数は40人ちょっと。


 当然馬もそうだけど、大切なボートも引き揚げなければいけない。そう考えると、時間に全く余裕がない。


 海岸線が近づくにつれ何やら砂煙が視界に入り、叫声までもが聞こえてきた。


 

 ———風竜の真下には、ギスタの手下がまだいるではないか!



「ちょっとゲートルードさん! こっちの敵は追い払ってきたんじゃないの!?」


「そんな時間はなかったのです。保安部員たちが風竜の上から応戦しているのですが……やはり上からじゃ遠すぎますね」


「それにしても航空戦闘部は一体何をしているのだ!」


「アルフォンス、今は仲間を責める時ではない。……行くぞ皆! 一人三倒するまで決して闘争の炎を絶やしてはならぬ!」


 激を放つヴェルナードを先端として鋭い矛と化した騎馬隊が、ギスタの手下の集団を深く穿った。


 40人はいると言ったけど、相手はその倍以上いるし、何せこっちは半数がすでにヘロヘロの状態だ。


 それでもヴェルナードたちが戻ってきた事に、風竜の上の部員たちから一斉に歓声が沸き起こった。


 風竜の上からの遠隔攻撃は混戦状態の今、味方をも巻き込んでしまう恐れがある。風竜の上の部員たちは攻撃を止め、すぐさま昇降リフトの準備に取り掛かった。


 ボクとジェスターは残念だけど非戦闘員だ。


 あの混乱に行ったところでお荷物になるだけである。


 少し離れてその様子を眺めていると、ギスタの手下の一人がボクらに気づき、奇声を上げながら向かってきた。


「じぇ、ジェスター! こっちに一人くるよ!」


「ま、待ってろカズキ、今……うわぁ!」


 反転させようと手綱を捌くも呼吸を合わし損ねた馬は、驚き竿立ちしてしまう。


 背を滑り落馬したジェスターに向かい、ギスタの手下が剣を振り上げ襲いかかった。


「———ジェスター、逃げて!」


「う、うわわああああああ!」


 振り下ろされた剣は何故か、鈍い金属音を響かせ宙へと舞った。


 ジェスターの前には騎乗したカトリーヌが短剣ダガーを構えて立ちはだかっている。


 そのままカトリーヌは体をずらし横乗りになると、あぶみを履いていない方の足で手下の顎を蹴り上げた。


 すごい! カトリーヌさん! 超カッコイイ!


「カズキ、ジェスター、ぐずぐずするんじゃないよ。皆が上陸の拠点を作り始めた。……さあ行って!」


 風竜の方へ視線を移すと三基のリフトが降り始めてきて、その真下には保安部員たちが海を背に、薄い円形の陣を作っていた。


 その周りには倍くらいの人数で、ギスタの手下が取り囲んでいる。皆が剣と剣とで打ち合っているところを見ると、どうやら援軍の部員も加護も使い果たしてしまった様だ。


 ボクたちはカトリーヌに先導され、後ろから手下の群れを切り裂きながら、何とかリフトの降下地点となる陣の中へと飛び込んだ。


「さあ、カズキから上がる準備をして」


「……いやだよ! なんでボクが一番最初に逃げなきゃいけないんだ!」


「分からず屋だねカズキは。戦いも碌にできないアンタがいても、何も役にたちゃしないだろう? 皆が命懸けで守ってくれたその方舟を無事に風竜まで届けるのが、アンタの役目と違うのかい?」


 カトリーヌにそう諭されると、言い返す術など持ち合わせてはいない。


 確かにボクがここにいても、足手纏いになるだけだ。


 前線で鍔迫り合いを繰り広げる仲間たちに「必ず生きて上で会おうね」と心の中で語りかける。そして小さく頷くと、カトリーヌは包み込む様な笑顔でボクを見た。


 きっと、この笑顔にアルフォンスさんも惚れたんだろうなぁ。


 懐が広く、逞しくも優しい笑顔にボクを笑みを投げ返す。


 そんなほんのりと温かい空気をかき消す様に、どかりどかりと地面を蹴り返す、荒々しい音が近づいてきた。


「ヴェルナードぉぉぉぉぉ————!」


 身を低く構え大きなツノを誇示するかの如く、砂を蹴り上げながら突進してくる水牛に似た動物を駆り、ギスタが猛然と迫ってくる!  


 ———アイツ、まだ諦めてなかったの!?


 小競り合いを繰り広げる両軍は、その姿を見て一時戦いの手を止めた。


「おい、ヴェルナード! どこにいやがる! お前らをこのまま逃すわけにはいかねえ! 早いとこ出てきやがれ!」


 円陣を取り囲む手下の後方から、左右を睨め付けギスタがそう叫ぶ。


 それに応える様にヴェルナードが一騎、前へと出た。


 ギスタの顔を潰さないためか、はたまたヴェルナードの鬼気迫る迫力に気圧されたからなのか。手下たちは割れる様にしてその道を空けていく。


 そして両者は再び対峙した。


「……しつこいな貴殿は」


「黙りやがれ! あんな騙し討ちみたいな真似しやがって! 俺と一騎討ちしやがれ!」


「……仕方ない。今度こそ正真正銘、剣と剣とで決着をつけようではないか」


 自分の事は棚に上げてそう言うギスタに向かい、ヴェルナードは剣を構える。ヴェルナードの挑発も兼ねた強がりに、ボクは胸がきゅっと締め付けられた。


 正真正銘とかそんな事言っても、もう風の飛礫つぶては使えない事はボクにでも分かる。相手はあのごっついギスタなのだ。まともに打ち合って、勝ち目はあるのだろうか。


 ……負けないで、ヴェルナードさん!


 示し合わせたかの様に両者は同時に駆け出すと、互いの武器を振り下ろしながら交錯する。勝負は一瞬だった。


 大刀はクルクルと宙に舞い、ギスタと共に地に落ちる。


 ———つ、強い! 加護の力がなくてもさすがだよ!


 うずくまるギスタの元へヴェルナードはゆっくりと進む。そして騎乗したまま剣を突き付けた。


「……てめえ、何で斬らねえ」


「勝負は決したのだ、ギスタ。このまま兵を下がらせてはくれまいか。この様な経緯になってしまったが、我らは貴殿らを制圧するつもりも、傷つけるつもりも決してなかったのだ。信じて欲しい」


 大刀を弾かれた衝撃で痛めたのか、腕を押さえながらギスタはヴェルナードを睨みつける。


 表情は相変わらず敵意剥き出しのままだ。だけどその目は、憎悪や厭忌えんきと言った感情は抜け落ちている様に思えた。


「……なあヴェルナードよ。地上ではな、草木も碌に生えず、家畜だって数少ない。俺たちゃよ、木の根を齧り泥水を啜って、奪い奪われ生きてるんだ。何故だか分かるか? こんな俺たちにだって、仲間や家族はいるんだよ。一人じゃなーんにもできねえ、カシャーレの奴らを食わせてかなきゃいけねえんだよ。……竜の背中でぬくぬくと暮らすお前らに、地上のモノまで奪われちゃ俺たちゃこの先、生きてはいけねーんだよ!」


 過酷な土地で生きる者たちの心の叫びに、その場の誰もが沈黙した。


 資源豊かな『モン・フェリヴィント』で生きるボクたちには、想像だに出来ない苦労があるのだろう。どうやらボクは勘違いをしていたのかもしれない。


 カシャーレはギスタの独裁政治で成り立っているものだと思っていた。だけど実際は、仲間を想う心のある男の様だ。粗暴でエロいのは間違いないけど。


「……貴殿の言う事は最もだ。我々は貴殿らの地上から略奪を働くつもりはない。ただあの遺跡で知り得た事実や物は、今後我らの進むべき道に必要なのだ。本当に価値があるかないかは、今は分からないがな。……ではギスタ。私と貴殿で一つ、約束を交わすのはどうだろうか。もし今回の遺跡の件で利が発生したならば、貴殿らにも必ず分配する、と」


「……そりゃ、本当か」


「ああ、『モン・フェリヴィント』のリーダーとして、風竜に誓って嘘は言わない」


「……へっ。ま、どの道この状況じゃ、俺に選択肢はなさそうだしな」


 ギスタはゆっくり立ち上がると、円陣を取り囲む手下に向かって吠えた。


「———おい野郎ども! 戦闘はしめえだ! とっとと武器をしまいやがれ!」


 ギスタの手下たちはその声に顔を見合わせる。


 戸惑う手下たちにギスタが再度吠えると、構えた武器を下げ、円陣から遠のき始めた。

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